箱の中
引っ越しの荷物に紛れて、自分のものではない箱が混じっているのに気が付いた。
引っ越ししてからしばらくは、何かと忙しくて荷解きをしていなかった。
引っ越しから三か月ほどしてからの荷解きで、それが紛れ込んでいるのを見つけた。
何か面倒なことになってはいないだろうか。
そう考えながら業者に確認の連絡をしてみた。
しかし、引っ越し業者には他の客からの問い合わせの連絡はなかったと言う。
だから、その荷物は間違いなくあなたのものだと断言されてしまった。
そうは言われても、自分のものではないことは自分が一番よくわかっている。
次に不動産屋に連絡してみた。
もしかすると、引っ越ししてくる前からこの部屋に残されていた前の住人のものなのではないかと考えたからだ。
でも、不動産屋の答えも似たようなもので、前の住人のものではないといわれた。
もし何かあったとしても、売るなり捨てるなり好きにしてよいといわれてしまった。
この箱の中身がなんなのか?
それがわからないことにはどうしようもない。
箱は上等な紫の風呂敷に包まれていて、中には古びた木の箱があった。何か文字が書かれているけれど、かすれていて読み取れなかった。
骨董品なのか?
案外値打ち物かもしれない。
つぼや茶碗が入っているのだろうと想像してふたを開けると、中には奇妙なものが入っていた。
質感は黒い陶器で手に取ってみると、なんだかしっとりとした感触がする。
10センチくらいの立方体。
何だ、これは?
よく見てみると、一つの面に「開」という小さな文字が刻み込まれていた。
その面には隙間があり、なんだか開きそうだ。
この黒い陶器もどうやら箱らしい。
箱だというのなら、この中にも何かがあるはずだ。
どこかのお土産みたいに、箱の中にまた箱が入っているなんてこともあるまい。
箱には何か仕掛けがあるというわけでもなさそうだ。
このわずかな隙間をそのまま開けばいいのだろうか。
わずかな隙間に指をかけ、力いっぱい引っ張って開けようとしてみた。
わずかに動く手ごたえを感じるのだけれど、力を緩めると開きかけた蓋がまた元に戻っていくのを感じる。
まるで中に何かがいて、開けられないように抵抗しているみたいだ。
金属製のペンを隙間に入れて、無理矢理こじ開けることにした。
かなりの力を入れていたから、蓋が空いた拍子に黒い陶器の箱が部屋の向こう側の壁まで転がってしまった。
割れてしまったのではないか?
そんな心配は、箱の中から出てきたものを見た瞬間に無くなってしまった。
あんな小さな箱に収まるはずがないのに、中から人間の腕が生えている。
腕は手探りで何かをつかもうとする。
黒い陶器の箱と一緒に転がっていった金属製のペンに指の先が触れると、猛烈な勢いでそれを掴み、中へと引きずり込んでいった。
それまでの光景が嘘のように蓋は閉じている。
この箱は何処から来たのか?
あの腕は誰のものなのか?
何処へとつながっているのか?
もしも、あの腕につかまれていたらどうなっていたのか?
黒い陶器の箱を元通りに仕舞った。
明日、朝になったならどこか遠くに捨ててしまおう。
その夜は一睡もできなかった。
さあ、どこに捨てようかと考えていると、昨夜たしかに置いたはずの場所にあの箱はない。
部屋中探してもどこにもなかった。
一体どこへ行ってしまったのだろうか?