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THE WORLD  作者: SEASONS
4月4日
99/185

今からでも

《サイド:天城総魔》



後方から息を切らせながら近づいてくる人物がいるようだ。


気配に気付いて足を止めて振り返ってみると、

見覚えのある人物が駆け寄ってくる姿が見えた。



…あれは、翔子のそばにいた沙織か?



俺に会いに来たのだろうか?


単なる偶然ということもありえるが、

どちらが正解かはわからない。


沙織に関して知っていることはほとんど何もないからな。



名前と容姿。


そして魔力の波動くらいだ。



とはいえ、魔力が感じられるからこそ間違えることはないだろう。



魔力の波動は固有のものらしい。


人それぞれに異なるからこそ、

一度覚えてしまえば間違えることはない。



なにより魔力の総量が他の生徒よりも圧倒的に上だからな。


翔子や北条を大幅に上回る魔力の持ち主を他には知らない。



おそらく魔力の総量だけで言えば、

研究所で見た人物よりもさらに上だ。


俺の知る限り最大の魔力の持ち主と言えるだろう。



それほどの人物が何を思って近づいてきたのかは不明だが、

わざわざ駆け寄って来たということは何か伝えたいことでもあるのだろうか。



沙織は真剣な眼差しをこちらに向けている。


実際にどうかは話を聞いてみなければ分からないが、

俺を探していたように見える。



その理由に興味はないが、

だからと言ってわざわざ追いかけてきた人物を無視するわけにはいかないだろう。



ここで逃げ出したところで追われなくなるわけではないだろうからな。


面倒なことに巻き込まれるのはごめんだが、

話くらいは聞いておいたほうが無難だ。



「俺に何か用か?」


「え、ええ。」



手を伸ばせば届く距離にまで近づいてきた沙織に問い掛けてみると、

呼吸を整えながら小さく頷いてみせた。



「忙しいところごめんなさい。だけど、どうしてもあなたに会って直接話したいことがあったの。」



…どうしても、か。



何の話かは知らないが、

真剣な表情を見せる沙織の瞳からはそれなりに重要な話だと感じさせられる。


ただ、現時点で共通の話題になりそうなことはあまり多くはないからな。



おそらく翔子に関する話だろう。



医務室に運ばれた翔子は死にかけていた。


駆けつけた段階ではまだ助かる範囲内だったから治療が間に合ったが、

あと数分遅れていたら脳死が確定していただろう。


個人的にはもっと早く駆け付けるつもりでいたのだが、

俺自身が負傷していたことと試合後の手続きのために医務室に向かうのが遅れてしまっていた。


あと少し遅れていたら俺の魔術でも間に合わなかったかもしれない。



…さすがに死者を蘇らせる術式は見当もつかないからな。



そこまでの技術は俺にもない。


知識が足りないという意味では翔子とさほど変わらないだろう。



それでも今の俺にできる限りの魔術を構築して治療を行なったつもりだ。



…あまり自慢できる話ではないが。



学園に入るための資金稼ぎとして数多くの盗賊を狩ってきた経験があるからな。


人体の損傷を癒すのは比較的簡単だ。


壊し方を知っていれば、治し方も分かる。


真面目な聖職者には理解できないかもしれないが、

殺し方を知っていれば殺さない方法も分かるということだ。



…翔子の場合も同様だな。



生きてさえいれば。


いや、死んでさえいなければ。


治療方法はいくつも考えられる。


だから翔子の治療が間に合ったのは俺がそういう人間だったからということだ。



…ただ。



治療は間に合ったとはいえ、

元はと言えば翔子を追い込んだのも俺だからな。


何を言われても仕方がないと思っている。


実際、北条は俺に殴りかかろうとしていたからな。


沙織も同じように考えていてもおかしくはない。



…それで気が済むなら好きにすればいい。



医務室では俺を憎んでいる様子だった。


だから愚痴の一つでも言いに来たのだろうと考えたのだが、

どうやら沙織の目的はそうではなかったらしい。



「貴方に、お礼を言わせて欲しいの」



愚痴ではなく、礼がしたいと言ってきた。


この態度は少し予想外だった。



不満をぶつけられるのなら理解できる。


翔子を死なせかけたのは事実だからな。



「俺を恨んでいたのではないのか?」



先ほど医務室では俺を睨んでいたはずだ。


それほど憎む相手を追いかけてくる理由となると復讐しか考えられない。


翔子を死なせかけた俺を糾弾するのが普通の反応だと思うからな。


だからこそ疑問を感じてしまったのだが、

沙織は笑顔を見せてから深々と頭を下げていた。



「翔子を助けてくれたでしょ?そのお礼が言いたかったの」



瀕死の翔子を治療したことで、

礼を言いに来たらしい。


確かにそれだけが理由であれば沙織が頭を下げるのも分からなくはない。


親友の命が助かったんだからな。


感謝する気持ちは理解できる。



ただ、それ以前の問題として翔子を死の危機に追い込んだのも俺だ。


だからこそここで罵られても文句は言えないと思っていたのだが、

沙織としては感謝してくれているらしい。



「翔子を助けた礼か」


「ええ、そうよ」



頭を上げた沙織の表情に何らかの思惑があるようには見えない。


心の奥底でどう考えているのかはわからないが、

表面上は喜びを表しているように思える。



「ありがとう。あなたのおかげよ」



俺の行動を喜んでくれる沙織だが、

この状況はどうなのだろうか?


感謝されたくて手を貸したわけではない。


ただ単純に翔子には幾つもの借りがあるからな。


それに北条にも各会場での試合に関して手を貸してもらった恩がある。


それらを返すために自分に出来ることをしただけだ。


わざわざ礼を言われるようなことをしたつもりはない。



「翔子には借りがあったからな。借りを返しただけだ」


「あら?そうなの?」


「ああ、そうだ。」



結果がどうであれ、

無抵抗の翔子から魔力を奪ったことは事実だからな。



翔子を助ける為に魔力を譲渡したことも事実だが、

それは朝の時点で翔子を意識不明の状態に追い込んだ責任を取るつもりで借りを返しただけに過ぎない。


少なくとも翔子の魔力を奪い取ったことで、

その後の試合が有利に進められたことは事実だ。


その恩を返すために瀕死の翔子の治療をしたにすぎない。



「翔子には世話になったからな。俺にできる範囲で恩を返しただけだ。だから礼を言われるほどのことはしていない」



礼は必要ないと伝えたことで沙織は一瞬だけ驚いた表情を浮かべていたが、

そのあとすぐに今までとは違う満足そうな笑顔を見せていた。



「やっぱり…来てよかったわ。」



何を思って喜んでいるのか知らないが、

沙織としては満足できたらしい。


喜びを笑顔で示してから再び頭を下げてきた。



「翔子を助けてくれてありがとう」



先程よりも気持ちのこもった礼だった。



…いらないと言ったんだがな。



さすがに何度も頭を下げられると、

どうすればいいのかわからなくなってしまう。


俺としては誰かの為に行動したつもりなんてないからな。


結果的にそうなったとしても、

それは自分自身の都合で行っただけだ。


感謝してもらいたくてしたわけではない。


だからこんなふうにお礼を言われても困るというのが正直な感想だった。



「頭を上げろ。感謝される覚えはない」



周りがどう思うかは関係ない。


受けた恩を返した。


ただそれだけだ。


そこには善意も悪意も存在しない。


やりたいことをしただけだからな。


はっきり言えば自己満足といってもいい。


それなのに。


沙織は自分の想いを変えようとはしなかった。



「いえ、あなたにそのつもりがなくても、私はあなたに感謝しているわ」



頑なに自らの想いを伝えてくる。


こうなるともう何を言っても無駄だろう。


沙織にとって俺の考えはどうでもいいようだからな。


翔子が助かったこと自体に意味があるのだとすれば、

そこに俺の意志は関係ないのだろう。



俺には分からないことだが、

見ず知らずの他人に頭を下げるほどの特別な想いがあるのかもしれない。



「まあ、何にしても翔子が無事でよかったな」


「ええ、そうね。あなたのおかげよ」


「それはどうだろうな。」



翔子を死なせかけたのも俺だからな。


俺のおかげというのは違うだろう。


そう思って沙織の言葉を否定してみたのだが…。



「いいえ。貴方が思った通りの人で良かったわ。」



まっすぐに俺を見つめて微笑んでいる。



…本気で言っているのだろうか?



沙織の表情から悪意は感じられない。



だとすれば。


実際にどう思っているのかは知らないが、

翔子を助けたことで好感を持ってもらえたのかもしれないな。



それほど翔子が大事だったということだろう。


二人の関係がどういうものなのかは知らないし、

知りたいとも思わない。


そもそも気に入ってもらえるような行動をとったつもりもないのだが、

ここは聞き流しておくのが最善だろうか。



わざわざ突き放すような発言をする必要はないが、

無理に仲良くなる必要もないからな。


沙織の目的が礼だというのならそれでいい。


その目的はすでに果たされた。


これ以上、話し合うことは何もない。



「用件はそれだけか?」



早々に話を切り上げて話題を変えようとすると沙織は素直に頷いていた。



「ええ。会ってお礼が言いたかっただけだから、他には何もないわ。」



正直に答えた沙織の表情は満足気だ。


本当にもう何もないのだろう。


その嬉しそうな笑顔を見つめながら改めて沙織と向き合うことにする。



ちょうどいい機会だからな。


今なら話を進められるだろう。


こちらから捜しに行く手間が省けたのも好都合だ。



「以前、言った事を覚えているか?」


「…以前?」



小さく首をかしげながらも優しく微笑み続けている沙織だが、

次の一言によってその微笑みは凍りつく。



「次の相手は…お前だ。」


「!?」



次の対戦相手として指名した瞬間に、

沙織の表情から笑顔が消え去った。



「…そう、だったわね。」



沙織は言葉を詰まらせているが、

こちらは容赦なく言葉を続ける。



「そっちの都合にあわせる。好きな時間を指定しろ。」



淡々と語ることで沙織の精神を追い詰める。


逃がすつもりはないという考えをはっきりと伝えるためだ。



「もちろん、準備が整うまで待ち続けるつもりだがな。」


「………。」



改めて宣戦布告したことで、

覚悟を決める瞬間がきた事を自覚したらしい。



「それは、いつでもいいの?」


「ああ、今からでも構わない。」


「…っ!」



俺に準備は必要ないという意図は伝わったようだ。


沙織は悔しげに小さく唇を噛み締めていた。


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