掴んだものは
1000字とちょっとという少なめの小説です。
ちょっとした時間潰しどうぞ。
煌々と力強く灯りを灯していた蝋燭もすでに溶けきり、辺りを闇へと閉ざしていた。
徐々に朝陽が昇り始めると、その場所の生々しい残痕を照らした。
城内は半壊し、ところどころ崩れかけている。えぐられたようにぽっかり空いた穴は魔法なのか、それとも何かの余波なのか見分けがつかないほどだ。
真ん中に視線を移していくと、そこには亡骸がひとつと、立ち上がりそれを見据える少年が一人。その者は神々しく光る剣を携えているが、衣服はすでにボロ衣を纏っているようで、また、その合間から垣間見ることができる身体には無数の傷口がその少年の人生を物語っていた。
荒い息遣いをする少年は急に前のめりに倒れこむ。
「カハッ!」
おびただしい吐血は地面を色濃く染めあげる。彼の命は風前の灯と言ってもいいほどだった。
だが、彼の瞳はまだ死を諦めた者の目ではない。
生への渇望。
ジャラリと音をたてながら彼は首からさげていたロケットペンダントを手に取る。そっと開かれたそれにはとても幸せそうに微笑んだ少女の姿が。
「……まだ、死ねない」
彼には片思いの少女がいる。目の前で死んでいる世界を脅かした絶対的悪の魔王。このものを倒すために、ともに旅をし、ともに喜びや悲しみを分かち合った仲間がいた。だが、少年は黙って単身この魔王城に乗り込み、単独撃破に打って出たのだ。
彼らに、そして片思いしている少女には危険な目に遭ってほしくない。
その想いからきた行動であった。
「あいつらからしたら、きっと、ふざけるな、っていうん、だろうな」
彼らの性格を思い出し、ははっと笑う。
この少年はそれでも、単独で撃破をしたかった。
金、名声、権力を独占するためじゃない。仲間のために、そして、自身が惚れ込んだ少女のために。
そして、討ち取った。だが、彼の命数も尽きようとしていた。
「ははっ、ざまぁないぜ……」
血の海へ仰向けに倒れこみ、先ほどの戦闘で空いた穴から覗き込める空を見る。どこまでも晴れ渡る空は、少年が掴み取った平和を表したかのように丸い綺麗な虹が浮かび上がっていた。
「きれ、いだなぁ」
既に呼吸するのも、言葉を発するのもきつくなっているはず。それでも、言葉を紡ぐ少年。
「虹なんて、もうみれ、ないかとおも、ってた、ぜ」
涙を一筋流し、ほとんど感覚がない片腕を一生懸命空へと伸ばす。
「ほら、つかんで、やっ、たぜ。平和、ってやつを、な」
独り言は、その広場に虚しく響く。
彼の呼吸も段々と浅くなっていき、彼自身も生への執着心と、そして己の終わりを感じ取った。
「ああ、あいつ、に告白、しときゃ、よかった、な」
もう一筋涙を流すと、目を閉じた。
遠くから三人ほどの涙混じりの声が聞こえる。だが、彼は胸にペンダントを置くと静かに意識を落とした。
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