18.泣く子と獅子には勝てぬ 5
キヨシとジュンヤはあれ以来、仲良くなることもなかったが、特に問題を起こすこともなく、お互いの距離を保っているようだった。
「無理に仲良くする必要はないの。気が合わなければ、適当な距離を置くことを覚えればいいのよ」
そうやって余計なトラブルを防ぐことも社会性なのだとアズミは言った。それでいのだろうとムツミも思う。
「子どもだからって、単純なばかりではないのよ。今回の事でジュンヤ君のいけないところが目立ってしまったのだけど、彼だってまだまだ成長する。キヨシ君も同じ。子どもって、だから面白いの」
「はい、アズミ先生。私も勉強になりました」
レオはあんなことがあってからも、誰とも分け隔てなく接していた。
彼は自分で思っていた以上に子どもたちと波長が合って、ぶっきらぼうな態度と言葉にも関わらず人気があって、常に少年たちに囲まれている。
「おもしろい」
それは最後の週にレオが言ったセリフだ。
「おもしろい?」
「ああ。子どもを通して少し人間社会の事が分かったような気がする。弱い奴や強い奴だけでなく色んな個体がいて、だからフクザツなんだな」
「それが面白いの?」
「最初は分からなかった。でもフクザツだからって面倒ばかりじゃないと今は思う。だからおもしろい」
「レオ君?」
ムツミは笑った。
「何?」
「今自分がすっかり先生の顔になってるって知ってる?」
まさか、とレオは大きな手で自分の顔を撫でた。
そして、一月間の実習が終わった。
最後の日のあいさつでムツミは少しだけ泣き、子ども達の一部も泣いた。レオはいつの間にか学校中の男子のヒーローになっており、この一月間欠かさずサッカーに付き合ってやったため、地域のクラブの指導者たちが見学に来るほどだった。
アズミは最後に総括として言った。
「ムツミ先生、あなたはきっといい教師になれると思います。ここでの体験を時々は思い出してね」
「はい、とてもよい体験を致しました」
アズミは今度はレオにも向き合う。
「……そしてレオ先生、レオ先生も立派でしたよ。あなたは実に子どもの気持ちをよく分かってくださった。教師にならないなんて非常に残念です。大変豊かな適性を感じるのに。もし機会があったら教師の道を考えてみてくださいね」
「俺もそう思う。教師じゃなくても指導員やコーチって言うてもあるんだ。君の教え方はとってもうまかったよ」
ヤマシキも笑顔で保障する。その横でミドリノがレオに秋波を送っていた。
レオは何も答えなかったが、ムツミが変わりに深く頷いた。
「本当にありがとうございました。」
そう言ってムツミはまた泣いた。
「あ~あ、終わったねぇ」
歩いて帰る道すがらムツミはしみじみと言った。
「ああ」
「たくさん勉強になった。私やっぱり先生になるよ」
「ムツミなら大丈夫だ」
一もにもなくレオは同意した。
「レオ君は?」
「え?」
「アズミ先生もヤマシキ先生も、レオ君はいい先生になるって言ってたじゃない」
「……俺はハンターだ」
正式に依頼を受ければ、人間である犯罪者や、時には辺境に住む獣までも弑しなければならない、子どもたちに学問と道徳を説いて導く教師とは真逆の仕事である。
「教師にはなれねぇ」
「そっか……」
「でも、子どもは案外好きになった」
「そうだねぇ。レオ君遊んでる時とっても楽しそうだった」
「そうだな……ムツミといる時の次に楽しかったかもしれねぇ」
「あはは! 上手だね」
ムツミは笑ったが、すぐに真面目な顔つきになった。
「うん……そう。色々あったけど結局楽しかったんだなぁ、私も。だからかな? 今とってもさみしいんだ」
「さみしい?」
「うん、さみしい。……とても」
学校という所はムツミが通っていた頃も今も、大きく変わりはしなかった。色々と便利な手段が出来たり、制度が変わったりはしているのだろうが、本質は同じだ。たくさんの子ども。教室、先生、光があって、埃っぽくて、ざわざわざわざわ。
それはずっと昔から変わらぬ場所なのだろう。
居心地がいい場合もあるけれど、時として非常に辛い場所となることもある。自分も一時期はそうだった、とムツミは思い返している。
いつも人の目が怖くて仕方なかった。
父に捨てられ、母は長く体を壊していた。小さいころから大抵一人でいたため、甘えることを知らず、人とも上手に話すことが出来なくて、特に男の子が怖かった。
けれど全てが嫌だったわけではない。豊かではなかったが、母が亡くなるまでは不足のない生活だったし、亡くなってからも悲しくはあったけれど、不幸ではなかったと思っている。
努力することは性に合っていた。常に小さないいことを探し、そしてそれを大切にしていったら、今の自分になった。
そして私は先生になろうとしている。だからこれでいいんだ……
「……」
黙りこんだムツミを気がかりそうにレオが見詰めている。
「ムツミ?」
「ん?」
「そんなにさみしいか?」
「あは、そんなにしょげて見えた? 大丈夫だよ。レオ君いるし」
途端にレオの浅黒い顔がそれ問わかるくらいに赤くなった。
「ムツミは俺がいるからさみしくない?」
「うん、さみしくないよ」
ムツミは心から言った。
「明日から又、大学で会えるんでしょ?」
「ああ」
レオはムツミを、つがいを見つめていった。
「なら、さみしくない」
「そうか……」
レオはムツミから目を逸らせ、その代わりに腕を伸ばして小さな肩を引き寄せた。
「……ムツミ?」
「なぁに?」
「これから俺の所に来るか?」
「え!?」
唐突に振ってきた言葉に、ムツミは思わず足を止めた。何か拙かったかと、レオもぎくりと立ち止まる。
「何を言ってるの?」
「あ、いや、ムツミが俺がいたらさみしくないって言うから。だったら俺の部屋で一緒に……って、思って……いや! べべべつに妙なまねはしない……つもりだし、ムツミが嫌ならいいんだ!」
「レオ君のお部屋……」
「へ、部屋と言っても俺のじゃなくて……借りてるだけなんだが……中には何にもないけど……」
「何にも?」
豪華な容姿そこのけで、恥らいながらもぐもぐ言っているレオに、ムツミは素直に驚いた。
確かレオはお金持ちだったはずだ。自分が風邪をひいた時に、信じられないくらいのお金を持ってきて、無造作にくれると言ったのだ。
その時は余りに非常識な申し出だったから断ったが、今ではあれは純粋な好意だったのだと思う。ただ単にレオは、人間社会の基準をよく知らないだけなのだ。
「ベッドとかもないの?」
「ベッドだけはある……いやっ! ベベベッドって別に変な意味じゃないんだ! 部屋に来てっていうのはそのっ!」
「うん行く……レオ君のお部屋見たい」
へどもど言い募るレオの前でムツミはあっさり頷いた。
「え?」
「私もね……なんだか今一人になりたくないの。レオ君のお家に連れて行って?」
「ム――……」
俺は夢を見ているのか?
急展開(レオ的に)。