第30話:運命の断罪式
いよいよ断罪式です!
扉が開いた瞬間、目に飛び込んできたのは、目も眩むような黄金色の光と、卒業を祝うために飾り立てられた大輪の百合の花々でした。
――本来ならば、ここは門出を祝う祝福の場。
ですが、壇上でこちらを睨みつけるエドワード様の殺気とクラリス様の女豹のような微笑み、会場に充満する好奇の視線が、その華やかさを歪なものに変えていました。
わたくしは床に敷き詰められた深紅の絨毯を一歩ずつ踏みしめ、この美しい『戦場』の真っ只中へと進んでいったのです。
「あら……皆さまお早いのね。わたくし、まだ準備ができていないのですが」
(……あ、あれ?ど、どうしましょう!? 皆さまの視線が痛いですわ! 本当に物理的に準備が……証拠の指示書もちゃんと入っているか急に不安に……!)
心拍数が跳ね上がり、今すぐここから逃げ出したくなる衝動を必死に抑え込みます。
ですが、その焦りさえも、周囲の目には「獲物を前にした冷徹な沈黙」として映っているようでした。
「マリアンヌ・フォン・グラサージュ! 貴様のその傲慢な態度、今日こそ終わらせてやろう!」
エドワード様の指差し、野次馬たちの嘲笑、そしてクラリス様の「勝った」と言わんばかりの歪な笑み。
それら全てを浴びた瞬間、不思議と頭の芯がスッと冷えていくのを感じました。
(……いいえ。ここでうろたえては『あの時』のわたくしと一緒……。信じて送り出してくださったお父様に申し訳が立ちませんわ)
わたくしは深く、深く息を吐き出しました。
それは誰よりも高潔な「令嬢」という名の鎧で包み込むための儀式。
――スッ
首を傾げていた角度を戻し、わたくしは扇を広げるような優雅な所作で、壇上の二人を見据えました。
「……失礼いたしました。エドワード様がそのように『お急ぎ』だとは存じ上げませんでしたの」
声に、熱を捨てます。
視線から、迷いを消します。
わたくしの心はまだ激しく波打っていますが、そんな「弱み」など、絶対に顔には出しません。
「では、始めましょうか。エドワード様……そしてクラリス様。……わたくしたちの、『答え合わせ』を」
わたくしの言葉に、エドワード様は苛立たしげに顔を歪ませました。
「『答え合わせ』……? 貴様の罪など、すでに確定しているのだ! クラリス、皆に説明してくれ。この女がいかに卑劣な手段で、君の命を狙ったかを!」
「……はい、エドワード様」
クラリス様は、殊勝な面持ちで一歩前へ出ました。ハンカチで目元を拭うその仕草は、いかにも「心に深い傷を負った悲劇のヒロイン」そのもの。
「……あれは、3週間ほど前の出来事でした。マリアンヌ様から『お話がある』と呼び出され、人気のない西校舎の階段へ向かいましたの。そこで……わたしは、マリアンヌ様に……」
彼女はそこで言葉を詰まらせ、震える肩をエドワード様に支えさせました。
「『殿下と身分違いの恋をする泥棒猫に、相応しい罰を与えてあげる』……そう仰って、わたしを階段の上から突き落とし 殺そうとしたのです!」
「聞いたか! これが被害者の生の声だ! クラリスが嘘を付く理由などない。あの後すぐに騒ぎを聞きつけ駆けつけた者たちもいるのだ!少しでも間違えていれば死んでいたのだぞ!」
講堂内が「ひどい……」「やはり氷の令嬢は冷酷だ」という囁きで埋め尽くされます。ですが、その中には、少しだけ質の違う声も混じり始めていました。
「……ねえ、でも殿下、少し……怖くない?」
「私、一昨日見たのだけど、殿下がマリアンヌ様を一方的に罵倒していたのよ……死神だって」
「僕は最近マリアンヌ様が中庭で子猫を助けていたのを見ているぞ……。どっちが本当の顔なんだ……?」
一部の生徒たちはこのやり取りを見て疑問を抱く方もいました。
(……まあ……まあ、なんて……)
わたくしは、ただ黙ってその光景を眺めていました。
悲しいというより、どこか遠い世界の、身に覚えのない物語を読み聞かされているような……そんな、現実感のない心地でした。
「泥棒猫」「殺そうとした」「相応しい罰」……。
クラリス様の口から次々と飛び出す言葉は、どれもわたくしが一生使うこともないような鋭い棘ばかり。
それを信じて疑わないエドワード様の瞳を見つめていると、怒りよりも先に、すとん、と胸の奥が冷えていくのを感じました。
(今のエドワード様は……わたくしをそんな風に見えておいでだったのですね)
もはや「婚約者」としての情すら、その冷たさに溶けて消えていくようでした。
一週間前、ただ震えることしかできなかったわたくしは、もうどこにもいません。
わたくしは「氷の令嬢」としての仮面を被り直し、静かに、けれど講堂の隅々まで通る声で口を開きました。
ここまで黙って聞いていたマリアンヌ様。
明日からはマリアンヌ様のターンです。




