手紙
私は人形に恋をした。
そんな書き出しからその手紙は始まっていた。
ワタシはほんの少しだけためらいかけたがそれ以上の好奇心に負けて読み始めた。
私は人形に恋をした。
こんなことをいきなり告白されては驚くだろうか?いや君のことだ、また自分をからかう為のくだらない嘘だと判断して信じやしないだろう。
だが先に書いた事は本当だ、もう一度書こう私は人形に恋をした。
もしもこのことで軽蔑や不快感を覚えてならこれ以上読むことを止めその手紙を燃やしてくれ。さすがに私も今告白していることが常識からはなれた異常なことであると自覚している。だが、君だけには知って欲しいと願ってしまったのだ、どうかこの愚かな願いを叶えてくれ…。
さあ、選択の時だ、止めるならここまでだ。
一枚目はそう書かれて終わっている。送り主に何があったのか全く分らない。ワタシは迷うことなく二枚目を読み出した。
ありがとう。君がこのことを知ってくれることがとても嬉しい。
さて、何から書こうか今更ながら迷っている私がいる。そうだな、まず私と彼女の出会いから始めようか、私と彼女は、私の家の離れにある一室で出会った。知ってのとおりその離れは元々私の先祖である科学者の研究所として使われていた所だ。幼い頃共に探検と称して入り込んではこっぴどく私の祖父母や両親に怒られたあの場所だ。あの当時は知らなかったがあの離れには隠し部屋がいくつも有りその隠し部屋のひとつに彼女は眠っていたのだよ。最初に見た時はおどろいたよ、本当に人間が眠っているのかと思うほどに精巧でそして今まで見てきた何よりも、何よりも美しくそして神聖な姿だった。
すまない、少し熱が入ってしまった。私は最初、彼女は人間であると思い込んでいた。なぜならあまりにも精巧すぎて見分けがつかなかったのだ。しばらくその美しさに見ほれてから我に返り、起こそうと声をかけたのだが、彼女は人形だった為に起きなかった。仕方なくゆすって起こそうと彼女に触れた時、運命が訪れたのだ。彼女の周囲にあった機械が突然動き出し彼女が目覚めたのだ!今でも忘れない涼やかで優しい声で私を「ご主人様」と呼んだことを!!今のくだりでわかったと思うが彼女は人形であるがただの人形ではなく自動人形だ。私の祖先が作り上げた。しかも、自身で考え行動することのできる、もはや人とほとんど変らない人形だったのだ。
彼女は目覚める以前、つまり眠る前のことは何一つメモリーに残ってなかったが、自分を目覚めさせた人間を主人とするプログラムを組み込まれていた。それ故に彼女は私を主として扱ったよ。美しく従順な私を全肯定する人形、ほぼ全てに否定されていた私が彼女に溺れていくのに時間はかからなかった。しばらくの間はずっと幸せだった。こんな日々が続くことを柄にも無く願っていたよ。あの日までは、ね。お節介な両親が送りつけてきた手紙と見合いの写真、それが悲劇の始まりだった。私はまったく興味はなかったので彼女に捨てておくように命じてそれで終わったと思っていた。だが彼女にとっては違っていた。前の紙に書いたように彼女は自分で考え行動する。それ故に彼女は見てしまったのだ、両親の手紙を、そして、見合いの写真つまりは私の妻になる可能性を持つ人間がいると…知ってしまった。
それからは、坂から石が転がり落ちるように狂っていった。表面上は今までと変らない幸せな日々。しかし、平穏の中で彼女は狂って行った。彼女は私が彼女から離れないか常に不安になっていたのだと今にして思う。自身が人形であるが故に、離れていく不安。私への執着、私を奪う女への嫉妬。あらゆる不の感情が彼女を苛み人形という純粋性が故に狂い落ちた。最近では彼女は夜な夜な私の眠る傍でじっと見つめながら「渡さない。ご主人様は誰にも渡さない。」と言っているのを聞いてしまった。そしてもう一つこれは、やはり離れで見つけたものがある。日記だ。数代前の当主の弟の物なのだが…、その彼も彼女と共にあったらしいそして…、彼は妻と子どもを彼女に…。だが彼は彼女を壊せず眠らせたらしい。もしかしたら他にもいたのかも知れない。
恐らくこの手紙を君が読んでいる頃には私はこの世には居ないと思う。もうすぐ彼女が私を…。此処まで読んでくれた君にもう一つ重大な頼みがある。実を言えばこの頼みこそが私が手紙を書いた最大の理由である。なに、最初の殊勝な文章は君に読ませるための仕込みだ。あのように書けば君は必ずここまで読むだろう。ふふ、君の事はよくわかっているからな。私の頼みは、彼女の面倒をみて欲しいのだ。君にしか頼めない、恐らく両親は彼女を壊そうとするだろう。それは許せないのでね。あぁ、彼女はどこに居るかって?大丈夫だ探す必要はない、なぜなら…
ワタシは勢いよく顔を上げて、この手紙を持ってきた女性をみた。とても美しい女性だ。彼女は私を見て微笑んで言った。
「よろしくお願いします。新しいご主人様」
今、君の目の前に立っているのだから。
End
ここまで読んでいただきありがとうございます。つたない文章ですが楽しんでいただければ幸いです。