第32話:最後のピースは
続きです
「知らない、とお仰るのですね。ではクラリス様。貴女が『知らない』はずの彼女の腕にあるこの痣を、皆さまにご説明いただけますかしら?」
わたくしは、クロエ様の制服の袖を静かに捲り上げました。
その細い腕に刻まれた、痛々しい複数のアザ。講堂が息を呑む音で満たされます。
「これは、貴女が3週間前よりも以前にクロエ様を階段の踊り場に呼び出し、何度も突き飛ばしては『上手な落ち方』を強要していた訓練の痕跡……。彼女が、貴女の『完璧な悲劇』を演じるための練習台にされていた証拠ですわ」
わたくしはクロエ様の肩に手をやり、今の気持ちを伝えるよう促します。
「しょ……正直、クラリス様と居るときは……とても怖かった……。わたしは、男爵の娘でクラリス様は子爵の娘……。逆らうなんてこと……許されるわけがなかったんです……。だって貴族の『序列』は絶対……ですから」
クロエ様の震える声が、講堂の天井にまで染み渡るように響きました。
先ほどまでわたくしを「冷酷だ」と囁いていた生徒たちの視線が、今度は鋭い刃となって、壇上のクラリス様へと突き刺さります。
「な、何よ……! 嘘よ、全部そこの男爵令嬢が勝手に言っているだけだわ! エドワード様、信じてくださいまし!」
「……クラリス……」
必死に縋り付く彼女に、エドワード殿下も動揺を隠せないようです。ですが、わたくしはここで手を緩めず淡々と進めていきます。
「……では、3点目ですわ。クラリス様。貴女が『彼女を知らない』と言い張るのであれば、木の曜日に食堂で貴女のご友人方がクロエ様を執拗に追い詰めていたのはなぜかしら?」
「そ、そんなの知るわけがないじゃない! たまたまです! 偶然、彼女たちが居合わせただけでしょ……!」
クラリス様は声を荒らげご友人たちへ視線を合わせようとしましたが、視線が合わず焦っている様子が伺えました。
「……そして、金の曜日。わたくしは貴女の自作自演を決定づける『証拠』を手に入れましたわ。……こちらが、その証拠です」
わたくしは、鞄の口をそっと開け、ハンカチに包んだ焼け焦げた指示書を取り出そうとしました。
その瞬間、ふわり、と何かが鼻をくすぐります。
昨日からずっと、わたくしの鼻に、そして脳裏にこびりついて離れなかった、あの不快で、甘ったるすぎる花の香り。
(…………!……ああ……そう、だったのね……)
匂いの正体、そして私物を荒らした犯人の正体。
全ての糸が1本に繋がり、わたくしの脳裏で鮮明な形を結びました。
(これで……全ての準備が整いましたわ)
わたくしは鞄の中に手をかけ、中にある「切り札」の感触を確かめました。
わたくしの『台本』はこれで完成しました。あとは、それを皆さまの前で披露し、クラリス様の台本を書き換えるだけ……。
(さぁ、最後の仕上げとまいりましょうか)
「氷の令嬢」としての冷徹な微笑みを、わたくしはさらに深く刻み込みました。
明日ついに匂いの正体がわかる……!?




