覚悟が足りない
《サイド:深海優奈》
…ど、ど、ど、どうしよう…っ。
栗原さんの魔術を相殺して、
ミルクの力さえも無効化する陰陽師の人達によって、
私達はあっさりと陰陽師の部隊に捕らえられてしまいました。
「すみません、総魔さん…。」
足でまといになりたくないと思っていたのに、
行動を開始してから僅か数分でこの状況です。
自分でも情けないとは思うのですが、
陰陽師の方々は魔術を無効化する力を持っているようで、
私と栗原さんの実力では上手く戦えませんでした。
「ちっ!ヴァルキリー!!!」
私達が捕まってしまったことで総魔さんが精霊を操って救出しようとしてくれました。
…ですが。
その一瞬の判断が総魔さんを窮地に追い込んでしまったようです。
「この状況で背中を見せるとは覚悟が足りんようだな。」
「く…っ!」
急いで背後に振り返っていましたが、
相手はすでに護符を構えています。
「敵に背を向けるようでは話にならんな。」
「っ…!…しまっ…!?」
陰陽師軍の指揮官の目の前で、
私達に振り向いてしまったのです。
「急々如律令!!!」
焦る総魔さんに陰陽術が襲い掛かってしまいました。
「悪鬼退散!!!」
発動する陰陽術を回避することは出来ません。
距離が近すぎるからです。
放たれた護符が光り輝いて、
総魔さんの体を包み込みました。
総魔さん…っ!!
「…ぐっ!?」
飛び散る火花。
拡散する光。
あれは、雷でしょうか?
至近距離で放たれたのではっきりとは見えませんでした。
ですが最上級魔術に匹敵する威力のように思えます。
ただ…実際には魔術ではないので、
直撃した場合にどういった効果があるのかは見た目だけでは判断できません。
もしかしたら。
単純な雷撃以上の効果があるかも知れないからです。
「ぐぅっ…が…ぁぁっ…!?」
苦痛に歪む総魔さんの表情。
バチバチと高圧の電流を受けて痺れる体。
強力な雷撃が総魔さんを苦しめていました。
「ぐっ…ぅ…!」
苦悶のうめき声と共に神剣を落として、
その場に崩れ落ちてしまいました。
…体が痺れてしまっているのでしょうか?
動けない様子の総魔さんに、
陰陽師の男性が歩み寄っています。
「戦場においては一瞬の油断が死に繋がる。復讐を夢見ていたようだが、その程度の覚悟で俺は殺せんぞ?」
すでに勝利を確信しているのでしょうか。
余裕の表情を見せる男性は、
倒れている総魔さんに錫杖を突き付けました。
「滅びるのは…お前の方だ。」
…そ、総魔さんっ!!
囚われて身動きの取れなくても。
必死にもがきながら、
なんとか総魔さんに駆け寄ろうと思いました。
ですが。
陰陽師に捕らえられてしまった私達は、
詠唱を封じるために口元も抑えられてしまったせいで叫ぶことさえできません。
それでも懸命に身をよじらせて、
この状況から逃れようとしていると。
「まだ…終わりはしない!」
神剣に手を伸ばした総魔さんが瞬時に魔術を発動させました。
光り輝く体。
光が消えた次の瞬間には、
体の治療を終えた総魔さんが錫杖を払いのけていました。
さらに。
強引に振り回す神剣が男性の体に狙いを定めています。
「ちぃっ!」
神剣の刃から逃れる為に、
男性は慌てて後退しました。
その隙に総魔さんは即座に立ち上がリました。
…ふぅ。
ひとまず総魔さんの無事は確保できたようです。
そして。
「まだ終わってはいない。」
改めて告げる総魔さんの表情からは怒りが消えていました。
何も感じなくなったわけではないと思いますが、
無理に感情を押し殺している感じでしょうか?
いつものような冷静な雰囲気を取り戻しているように見えます。
「もう二度と仲間は殺させん。」
…総魔さん。
総魔さんは復讐よりも私達を優先してくれたようです。
「………。」
油断なくルーンを構えながら、
離れた場所にいる私達に視線を向けてくれました。
ただそれだけの動きでしたが、
私達の状況が判断できるようになったことでどう対応すれば良いのかが分かったようですね。
「拘束を砕けっ!!」
戦場を駆ける精霊の力によって私と栗原さんは無事に助かり、
あっという間に陰陽師の拘束から解放されました。
さすが、と言うべきでしょうか?
私と栗原さんでは手も足も出ない陰陽師を、
総魔さんの精霊はあっさりと撃退してくれたのです。
「やはり、攻撃力不足は問題ですね。」
「…ですよね。」
栗原さんも私と同じことを考えているようです。
私も栗原さんも攻撃魔術が苦手でした。
私の場合は魔術の吸収さえできれば、
ある程度自由に攻撃できるのですが。
敵は魔術師ではなくて陰陽師なので、
魔術を吸収することができません。
…ですので。
この戦争において私は攻撃力を強化する方法がありませんでした。
その結果として私の役割は魔力の供給による味方の補助だけになるのですが、
すぐ側にいてくれる栗原さんは攻撃魔術があまり得意ではないそうです。
もしもここにいるのが翔子先輩や沙織先輩だったら魔力を供給することで十分な援護ができるのですが、
防御主体の栗原さんに魔力を分けても陰陽師は倒せません。
それどころか魔術無効化の攻撃によって、
防御結界が破壊されてしまいます。
そのせいで陰陽術に対する防御さえ出来ないという状況でした。
だから栗原さんも私と同じように攻撃力不足を痛感している様子です。
「とにかく、精霊の援護がある間に天城さんに合流しましょう。」
「は、はいっ!」
天使の姿を持つ精霊がいてくれますので、
今はもう陰陽師に捕らえられることはないと思います。
ただ、総魔さんの精霊は私のミルクとは違って総魔さんが自分で判断して操作している存在なので、
見えない場所や真後ろでは自在に操作とはいきません。
ですので。
総魔さんが全力で戦うためには、
精霊が視認できる範囲に移動しなければいけないのです。
だからこそ私達は周囲のアストリア軍から逃げながら急いで総魔さんに接近しようと試みました。
そんな私達の無事を確認してくれた総魔さんは、
精霊を操作して範囲系魔術を放ちながら私達の護衛を継続してくれています。
そのうして敵対する男性に視線を戻していました。
「…俺にはまだ失えないモノがある。だからここで死ぬわけにはいかない。」
私達と合流するために。
総魔さんは男性から距離をとるつもりのようです。
「お前は俺が必ず殺す。だが、今はまだその時ではない。」
戦うことよりも私達の安全を優先してくれました。
総魔さんは戦闘を放棄してまで、
私達の側に戻ってきてくれたんです。
…ただ。
総魔さんの後退を眺めていた男性は、
何かを小さく呟いているように見えました。




