第2話 終わりから生まれる小さな息吹
マーグが眠りについてから
数時間が流れ、やがて以前に
自分がいるはずだった世界の事が
夢の中で現れた。
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少し蒸し暑い部屋の中で
ゆっくりと瞼を開けた。
目が覚め、今日の日付を確認するために
壁に貼ってあるカレンダーを見る。
《20××年 7月6日》
「今日は六日だったか。
そういえば図書委員の
会議が昼からあったな」
そう思いつつ、
勉強机の上に乗っている時計を見ると
時間は12時18分を指していた。
「!!」
時間が無いのは明白だった。
慌てて制服に着替え荷物を持ち、
下のリビングへと降りる。
事情をあらかた母親に伝えると
昼ご飯代を受け取り、
そのまま家を後にした。
なるべく早く着く事だけを
考えながら走っていると、
信号が赤に変わっている事に気がつく。
「こんな時に信号赤かよ!」
遅刻している事もあるので
かなり焦っていた。
イラつきが増すなかで、
信号が青に変わった瞬間
止めていた足を大きく踏み出す。
風を受けながら横断歩道を
渡り切ろうとしたその時だった。
身体が宙を舞ったのだ。
大きく世界が回るほどに
遠くに飛ばされ、
そして地面に叩きつけられた。
「!?」
何が起こったのか分からなかった。
「身体が動かない」
唯一動いたのは右腕だった。
だんだんと
力が抜けていくのが分かる。
蒸し暑い夏なのに
全体から強烈な寒さを感じる。
この状況から分かる事はただ一つだ。
ー死ー
全ての可能性を
根こそぎ奪う死がやって来たのだ。
「ま..だ..にたくない」
言葉とも照りつける太陽に向かって
腕を伸ばす。
しかしそれも束の間のことで
男の腕はぐったりと地面に横たわった。
意識が薄れていくなか
どこからか、声が聞こえた。
「死にたくないですか?
まだ生きていたいですか?」
その声の持ち主は
男の元に駆け寄る足音が聞こえ
口を開く。
「たった今とてつもなく悲しいぃ
出来事が起こりました。
そう貴方の事です 小林 猛さん」
小林は声の持ち主に
対して何も出来なかった。
一方的に話が続く。
「そんな小林さんに
チャンスを与えましょう」
「いまから私が小林さんの
右手を握ります。
もし生きていたいのであれば
私の手を握り返してください」
右手にとても冷たい感触がする。
それはゆっくりと右手を握りしめた。
小林の答えは決まっていた。
すぐさまに握り返した。
「わかりました。小林さんの
生への執着は本物だという事が
わかりましたので
今から第二の人生を歩んで貰います」
空から引っ張られるかの様に
徐々に意識が身体から離れていった。
すると声の持ち主の容姿が
見えるのがわかる。
どす黒いマントを着た男で
肉と骨の境目まで見える程の
体つきだった。
小林は何かがおかしいと
思った時にはもう遅かった。
男は小林が空に吸い込まれる様を見て
ニヤニヤと笑いながら声をあげた。
「貴方の為にとても役に立つ力を
授けました。力の使い方は
使っていればいずれ分かるでしょう」
小林が何かを言おうとした時には
男の姿はぼやけて消えてしまっていた。
黒マントの男の姿が見えなくなってから
かなり時間がたったが、
目の前の真っ白な世界が変わる事は
いっこうになかった。
「第二の人生って嘘じゃないのか?」
世界が変わらない事への苛立ちが増す。
そんな小林の頭の中に
文字のイメージが浮かんでくる。
唐突に出てくる言葉に対して
初めは気にもしなかったが、
その後もしばらく同じイメージが
頭の中に流れた。
ぐるぐると同じ事が続くので
苛立ちが爆発した小林は
声を荒げて言葉を放った。
ー生まれ変わる新しい命を導きたまえー
口を開け終わったとたん
真っ白だった世界がだんだんと
崩れていき、真下に広がる
新たな世界に引き込まれるかの様に
落ちていった。
落ちていく最中
辺りを見渡しているうちに、
自分が何かに引き寄せられている事に
気がつく。
それに近づいていくにつれて
引き込もうする者の姿が
うっすらと見えた。
その者の姿がはっきりと見えた途端
世界が一転と暗闇に変わり、
自分の身体の感覚が
リアルな事に気がつくと
目を開け起き上がり右手を握りしめた。
力を込めている手を開いてみると
掌に妙な紋様が薄く
浮かび上がっていた。
「なんだこれ」
紋様に気を取られていると
あの時と同じ様に
太陽がその者を照りつけていた。
そして、空を見上げてみると
前に見た空と違う空が
瞳に焼きつくのを感じた。




