第4話:決別の音と隠された涙
第1章ラストです。
黙っていたマリアンヌがついに動き出します。
「……それは、い、一体どういう……」
音楽の止まった会場で、わたくしの震える声が白々しく響きました。
二週間前の西階段。わたくしは確かに、躓いた彼女を助けようと手を伸ばしました。けれど、あの時の彼女は――。
「……殿下。その件ですが、わたくしは彼女を支えようとしたのです。それに、わたくしは見てしまいましたわ。落ちる瞬間、クラリス様が――わたくしを見ながら、笑っていたのを」
勇気を振り絞ったわたくしの言葉に、会場が一瞬、シン……ッと静まり返りました。
わずかな希望を抱いた、その瞬間。
「――っ! ひどい……ひどすぎますわ、マリアンヌ様っ!わたしのことが……憎いからって……こんなにも酷い言いがかりをつけられるとは思わなかったです!落ちる瞬間に笑っていた……?あの時のわたしは驚いた顔をしていたのですよ!」
クラリス様が、顔を覆ってエドワード様の胸に泣き崩れました。
彼女はこれみよがしに豊かな胸元をエドワード様の腕に押し付け、しなだれかかるのをわたくしは見逃しませんでした。
その仕草は「悲劇のヒロイン」を演じながらも、同時に女としてわたくしに対して「勝った」と見せつけるような、露骨な示威行為そのもの。
それを合図に、音楽隊が再び、今度はさらに激しく、わたくしを糾弾するかのような不協和音を奏で始めます。
「自分の罪を被害者になすりつけるなんて!」
「なんておぞましい……。心まで凍りついているのか!」
怒号が渦巻く中、エドワード様はわたくしを汚物でも見るような目で見下しました。
真紅の瞳には、かつて向けられた慈しみなど微塵も残っておらず、ただただ冷酷な蔑みの光だけが宿っています。
「もはや弁明の余地などない。今すぐ跪き、クラリス嬢に謝罪せよ! ――そして、皆に宣言しよう。私は、心優しき彼女こそが次期王妃に相応しいと確信した。マリアンヌ、貴様との縁を切り、私は新たにクラリス・ド・パーヴェニューと婚約する!」
——その瞬間、わたくしの中で「プツン」と何かが切れる音が聞こえました。
怒りで力を込めたあまりコルセットの紐が切れた音と、何かが吹っ切れた音。
(醜い……? わたくしが……? ――いいえ、もう結構)
わたくしはスッと背筋を伸ばし、扇をパサリと閉じました。
紐が切れたおかげでようやく肺に流れ込んできた空気が、わたくしに凄まじい威圧感を与えます。
「……殿下。今までの数々の罪状、わたくしは一切認めることはできませんわ。これほど一方的な断罪、グラサージュ侯爵家としても黙って見過ごすわけには参りません」
凛とした声が、不快な音楽さえもねじ伏せるように会場に響き渡りました。
「わたくしに一週間の猶予をお与えくださいまし。その間に身の潔白を証明して見せますわ。もし、証拠が見つからなければ――その時は、婚約破棄を甘んじて受け入れ、国外追放でもなんでも殿下のお好きになさるがいいでしょう」
わたくしの放つ気迫に、エドワード様は思わず一歩後退しましたがすぐに体制を立て直し、
「……っ……わかった。いいだろう。一週間だな。精々あがくがいいさ。どうせ覆ることはないのだからな」
「感謝いたしますわ、殿下。……では、失礼」
わたくしは氷のように冷ややかに王子とクラリス様へ一礼し、出口へと歩き出しました。
その去り際。わたくしの耳に、勝利を確信した二人がひそひそと話す声が聞こえてきました。
「……見て、エドワード様。マリアンヌ様、あんなに強がって……本当は怖くて逃げ出したのよ。お可哀想……」
「ふん、あれはただの悪あがきだ。これからは君が私の隣にいる。もう誰にも邪魔はさせないよ、クラリス」
「まぁ、エドワード様ったら……」
エドワード様は優しくクラリス様の肩を抱き寄せ、クラリス様はわたくしの背中に向けて、勝ち誇った歪な笑みを浮かべていました。
(――見ていなさい。その笑い、一週間後には凍りつかせて差し上げますわ)
颯爽と馬車に乗り込み、会場を後にした瞬間。 暗い車内で、ようやくわたくしの目から大粒の涙がこぼれ落ちました。
(……顔に出せない自分が、こんなにも悔しい……!)
悔しさと決意を乗せた馬車は、夜の闇を切り裂き、グラサージュ侯爵邸へとひた走るのでした。
これにて第1章終わりです。
自分で書いておいてアレですが、マリアンヌがめちゃくちゃ可哀想に思えました。
さて次回からは第2章となります。
新キャラも登場予定なのでお楽しみに!
話数は続くので次回は5話となります。
5話の前書きにここまでの登場人物の紹介を乗せますね。




