第16話:穏やかな午後は黒に染まる
続きです。
思わず逃げちゃったクロエが向かった先は……?
「……っ!……はぁっ、はぁっ……!」
死に物狂いで食堂から走り去ったクロエは気がつくと図書室の目の前に立っていた。
心臓が耳元で鳴っているかと思うほど激しく打ちつけ、膝の震えが止まらない。
遠くで午後の講義が始まることを告げる予鈴が鳴り響いた。
いつもなら、弾かれたように教室へ急ぐはずの音。けれど今のクロエは、その音を聞いても指先ひとつ動かすことができなかった。
(……無理。……もう、あそこには戻れない……っ)
重い扉をそっと開き、這いずるようにして図書室の最奥へ向かった。
誰にも見つからない、日が当たらない棚の隅。一番端の席に深く腰を下ろし、ようやくひとつ、震える息を吐き出した。
けれど、安堵したのも束の間。静寂が訪れたことで、逆に「あの日」の記憶と「先ほど」の恐怖が、濁流のように押し寄せてきた。
耳の奥で、先程までの浴びせられた罵倒が何度も甦り『指示書を処分しろ』と頭の中で反復する。
そして逃げる前に見てしまったマリアンヌの、あの射抜くような冷徹な眼差し。
(……そうだわ。ここは、マリアンヌ様が生徒を気絶させた場所……)
直接見ていたわけではない。けれど、クラリスたちはこう言っていた。
『マリアンヌ様が図書室で、気に食わない生徒を睨み倒して、事切れる寸前まで追い込んだんですって。恐ろしいわね』
そんな「現場」に今、自分はいる。
(わたし……もう、おしまいだわ……)
クロエは机の上に突っ伏し、古書の匂いが混じった暗がりの中で、ただガタガタと震え続けるしかなかった。
――どれほどの時が経ったのだろうか。
日が当たらない棚の隅はひっそりと冷たい。けれど、遠くの窓際を照らす午後の日差しが、室内の空気を琥珀色に優しく溶かす。
静寂の中で、壁に掛かった古びた時計が一定のリズムで時を刻んでいた。
外の世界はこんなにも穏やかで、優しく満ちているというのに。
暗がりにうずくまるクロエの気持ちが、晴れることはなかった。
(いっそこのまま……ここから消えたい……)
そうして再び顔を伏せようとした、その時だった。
「……おや。今は確か、午後の講義の真っ最中だったと思うのだけれど?」
驚いて顔を上げたクロエの視界に飛び込んできたのは、眼鏡の奥で楽しげに目を細め、大量の古い文献を抱えたハミルトン先生の姿だった。
今日は文字数少なめ!
最近濃ゆい文ばっか書いていたからね。たまにはね。
明日でクロエ視点編&3章メインストーリー終了です!
土曜日〜火曜日までは外伝です!
土曜日:マリアンヌの兄アルフォンスのお話
日曜日〜火曜日:エドワード視点でのこれまでのお話
を予定しています。
アルフォンス兄さんのお話はほっこり系(最後ちょいシリアス)、エドワード視点のお話はどんどん闇に堕ちていきます。
平穏な日常回と壊れていく運命回。どちらのお話もお楽しみに!
ではでは明日の更新もよろしくお願いします!




