手紙
それは突然起こった。なんの前触れもなく、全世界、全人類に、平等に訪れた出来事。
私たちは、声を出すことができなくなってしまったのだ。
原因はわからない。唐突に人々を襲ったこの現象は、二ヶ月前から続いていた。
言葉を発することができなくなり、人々がコミュニケーションを簡単に取ろうとするなら、言いたいことを文字にして表すしかなかった。
初めこそ混乱が続いたものの、人々はすぐ現状に適応した。人々は携帯電話やタブレット、パソコンを利用することによって、現状を凌いでいる。
何気ない日常会話や、言葉を発して伝えたい大切な想いでさえ、暖かさの感じられない、ドットで示された文字になってしまった。友達の笑い声や、愛する人の優しい声が鼓膜を揺らしてくれることはなくなってしまった。
それはとても悲しいことだと私は思った。「ありがとう」や「大好き」、その一音一音に込められた大事な想いが、キーを叩くだけで本当に伝わるのだろうか。いや、伝わるはずがない。
そんな寂しい世界、私は嫌だった。
嬉しいことに、私のように思った人はたくさんいた。
ある人は歌の代わりに詩を綴った。
ある人は感謝の気持ちを絵に表した。
それぞれが自分なりの表現をする中で、私は愛する想いを手紙にした。
メールのようにすぐ相手に届くわけではない。届くまでに早くても一日、それ以上の時間が掛かるかもしれない。
それでも私は手紙を書いた。大切な人へ、大切な想いを届けるために、一文字一文字に気持ちを込めて。昨日も、今日も、そして明日も私は手紙を書くだろう。そうやって想いを込めた手紙を相手が読んでくれているかどうかを考えると、私はとてもワクワクする。私の言葉をどう思ってくれたのか、返事にはなんて書いてあるのだろうか。時間は掛かるけれど、それを想像しながら相手の手紙を待っている時間は胸が熱くてたまらない。
だから私は今日も手紙を書く。あの人に向けて――
大好き、と。