熟練者の戦場
《さぁ、狩りの時間だ。覚悟はいいか?…新兵の雑魚共》
「隊長…ちょっとカッコつけ過ぎじゃないですか?」
「あ? 一回やってみたかったんだよ。こういうの」
隊員からの突っ込みにも意に返さず、隊長と呼ばれた白髪の男性は、タバコに火を付けながらヘリから身を乗り出し、不幸な候補生達を見下ろす。
特に攻撃するまでもなく、ただ見下ろしているその光景は、歴戦の勇士を思い起こせそうだ。
ドン!
候補生側から放たれた一発の凶弾が、その男性目掛け、命を刈り取らんと猛進する。
瞬きするまでも無いその速度で、彼我の距離を縮め……
一メートル手前で弾かれる。
しかし、そんな摩訶不思議な出来事が起ころうと、他の隊員は特に驚く事も無く、談笑していた。
「―やはりさっきのは無いと思います」
隊員の一人がそう口を開くと、全員の顔が何か面白そうな玩具でも見つけたような顔をしたのを隊長は感じ取った。
「自分もそう思いまーす!」
「Death or Die……ップ」
「俺はいいと思いますよ……誰だってたまには失敗します。隊長」
芋づるのような批判を浴び、たまらず隊長は、振り返りながら怒鳴る。
「んな! おいおい、そりゃぁねえぜ!」
ははははは
それがまた、機内で笑いを誘発させ殊更に隊長は機嫌を損ね、「っけ」と言いながらタバコを吹かす。
現在進行形で、猛烈な攻撃にあっているとは思えぬほど、ヘリ内は穏やかな雰囲気に包まれていた。
一通り笑いが収まった後、隊長は、頭をかきながら深く呼吸し機内を見渡すと、そこには顔全体を漆黒のバラクラバで覆う四名の古強者がいた。
全員が例外なく一式機甲を装備し、その錬度は敵地で安心して眠れる程信頼にたる面々だ。
もう少し年長者を敬う心がありゃ可愛げもあるんだがな。
と、心の中でぼやきつつも、眼前に表示されている時間を確認しながら全員に通告した。
「はぁ…ったく、全隊員……状況開始」
ザワ…
機内の和やかな空気はその一言で、余韻も残さぬほど凄まじい殺気に移り変わった。
まず二人がヘリから身を乗り出し銃を構え、残り二人が中央にうつ伏せになりスクリーンを展開する。
隊長だけが悠々と煙を吐き出し、身を乗り出している隊員に問いかけた。
「戦況確認」
そう指示すると、中央で伏せている隊員は会敵してからのデータを頭部ディスプレイに投影し、慣れた手つきで分析をおこない始めた。
人選は、気まぐれという訳ではない。
彼は、『中央情報科所属・戦術的戦力分析部門』を卒業した人間だ。
通称として『分班』と呼ばれる教育機関は、ありていに言えば
後方で、敵と味方の戦力分析を行うエリート集団だ。
…彼の場合『戦闘も秀でている分析班』という希少な人員であるという点だろう。
後方よりも圧倒的に情報量や機材が欠如してる前線で如何に分析するかと言えば。
今回のような偵察運用だ。敵の行動情報から割り出し、そこから敵の装備・錬度を。
会敵した状態からのリアルタイムの情報から状況の優劣を判別する。
「敵装備は最新なれど、錬度は素人。現在の防御体制で十分に対処可能です」
「と、言う事は新兵ってのは本当らしい。突然駆りだされて、何事かと思えば新兵の教育とは…栗林軍曹の考えそうな事だな。」
訓練内容を伝えられた時、どんなに優秀なやつか馬鹿げた命知らずかと勘繰ったが、どうやら正真正銘の命知らずらしい。
若干新兵に哀れみを覚えないこともないが、だからといって手を抜くわけではない。あの栗林軍曹が立案した内容であれば、手を抜けば後が怖いのだから仕方が無い。
それに、『これだけ』のための訓練ではない以上、ある程度は準備運動していた方が良さそうだ。
「まぁそれはそれ、これはこれ。俺達の仕事をするだけだな…どうせ栗林軍曹の事だ。どのタイミングで対処されても良い様に、常に防御プランCを留意せよ」
了解
一抹の不安すら感じさせる余地の無い心地良い返答に、内心満足しながらも、忘れていたことを思い出した。
「あー諸君。面倒だろうが射撃補助はつけておけ」
今回の訓練には必要なものなのだ。
次は今日中!