第27話:悲しみはどこに?
続きです。
泣けないマリアンヌ様……。
「……マリアンヌ様! これ、これだけは……っ!」
激しい雨音を突き破るように、セレナが叫びました。
彼女は膝を泥に染め、熱を帯びた焼却炉の縁に手をかけながら、火かき棒で必死に何かを掻き出しています。
わたくしの震える手の中に差し出されたのは、端が焼け焦げ、雨に濡れて無残にふやけた数枚の紙切れでした。
9割方は灰となり雨に流されてしまいましたが、残ったその断片も……もはや文字なども読み取れない、真っ黒な残骸に成り果てていました。
「……ありがとう、セレナ。……行きましょう」
わたくしは、その「かつての希望」を震える指で受け取り、濡れた鞄の奥へと押し込めました。
それから、力なく地面に崩れ落ちたままのクロエ様を抱え上げるようにして、わたくしたちは逃げるように馬車へと乗り込んだのです。
「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……! わたしのせいです。あの時、マリアンヌ様から助けていただいたときに逃げなかったら……あと1日早かったら……こんなことには……っ!」
自分を責め、震え続ける小さな肩。
わたくしは、冷え切った彼女の体を静かに、けれど強く抱きしめました。
(いいえ、クロエ様。貴女は何も悪くない。……悪いのは、わたくしの甘さ……)
「……大丈夫ですよ、クロエ様。大丈夫……」
わたくしの瞳は乾いたまま、ただ、雨に濡れた彼女の冷たい髪を撫で続けました。
慰める言葉の隙間から、どこまでも甘ったるい、あの女の香水の匂いが漂ってきた気がして――わたくしは強く奥歯を噛み締めました。
クロエ様を送り届け、一言も発さないまま、馬車はわたくしの屋敷へと滑り込みました。
門をくぐる時、いつもなら見慣れているはずの屋敷の明かりが、雨の膜に遮られて、ひどく遠い場所のように感じられました。
扉を開けようと手を伸ばしかけたその時、内側から勢いよく扉が開かれました。
「マリー!……無事に帰ってきたか!」
駆け寄ってきたのは、血相を変えたお兄様でした。わたくしの無残な姿を見て、お兄様の顔が驚愕に歪みます。
ですが、わたくしの視線はその背後に釘付けになりました。
「お父様……!?」
本来であれば明日帰ってくるはずのお父様が、そこに立っていらっしゃったのです。
「……お父様が、どうして……?」
「ああ。仕事が早く片付いてね。明日の件もあるから居ても立ってもいられなくなって1日早く戻ってきたんだよ。……だが、予定の時間を過ぎてもお前やセレナが帰ってこないから、皆で心配して待っていたんだ」
お父様は静かな足取りで雨の吹き込む玄関口まで歩み寄ると、泥と雨に濡れたわたくしの肩を、大きな両手で包み込みました。
「遅かったじゃないか、マリアンヌ。……寒かっただろう」
お父様の低く落ち着いた声が、嵐の中に放り出されていたわたくしの魂を、ようやく家へと引き戻してくれたのです。
「帰りが遅いことを心配されていた」という、当たり前のような、けれど今のわたくしには勿体ないほどの慈しみに触れた瞬間――。
わたくしの心の中に張っていた薄い氷が、音を立てて砕け散りました。
「お父、様……っ。わたくし、わたくし……っ!」
喉の奥から、せき止めていた嗚咽が溢れ出します。
あれほど乾ききっていた瞳から、熱い雫が次から次へと溢れていくのが伝わりました。
「……う、うあぁぁぁぁ……っ!!」
わたくしは、侯爵令嬢としての矜持も、氷の令嬢としての仮面もかなぐり捨てて、お父様の胸にしがみついて泣きじゃくりました。
ここでちょっと裏設定
グラサージュ領は王都より少し離れています。
お父様は領主として月〜土曜日まで働き、日曜日に王都の屋敷に戻るって生活を送っています。マリアンヌが学生だから屋敷があるって感じですね。
さて、そんなお父様ですが、久々の登場です。
どんなふうにマリアンヌを救うのでしょうか……?
18時からの「万物の聴手〜」もよろしくお願いします!




