第17.5話:軋みゆく歯車(中編)
続きです。
エドワードはクラリスに癒やしを求めようとしますが……?
翌日。
食堂で昼食を摂ろうとしたエドワードは、遠くの席に見慣れた栗毛の少女の姿を捉えた。クラリスだ。
友人数名と会話しているのだろう。彼女の話に皆同調している。近くにいるのはリボンの色的に下級生だろうか。
エドワードはクラリスを驚かせようと、彼女たちが座っているテーブル近くの柱に隠れて機会を待つ。
「………そうそう、今朝、マリアンヌ様が図書室で、気に食わない生徒を睨み倒して、事切れる寸前まで追い込んだんですって。恐ろしいわねぇ……」
周りの友人は彼女の言葉に同調している。下級生の黒髪の少女は同調こそしなかったものの、『氷の悪女』の行いに恐怖している様子だ。
(……やはりマリアンヌは悪女だな!クラリスこそ僕の婚約者に相応しい……!)
エドワードもクラリスの言葉に同調している。しかし、次の瞬間、彼女から耳を疑う言葉が紡がれた。
「今日の歴史の講義、ハミルトン先生ったら本当酷いの。わたしが少し体調を崩して目を閉じていただけなのに、皆の前で厳しく叱責なさるんですもの!」
(…………何!?)
エドワードは思わず目を見開いた。
「……きっと、あの先生もマリアンヌ様に懐柔されているんだわ! わたしのような小さな存在が何を言っても、信じてくださらないのよ……」
クラリスの震える声。友人たちが「なんて酷い先生!」と口々に憤る中、柱の陰でエドワードの鼓動だけが不自然に早まる。
(……ハミルトン先生が? いや、そんなはずはない)
ハミルトン先生は、王族であるエドワードに対しても、一人の教え子として真摯に向き合ってくれる高潔な人物だ。学園一の慈父と謳われる彼が、体調不良の令嬢を晒し者にするなど、到底考えられない。
驚かせようとしていたことも忘れ、エドワードはふらりと柱の陰から姿を現した。
「……クラリス、今の話は本当かい?」
「あ、エドワード様ぁ!」
クラリスの顔がパッと華やいだ。だが、エドワードの額には一筋の汗がタラリと流れる。
「ハミルトン先生が、君にそんな……不当な扱いをしたというのかい? 彼は、そんなことをするような人ではなかったはずだが……」
恐る恐るクラリスに尋ねる。
その瞬間、エドワードは息を飲んだ。
向けられた瞳に、いつもの潤んだような輝きはない。代わりに宿っていたのは、射抜くような冷徹さと、自分の思い通りにならない者への、どす黒い侮蔑。
それは、彼女が「悪女」と罵っていたマリアンヌの冷たさとは違う、もっと下卑た、剥き出しの悪意そのもの。マリアンヌの冷徹さは気高かったが、今見えた彼女の顔はひどく醜悪に見えた。
(なっ……!?)
――心臓が嫌な跳ね方をする。
だが、彼がその正体に気づくより早く、クラリスの表情は劇的に塗り替えられる。
「……エドワード様、わたしを疑っていらっしゃるの?」
大きな瞳にみるみるうちに涙が溜まり、震える唇が哀れみを誘う。先ほどの凶悪な顔が幻だったかと思わせるほどの、完璧な「被害者」の顔。
「あの先生はマリアンヌ様と親しいのです。わたしが……わたしが、エドワード様の特別だからいじめられたのですわ。エドワード様まで信じてくださらないなら、わたし……っ」
顔を覆って泣きじゃくるクラリス。
周囲の友人たちからの「殿下、ひどいですわ!」という非難の視線にさらされ、エドワードは慌てて彼女の肩を抱き寄せた。
「あ、いや、すまない! 疑ったわけではないんだ。ただ、君がそんなに辛い思いをしていたなんて……」
謝りながらも、エドワードの脳裏には、先ほど見た「あの顔」が焼き付いて離れない。
(見間違いだ。……そう、僕の見間違いに決まっている。彼女が、あんな……あんなマリアンヌ以上の悪女のような顔をするはずがないんだ)
必死に自分に言い聞かせるが、心に刺さった棘は抜けない。
彼女を慰める自分の声が、どこか空々しく響くのを、エドワードはどうすることもできない。
―― 1度軋んだ歯車は、知らず知らずの内にどんどんと不快な音を立てて回るのだから。
彼女の本性が垣間見えた瞬間でしたね。
一応ここまでの時系列はこんな感じです。
前編→パーティ〜猶予1日目
中編→猶予2日目
クロエが16話でマリアンヌの件を知っていたのはクラリスが2日目の昼に言っていたからなんですねー。
明日は外伝後編です。
本当マジで救われません!身分違いの『真実の愛』がどうなっていくのかお楽しみに!




