第24話:堕ちた王子は氷の令嬢と対峙する
5日目ラストです!
何だか見覚えのある人が……?
夕闇が校舎を長く引き延ばし、影が濃くなる時間。
校門へと続く並木道に、それは立ち尽くしていました。
「……エドワード様?」
わたくしが声をかけたエドワード様は、あまりにも記憶の中の彼とかけ離れていました。
かつての凛々しさは霧散し、顔色は土気色。燃えるような紅の瞳は、同じ色なのに怒気と焦燥を煮詰めたように見えます。
そのあまりの変わりように、わたくしは反射的に駆け寄り、手を伸ばします。
「触るなッ! 近寄るなッ!!」
わたくしの指先が届くより早く、彼は弾かれたように大きく飛び退きました。
その拒絶はあまりに激しく、わたくしは差し出した手を持て余したまま、立ち尽くすしかありませんでした。
「お前だ……お前の、その『完璧な淑女』の面構えを見ているだけで吐き気がする!……お前が無駄な足掻きをするから、僕はこんなにも、こんなにも惨めな思いをしているんだ……!」
エドワード様はわたくしを指差し、その指をガタガタと震わせながら叫びました。
「なぜ、あの場でお前が大人しく婚約破棄を認めなかった! なぜ、彼女を突き落としたと認めなかった!……お前が大人しく罪を認め、僕の人生から消えてくれれば……僕は、僕の運命は、こんなふうにならなかった!」
その叫びが夕闇に消えるか消えないかのうちに、わたくしの隣からミシィ……と、何かが軋む音が聞こえてきました。
隣を見れば、セレナが自身の両拳を血管が浮き出るほど強く握りしめています。
その肩は怒りに細かく震え、瞳には剥き出しの殺意が宿っていました。一歩踏み出そうとするその気配がひしひしと伝わってきます。
わたくしは彼女の震える腕にそっと、けれど拒絶を許さない強さで自分の手を重ねました。
「……」
セレナはなおも納得がいかないように唇を噛み締めましたが……やがて、絞り出すような吐息とともに、ゆっくりと拳を解き、一歩後ろへ下がりました。
それを見届け、わたくしは改めて、目の前で肩で息をしているエドワード様に向き直ります。
「お前のその顔だ! 氷細工のように冷たく、非の打ち所のない……その正しさが、僕を追い詰めるんだ! 父上も母上も、お前が余計なことをしたせいで僕を責める! 周りの連中も、僕を避けるようになった!」
わたくしは、ただ静かに彼を見つめることしかできませんでした。
言い返そうと思えば、いくらでも言葉はある。……けれど、今の彼に何を言っても、それは火に油を注ぐだけだと、冷めた自分が囁いていました。
「……お前は、僕の光り輝くはずだった未来を食い荒らす死神だ!!」
エドワード様の乾いた笑いが虚しく響きます。
「……真実がどこにあるのか。それはわたくしが申し上げるまでもなく、卒業式の場で、皆の目が証明してくださるでしょう。……その時まで、どうかお体をご自愛ください。失礼いたします」
わたくしはそれ以上言葉を重ねることなく、静かに背を向けました。
「逃げるのか! 待て、マリアンヌ!」というエドワード様の掠れた叫びが背中に突き刺さりましたが、一度も振り返ることはありませんでした。
わたくしが並木道を歩き出すと、ざわっ、と周囲にいた生徒たちの間に、波紋のような囁きが広がりました。
「……今の、見た? マリアンヌ様、あんなに酷いことを言われても、最後まで殿下のお体を案じていらしたわ」
「……気高く振る舞えるマリアンヌ様の方がずっと美しいわ。……逆に、殿下の方は、なんだか……その、怖いわ。むしろ殿下のほうが……死神みたい」
ヒソヒソという小さな声。けれど、それは確実にエドワード様への不審と、わたくしへの評価の変化を告げていました。
――帰宅後、家族の前で事件の証拠となる指示書を手に入れたことを伝えました。
お母様は「ようやく……一安心できますわね……」と安堵されています。
「マリー、良かったな!お兄ちゃんもホッとしたよ。……そういえば最近のエドのこと知っているか?」
「……エドワード様ですか?いえ……。先程お会いしたときは何だか顔色が優れていませんでしたけど……」
お兄様は呆れたような顔をしながら続けました。
なんでも、連日国王陛下や大臣たちに問い詰められ、相当に追い詰められているようで、王宮でも酷く不安定だと噂になっている……と。
「そうだったのですね……」
「だがマリー、油断はするなよ。前も言ったが、クラリス嬢……だったか。あのエドをここまで追い詰めるくらい頭や口が達者だと思うんだ。そういう奴は己を守るためならどんなことでもやる。……だから証拠品は卒業式当日まで何があっても死守するんだぞ。なんならお兄ちゃんが預かろうか?」
お兄様の真剣な表情に、わたくしはふんわりと微笑みました。
「ありがとうございます。でも大丈夫ですわ、お兄様。この指示書は鞄の奥底、隠しポケットにしっかりと仕舞い込みましたもの」
「しかし、もし隙を突かれて盗まれでもしたら……」
「お兄様もセレナも心配し過ぎですわ。いくらクラリス様でもそのような野蛮なことは致しませんわ」
お兄様は少し首を傾げましたが、
「……まぁマリーがそういうなら……だけどな、クラリス嬢には十分注意を向けておけよ。最後の最後で足下を掬われないようにな」
お兄様の真剣な忠告に、わたくしは「大丈夫ですわ!」と笑って答え、自室へと戻りました。
鞄の中には、彼女の悪行を証明する確かな重み。
他人の鞄を漁るような恥知らずなど、この学園にはいない。そう信じて疑わなかったわたくしは、安らかな眠りにつきました。
――ですが翌日、お兄様の言葉は「最悪の形」でわたくしに襲いかかってくるのです。
一週間の猶予:残り2日
久々本編に登場。エドワード様です。
外伝では3日目に堕ちてしまっていましたね。4日目はきっと休んでいたのかも?
こうなったきっかけは「第17.5話:軋みゆく歯車」に書いているのでどうぞ。
ちなみに「死神」のことを「バンシー」と呼んだ理由ですが、エドワードはマリアンヌが声を上げれば上げるほどクラリスとの仲を裂こうとするって思ったみたいですねー。
だから「死を招く声を出す妖精」=「死神」と思ったみたいです
今日はちゃんと予約投稿したよー!




