9.5話:月夜に拾われた剣(前編)
ここから外伝です。
マリアンヌの侍女にして友人のセレナにスポットを当てたお話となります。
なぜ彼女は侍女であるのに貴族の学園に通い騎士の道を進もうとしているのか……。
前後編で語られる、月の女神の決意をお楽しみください。
私の世界は、静かな月明かりから始まりました。
捨て子だった私に残されていたのは、古びた布切れに記された「セレナ」という名だけ。
この地の言葉で「月の女神」を意味するその響きだけが、親も家も持たない私の、唯一の持ち物でした。
その後私はグラサージュ侯爵家が支援していた教会の孤児院で育ちました。
大きな転機が訪れたのは、私が4歳の頃。
視察に訪れた侯爵夫妻、そして幼いマリアンヌ様と出会った時のことです。
大人たちの後ろで、所在なさげに立っていた同世代の少女。
それが、私が初めて見たマリアンヌ様でした。
彼女は……他の子供たちが泣き出して逃げるほど、おとぎ話に出てくる恐ろしい怪物のような顔で、私をじっと見つめていました。
(……ああ、わたし、たべられちゃうんだわ)
恐怖でぎゅっと目を閉じた私でしたが、痛みは訪れませんでした。
恐る恐る目を開けると、そこには……生け贄を求める魔王のような顔のまま、震える手で一本の桃色のリボンを差し出す彼女がいました。
「……これ、あげるわ。……わたくしと、なかよくして……くださる?」
彼女の声は、私以上に震えていました。
彼女の顔は、震え上がるほどに強張っていました。
けれど、その瞳に宿る光は、私を照らしたあの月夜のように静かで、優しかった。
彼女もまた、自分の顔が他人に与える恐怖に、独り震えていたのだと気づきました。
「マリアンヌ、その子と遊びたいのかい?」
侯爵様の問いに、彼女はさらに顔を歪め――本人は必死に頷いたつもりだったのでしょう――私の手をぎゅっと握りしめました。
その温もりを、私は一生忘れないでしょう。
「マリアンヌの遊び相手になるかもしれない」と私が引き取られたあの日、私は月明かりに照らされた道を、彼女と手を繋いで歩きました。
お屋敷での日々は、毎日が夢のようでした。
マリアンヌ様は不器用で、誤解されやすく、でも誰よりも心が温かい。
私は、お側に仕えながら、月の名を持つ私が、マリアンヌ様という太陽を支える影になれればいいと、それだけを願っていました。
――けれど、あの日。
私の甘い考えは、無残に打ち砕かれました。
貴族の子たちが集まる園遊会。向けられた悪意ある怒号。
まだ幼く、力もなかった私は、マリアンヌ様を守るどころか、その背後に隠れて震えることしかできませんでした。
「やめて! セレナをいじめないで!」
マリアンヌ様が私を庇うように前に立った瞬間。
乱暴に突き飛ばされた彼女は、鋭い石畳の上に、激しくその身体を叩きつけられました。
空気を切り裂くような、短い悲鳴。
地面に伏し、苦痛に顔を歪める主の姿。
その光景は、私の心に、一生消えない鋭い楔を打ち込んだのです。
続きは明日更新です。
余談ですが、幼少期のマリアンヌはほっぺがモチモチしています。かわいいです。
フリフリのお洋服を好んでいます。かわいい。




