及第点の飛翔音
戦闘開始から十分
俺達E組は苦戦を強いられていた…と言えば聞こえは良いが、実際はどうだ。
…何一つ有効打を与えることが出来ていない。
対する敵側は、本気で相手をしていないのか適当に弾を散らしながら、時折脆弱な部分を突いてくる。
これには、先ほどから盾になっている防御型の面々から悲鳴が上がるほどだった。
現在防御型は四名しかいない。しかも、この短期間でかなりの消耗を強いられている。
更に言えば、敵の防御方法が分からない。
分析をかけたところ、敵は汎用型だ。つまり防御能力は当然防御型が上回るはずなのだが、倍は消耗しているはずなのに、一向に崩れる気配がない。
というより、防御した形跡がないのだ。通常防御中は、自身の周りを蜃気楼の様に微弱ではあるが歪んでいるように見える。所が、敵にはそれがない。と言う事は、他の防御方法かと疑ったが、周辺に関与の疑わしき機器無し。使用されているヘリも量産されているモデルと全く同じ。
完全にお手上げ状態だった。
「……はぁ、全くゴミ共。まだわからんのか」
ため息と共に俺達を遮る形でまるでそこに落ちているゴミでも拾うような軽い感じで前に出る教官。そんな異常事態に全員が唖然とした。
「え、ちょ軍曹!?」
正義の悲痛とも呼べる問いかけも空しく敵側から親の敵を見つけたと言わんばかりに銃弾の雨が殺到する。
軍曹…どんだけ嫌われるんすか。
と内心だれもが同情したという。
バジィ!
だが、それらの銃弾も軍曹に届く前に、弾かれる。
やはり、仕組みが分からん。
「正義候補生」
「っは!」
突然の名指ししてきた軍曹に敬礼しつつ応答する。
それを一瞥してから、あろう事か敵に背を向けてこちらに体を向けた。
勿論敵の攻撃は終わっておらず、軍曹の背でバチバチと放電した様な音を出している。
「兵士に必要な物はなんだ?」
突然の問いかけにも関わらずまるで機械のように正義はビシっと敬礼をしつつ答える。
「っは! それは戦闘として、でしょうか。それとも心構えとしてでしょうか?」
「戦闘としてだ」
「正確な情報! 良き上司! 信頼できる仲間! そして武器であります!」
戦闘として、と言う事は、こういう軍隊は強いという意味だと推測できる。
つまりは、正確な情報に、良き上司、良き仲間に、武器だ。こればかりは古代から現代において、求められつつも中々に達成できない物ばかりである。
幸運にも現在はその全てが揃っているが、実践ではこうも行かないだろう。
まぁ全てが揃っているから良い戦いが出来るとは限らないと進行形で思い知らされているのだが。
「よろしい。だが、もう一つ必要だ」
「もう一つ…でありますか?」
そういうと、軍曹は自分の頭を叩きながら俺の目を真っ直ぐ見据えてこういった。
「経験だ。圧倒的な場数から形成された経験こそが重要だ。教科書で覚えた事は…今は演習だ。置いておけ。現状の情報だけで考えろ。先入観無く。ただ真摯にだ。 そうすれば貴様らの疑問は必ず解かれる」
が、と付けたし、軍曹は時計を見ながら不服そうに呟いた。
「この後の予定も詰まっている。故に今回は答えをやろう。外部コンタクトのログをチェックしてみろ」
各員が言われたとおり、自らのログを漁り始める。
すると先ほどまでの猛攻が嘘の様に鳴りを潜めた。
これも演習の醍醐味だ。何時でも何処でも止めて確認や学習が出来るのは非常に重要。
そこで学べない物に戦場で生き残る事は不可能だろう。
そして、情報共有を行った結果、あるものが見え始めた。
レーザ照射
戦闘が始まってから今まで、この一項目が防御型だけ突出しているのだ。
これが何を意味するのか。分からぬ者はこの場にいなかった。
「これは…被弾した場所か」
そう鶴我が呟いたが、恐らくこれが正解だろう。
実際に被弾した際にも記録は取られているが、それよりもコンマ5秒ほど前に、必ず記録されるのが、これだ。
と、言う事は…
「それが、射撃補正の弊害だ」
「…弊害」
俺はかみ締めるように栗林軍曹が継げる言葉を範唱した。
ここまでヒントがだされた状態で仮に間違えでもしたらこっぴどく殴られてしまう。
つまり、射撃補正をつけている現状では、『その全ての攻撃が効力射とはなりえない』事を意味すると言うわけだ。来る場所がわかるならば、幾らでも防ぐ事は可能だ。
恐らく、この情報を最優先で拾えば、全てを防御することすら可能だろう。
勿論、コンマ数秒の情報を拾うには、ある程度の経験は必要だろうが難しい話ではない。
「そうか、常備展開するのではなく、必要な時、必要な分だけ展開するから燃費も良いと言う事か」
鶴我が呟くように考察する。
防御型は非常に膨大なエネルギーを保有している。それこそ汎用型の5倍はあるとされるほどだ。
それを凌駕できるほどの燃費ともなれば、むしろ使われない方がおかしな話だろう。
そんな思考に補足をつけるように教官は口を開いた。
「ただし、あくまでも『射撃補正をつけている程の素人』にしか効果は無い。新規の皆々さまには通じるが、戦争帰りには通用しない事を留意しておけ」
有効すぎる防御方法があるならば、その攻撃はしない方が良いに決まっている。
つまりは、使いどころの問題なのだろう。今は使えるが何時も使えるとは限らない。
「了解であります!」
しっかりと頭にインプットしつつ行動に移す。
「各員、防御型と情報共有を開始! 共有内容は敵から照射された射撃補正のみに特化せよ」
了解!
気合の入った掛け声と共に、全員が淀みなく共有を開始。その瞬間に敵の攻撃が再開されるが、防御型が軽快な音で一つ一つ着々と落としていく。
まだ慣れていないせいか幾つか防ぎ漏らしが出てしまうが、その時は各自の自動防衛線がしっかりとカバーしているためなんとかなっていた。
「よし、そこまでだ!」
教官のその一言で銃撃はピタリと止まった。
ゆっくりと降下してくるヘリコプターから白髪の一式機甲兵が降りてきた。
教官もそれに合わせてその兵士に歩いていき
ッボコォ!
思いっきり殴り合った。
口元拭いながらゆっくりと白髪の兵士がゆっくりと口を開く。
「栗林軍曹よぉ変な事に俺らを使いやがって、便利屋じゃねえぞ」
すると教官もまた負けじと見下ろすように立って鼻をならした。
「おめぇらこそ何発か弾外してたぞ。それでも特殊な部隊の隊長さんですか?もう一度新兵からやりなおしたらどうだ! あぁ?」
「ふざけんな! 数ミリずれた位で一々指摘すんじゃねえぞ!」
再び取っ組み合いを始め、候補生はおろおろと、ヘリから降りてきた兵士はげらげらと。
…とまぁ一時の間ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てた後、教官がおもむろに問いかけた。
「……で?どうだった?」
すると隊長と呼ばれた男は一瞬考えた後に俺達に向けてこう言った。
「まぁ及第点だ…いや少々出来すぎと言ってもいいだろう。まぁ頑張れや」
その瞬間俺達は万遍の笑みを浮かべつつ敬礼。
そして大きな声で
「「ありがとうございます!」」
そう叫んだ。
「じゃあ、俺達はこの辺で…」
「ああ少し待ってくれ」
そういい終わるか終わらないかのうちに教官が遮った。
全員の視線が集まる中、教官が耳に手を当てろとジェスチャーで指示を出す。
勿論本当に耳を当てるのではなく、音の情報を最大限拾うように設定をいじる。
……ゥゥゥゥヒュールルルルル
謎の飛翔音に怪訝そうな候補生と真っ青な熟練者達
すると晴れやかな笑顔で教官はこういうのだ。
「さぁラストだ」
と。