最終話:氷の令嬢はやっぱりお人好し
本編最終話です!
頑張ったよ!
あの騒動から数ヶ月が経ちました。
王都の空気はすっかり春の香りに包まれ、庭園の花々が競うように咲き誇っています。
わたくし、マリアンヌ・フォン・グラサージュを巡る環境は一変しました。
エドワード殿下との婚約が白紙に戻った直後から、我が家には王国中――いえ、他国からも山のような釣書と夜会の招待状が届いています。
「真実を見抜く高潔な令嬢」という尾ひれまでついて、わたくしは今や、社交界で最も注目される女性になってしまったようです。
「お父様、またそんなに……。わたくし、お伝えした通り、しばらく恋愛は結構ですのよ」
苦笑しながらお茶を淹れるわたくしに、お父様はこれまでにないほど柔和な顔で頷きました。
「わかっている。……お前の好きにしなさい。私が許す限り、お前を縛るものは何一つないのだから」
「ありがとうございます、お父様」
「そうだぞマリー!マリーの相手は僕が見定めるからな!」
「まぁ……アルフォンスお兄様ったら……」
友人たちも、それぞれの道を歩んでいます。
セレナは騎士クラスの演習で遠方へ向かうことが増え、今では後輩から憧れられる凛々しい騎士候補生として着実に実績を重ねています。なかなか屋敷へ戻ることは少なくなりましたが、忙しい中でも手紙のやり取りをして近況を伝え合っています。
クロエ様も、もう怯える必要はありません。男爵令嬢という身分を気にせず、学園では多くの友人に囲まれ、花が咲くような笑顔を見せてくれるようになりました。
そして、北の開拓領からも風の便りが届きます。
なれない農業に苦戦し、毎日泥だらけで働いているというエドワード殿下とクラリス様。
最初は文句ばかりだったそうですが、最近では自分たちの手で育てた作物が実ったことに涙し、少しずつですが、領民たちの信頼を得るために奮闘しているのだとか。
わたくしにできるのは、ただ彼らの再生を静かに祈ることだけです。
「――では、お父様、お母様。わたくし、少し街まで出てまいりますわ」
「ああ。護衛は付けてあるが……気をつけるように」
「夕食までには帰ってきてね……セレナも帰ってくるみたいよ」
両親の心配を背に、わたくしは軽やかな足取りで屋敷を出ました。
今日は、ハミルトン先生に勧められた新しい資料を探しに図書館へ向かう予定なのです。
陽光が降り注ぐ並木道を歩いていると、ふと、路地裏の入り口で座り込んでいる小さな影が目に入りました。
身なりの貧しい、小さな男の子です。膝を抱えて、今にも泣き出しそうな顔で辺りを見渡しています。
(……あら。迷子かしら?)
わたくしは足を止めました。
「う、うわぁぁぁん! 怖いよぉ、おかあさーん!!」
よほど心細いのでしょう。周囲の大人たちが困惑して通り過ぎる中、男の子は火がついたように泣き叫んでいました。
わたくしは男の子の前に歩み寄り、ドレスが汚れるのも構わずにその場に屈み込みました。
「どうしたの? 迷子になってしまったのかしら」
わたくしが声をかけた瞬間、男の子はビクッと肩を跳ねさせ、泣き声をピタリと止めました。
そして、恐怖に引きつった顔でわたくしを見上げます。
……そうでした。わたくしの顔は、お父様譲りの恐ろしい顔……。誤解されやすいのでしたわね。ましてや今は逆光。男の子の目には、恐ろしい魔女か何かに見えているのかもしれません。
「ヒッ……う、うあぁ……」
「大丈夫よ。怖くないわ。……ほら、泣き止んで? 涙を拭かないと、せっかくのお顔が台無しですわよ」
わたくしは、これ以上ないほど柔らかな、心からの微笑みを浮かべました。
ハンカチを取り出し、そっと彼の涙を拭ってあげます。
「……え?」
男の子は、ポカンと口を開けてわたくしを見つめました。
恐ろしい見た目とは裏腹な、春の陽だまりのような温かい声と、優しく頭を撫でる手。
そのギャップに毒気を抜かれたのか、男の子は顔を真っ赤にして、わたくしの指をぎゅっと掴んできました。
「お、おねえちゃん……きれい……」
「ふふ。ありがとうございます。わたくしと一緒に、お母様を探しましょう? きっとすぐに見つかるわ。……さあ、立って?」
わたくしが手を差し伸べると、男の子はもう泣いていませんでした。
それどころか、わたくしの手を離すまいと必死に握り返し、憧れの眼差しを向けてくるではありませんか。
見た目で怖がられようとも、勘違いされようとも、最後に誰かの手を握り返して、その心を温めることができる。それが、わたくしの誇り。
見上げた空は、どこまでも青く、自由です。
わたくしの本当の人生は、ここから始まっていくのです。
「行きましょうか。わたくし、こう見えても……とってもお節介なんですのよ?」
軽やかな笑い声を残して、わたくしは春の風の中を歩き出しました。
【END】
これにて完!
……ではないです。
明日の外伝で完です。




