第15話:小さな背中の正体は
さてさて4日目はもうちっとだけ続くのじゃ。
黒髪の下級生視点からの4日目です。
時はマリアンヌが食堂に現れるわずか数十分前――ランチタイムが始まったばかりの頃に遡る。
黒髪の少女――クロエ・デュランは猫背気味だった背中を更に丸めて食堂へ歩を進めていた。
きっかけは今朝届いた一通の呼出状だ。
『例のモノを処分したかどうかの確認をする。昼休み、食堂へ来られたし』
差出人の名前は書かれていなかったものの、誰が送ったのかは明白だった。
『例のモノ』というのは数週間前にクラリス・ド・パーヴェニューが引き起こした「西階段での落下事件」の指示書である。
クロエは知っていた。あの日、西階段の踊り場で何が起きたのかを。
指示書に記されたあまりに卑劣な計画。それを止める勇気も持てず、彼女の計画に加担し、当日ただ震えて見ていた自分。そして今回の『指示書の処分』と言う名の最後通牒……。クロエの頭の中は事件のことでいっぱいだった。
重い足取りで食堂へ向かうとすぐにクラリスの取り巻き2人がクロエの周りを囲い、食堂の隅のテーブルへと強制的に移動させられた。
クロエは正直に指示書の処分をしていないことを告げると、口々に彼女を罵倒し始めたのである。
「……っ!で、でも……」
震える声で絞り出した反論は、猛り狂う罵倒の波にかき消されてしまう。
周囲の生徒たちは、関わりを恐れて目を逸らすか、あるいは「また男爵令嬢がやられている」と遠巻きに冷笑を浮かべるばかり。
クロエが絶望に瞳を閉じ、奥歯を噛み締めたその時だった。
ざわついていた食堂の空気が、まるで一瞬で凍りついたかのように、不自然なほどの静寂に包まれた。
何事かと顔を上げると、取り巻きたちの顔から血の気が引いていくのが見えた。
コツ……コツ……。
静まり返った食堂に、硬く、冷徹なローファーの音だけが、一定のリズムで近づいてくる。
「ごきげんよう……。皆さま、あまり感心いたしませんわね。随分と騒がしいようですけれど?」
扇越しに響く、低く、落ち着いた……けれど有無を言わせぬ絶対的な「強者」の声。
クロエの目に映ったのは、学園一の美貌を冷たく研ぎ澄ませ、自分たちを見下ろす「氷の令嬢」マリアンヌ・フォン・グラサージュの姿だった。
彼女が二言三言、冷徹な響きを帯びた声で告げると、先ほどまであれほど威勢の良かった取り巻きたちは、悲鳴を押し殺すような顔で一目散に逃げていった。
(お、終わった……何もかも……。とにかくわたしも逃げなくちゃ……けれど……)
クロエは逃れられぬ絶望を目の前に暗くなる。
「貴女……大丈夫ですか?大分顔色が優れませんわね」
彼女の言葉に思わず体が反応する。
すると、ふわりと高貴な花の香りが近づき、右肩にそっとマリアンヌの手が置かれた。
逃げようとした身体は物理的に封じられ、クロエは蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
「その手に握っている封筒は……とても大切な物なのでしょう? 奪われなくて良かったですわね」
マリアンヌの慈悲深いとさえ思える穏やかなトーン。
だが、その言葉がクロエの耳に届いた瞬間、彼女の背筋を氷の刃がなぞった。
(……マリアンヌ様は、わたしが『指示書』を持っていることや事件の真相を最初からすべて見抜いている!)
「奪われなくて良かった」のではない。
「その罪の証拠を握りしめたまま、わたくしの手のひらの上で震えていなさい」という、逃げ場を封じる冷酷な宣告。
マリアンヌが微笑んだ瞬間、クロエの目には死神の鎌が閃いたように映り、緊張が限界に達した。
「ヒッ……ヒィィィィ゙っ!ご、ごめんなさーーい!」
クロエは、持てる全ての気力を使い、その場から死に物狂いで逃走したのである。
下級生の正体はクラリスの計画に加担していた……!
だけど逃げちゃったよ……。どうなるクロエ!
ちょっとした設定コーナー
マリアンヌたちの世界は貴族社会です。
爵位は現実世界と同じで上から公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵の順番です。ただ、家の歴史によっては同じ爵位でも発言力に差がでるようです。
マリアンヌは侯爵令嬢、クラリスは子爵令嬢、クロエは男爵令嬢となります。
クロエがこの中では下だったので周りは「何だ男爵令嬢かw」となっていたんですね。
説明おわり。
さてさて、最近12時更新をタイトルにつけたら、夜中の12時に読みにきてくださる方が多くなり、混乱を招いてしまいました。大変申し訳ないです。それでも読んでくださって嬉しい限りです。ありがとうございます。
混乱防止のため本日から「お昼12時更新!」と表現しました。
基本的にはお昼更新で頑張るので、良かったら明日もお昼ごろに読みにきてくださると嬉しいです!




