第6話 イヴ
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ミーティングルームから出ると、さきほどの女性がゲーミングチェアに手をかけ立っていた。
「ありがと、もういいよ」
ジョンがそう伝えると、彼女はまた静かに去って行った。
ジョンはチェアに座る。
「イヴの部屋に案内するから、押して貰える?」
なんかいってるジョン。何いってんのこの人?
「いやー、一回やってもらいたかったんだけど、さすがに部下に頼めなくてさー」
僕ならいいのか。ジョンよ。
仕方なくチェアを押して前へ進む。
「アハハ、うん、このまましばらくまっすぐね」
と、楽しそうな声。大丈夫かこのCEO。いやミリオン。
「そこ右」、「左」とか。エレベーターでは「あ、三階ね」とか、カーナビジョンが指示を出す。
「そういえば、あの女性、名前なんていうの?」
「あーあの人?田中さん。幹部の中で一番優秀だよ」
ジョンが言うのだから、よほど優秀なんだろう。
「へぇ田中さん、同じ苗字か。まあ、日本じゃよくあるけど」
田中あるあるだ。
「日本で四番目に多い苗字だからね」
さすがジョン。よく知ってらっしゃる。
そうこうするうちに、ある一室の前にたどり着く。
厳重なロックがあったわけでもなく、ミリオンの社員なら誰でもここまで来れそうだ。
「ここだよ、ごくろうさん」
ジョンがチェアから降りる。
ジョンはドア横のカメラに顔を向ける。顔認証らしい。
ウィーンという音と共にドアが開く。
「入るねー」
ジョンはそう言いながら中に入る。僕もチェアを押しながらジョンの後をついて中に入る。
ジョンはそのまま部屋の奥の方へ進んで、椅子に座っている少女の前まで歩く。
僕もチェアを押しながら、後ろについて行く。
「やあ、イヴ。元気かい?」
ジョンが挨拶する。
……
何も返事がない。
「今日はね、家庭教師を連れてきたから、これから色々と教わってよ。じゃあね」
それだけ言い残しジョンは部屋から出ていった。
部屋を見回す。
結構広い。日本風にいうと二十畳ぐらいか。
壁一面本棚で大量の本がずらっと並んでいる。
ベッドもある。
カプセル的な物をイメージしていたけど、普通のベッドだった。
椅子に少女が腰掛け、本を読んでいる。
僕はイヴの近くまで移動して座った。
「こんにちは、僕は田中。よろしくね、イヴ」
イヴは黙って本を読んだまま、こちらを見ない。
意外にも、日本人のような見た目だった。
黒髪の三つ編が両肩の下までぶら下がっている。
「ねえ、イヴ。イヴ何て言うの?ラストネームは?」
しばらくの沈黙の後、イヴが答えた。
「イヴ。ただのイヴ」
よかった。返事してくれたよ。
「よろしい、“ただのイヴさん”よろしくね」
僕はそう答えた。
イヴは少し僕の方を向き、ジロジロ観察する。
警戒しているのか、表情が硬い。
「右手」
右手の包帯が気になったのか、イヴは短くそう言った。
「ああ、これ?殴った」
「殴った?」
イヴは少し怪訝な顔をする。
「ジョンだよ、AIかどうか試した」
プッ。少し吹き出すイヴ。
「あいつわざと避けなかったんだろうね。タチ悪いよ、ホント」
「あはっ、あはははっ」
堪えきれなくなったのか、イヴがお腹を抱えて笑いだした。
僕はイヴが落ち着くのを待った。
「あー可笑しい。あなた変わってるわね」
僕はどうやら、AIに「変人枠」として分類されやすいタイプらしい。
でも少し、力が抜けたみたいだ。
「田中でいいよ」
イヴが頷く。
「さっきの」
なんだろう?
「“よろしい、ただのイヴさん”ってやつ、漫画でしょ?メイドの」
やっぱり知っていたか。本棚には結構漫画があったから、知っていると思っていた。
「あ、わかった?じゃあ、あの作者の新しいのも読んでる?」
「読んでるわよ」
イヴが答える。うんうん、いいよその調子。
「へぇー、じゃあ誰が好き?あの漫画の中で」
うーんと真剣に悩むイヴ。
「やっぱりヨミルさん、強くて美人でかっこいい。田中は?」
うーんと僕も悩む。ヨミルさん取られちゃったし。
「ヨミルさん以外なら、ペリエさんかな」
「あ、わかる」
イヴが嬉しそうに返してくる。
よかった、少し笑ってくれた。
「本は、紙媒体が好きなの?」
ふと、僕はたずねる。
「まあね。電子だと頭に直接インプットされちゃう気がして。紙の方がいいの」
なるほどね、実際そういうこともできるんだろう。
「ふうん、なるほどね、本のコレクション見ていい?」
「いいわよ、別に」
僕は彼女の本棚を、眺めて歩いた。
漫画、ライトノベル、日本の文芸が多い。海外の小説らしき本も並んでいた。
僕が読んだ物も結構ある。
またイヴのところに行き、漫画について少し話し、今日は終わりにした。
まあ、時間はたっぷりある。ゆっくり打ち解ければいい。
「また明日ね」
と言い、僕は彼女の部屋を出た。
イヴは僕の教育方針について怒るかな、それとも笑うかな?
いや、呆れるかもしれない。
――うん、いいね。実に楽しみだ。




