涙を流す権利
《サイド:天城総魔》
「天城さん…。」
声をかけようとする徹だが、
ここまできて余計な心配をさせるわけにはいかないからな。
「…大丈夫だ。」
何かを言われる前に答えておくことにする。
「問題ない。俺はまだ足を止めはしない。」
「…いえ。」
感情を押し殺して答える言葉を聞いて、
徹が優しく告げてきた。
「我慢する必要はないと思います。辛い時には泣くべきです。僕がそうであったように、あなたにも…そうする権利があります。」
…権利、か。
あるかどうかはわからないが、
許されはしないだろう。
俺はすでに多くの罪を犯しているのだからな。
多くの犠牲と多くの悲しみを生み出しておきながら、
自分だけが悲しむことなど許されはしない。
そう思ってしまうからこそ、
微笑みを浮かべて答えることにした。
「その必要はない。」
俺と同じ悲しみを、
俺もどこかで生み出しているはずだからだ。
王都やこの地で多くの悲しみを生み出してきた。
その事実を思えば、
涙を流すことさえ許されはしないだろう。
そう思うからこそ、
頬を流れる涙を拭うことにした。
「俺にはまだやるべきことがある。歎き悲しむのは…全てが終わったあとで十分だ。」
少なくとも人前で嘆くことは許されない。
「これ以上、仲間を犠牲には出来ない。一刻も早く戦争を止める為に戦い続けるだけだ。」
もはや猶予はない。
砦は兵器の攻撃を受けて壊滅し、
荒野は翔子の魔術で壊滅した。
残る戦いは優奈や御堂達が所属していた共和国軍の別働隊と陰陽師軍の戦いだけのようだが。
そちらの戦闘もいずれ決着がつくだろう。
その結果がどうなるかは別として。
各地での戦いが終われば、
アストリア国内での戦闘はひとまず収束するはずだ。
そうなれば兵器の目標が共和国に絞られてしまう。
攻撃目標がどの町になるのかは不明だが、
刻一刻と時間の経過と共に攻撃を受けるのは明白だ。
そうなってしまう前に兵器を破壊しなければならない。
「そろそろ時間だ。」
問題の施設に視線を向けてみる。
施設の警備に大きな変化はないようだな。
だが、おそらくは荒野での結果も伝令部隊や偵察部隊が情報を伝えに来るだろう。
そうなれば施設周辺の警備は強化されてしまうかもしれない。
その危険性を回避するためには敵が油断している間に攻め込むべきだ。
「兵器の破壊に向かうぞ。」
目的を宣言してからポケットにしまい込んだ翔子の手紙に触れてみる。
そして翔子に想いを込めた。
…すまない、翔子。
俺はお前を守れなかった。
手紙によって翔子の気持ちを知ったにも関わらず。
俺は何も出来なかった。
翔子を失ってしまった後悔の気持ちは消えはしない。
御堂と同様に何故救出に向かわなかったのかと悔やむ気持ちは当然ある。
…だが。
向かわないと決めたのは自分自身だ。
失ったからといって悔やむのは自分勝手に過ぎるだろう。
全て自らの意思で決めてきたのだからな。
後ろを振り返らずに、
兵器の破壊を優先すると決めて行動してきたのだ。
今更悔やんでいる暇はない。
それに。
徹も悲しみを乗り越えてここにいるのだ。
朱鷺田と三倉と愛里の犠牲の上に俺達はここにいる。
そのことを思えば立ち止まるわけにはいかないだろう。
だからこそ。
翔子が残してくれた想いに触れて、
悲しむ心を必死に押さえ込むことにした。
「今の俺に迷いはない。全てを終わらせるまで決して足を止めはしない!」
翔子を失った悲しみを押さえ込んでから、
この場に居ない友に別れを告げることにする。
「御堂。お前は『そこ』で立ち止まるのだな?ならば俺達の道は『ここ』で分かれることになるだろう。」
沙織を失った御堂と翔子を失った俺。
御堂は立ち止まり。
俺は立ち向かうことを選んだ。
その違いを責めるつもりはないが、
戦えないのならばそれまでのことだ。
「俺は目的の為に歩み続けるが、お前は生き残れ…。」
誰もが死を覚悟して戦う必要などない。
そもそもの前提として御堂達を巻き込まないと決めて行動していたのだからな。
御堂が戦線を離脱するというのなら、
それは当初の予定通りとも言えるだろう。
「徹、優奈。逃げるのなら今ならまだ間に合うはずだ。無理に俺に付き合う必要はない。御堂と合流して共和国に戻れ。」
御堂一人にしておくのも心配だったために二人に選択肢を与えたのだが、
徹に撤退の意思はない様子だった。
「やめてください。」
微笑みながら歩み寄ってくる。
「ここで引き下がるつもりなら最初から同行しませんでしたよ。僕は最後までお付き合いします。それが妹の…薫の幸せに繋がるのですから。」
栗原薫のためか。
徹らしい答えだとは思う。
「それに…お忘れですか?共に戦うと『約束』したはずですよ。」
ああ、そうだったな。
亡き愛里の側で誓い合った約束。
その約束を果たす為に。
徹は覚悟を決めて俺と向き合ってくれていた。
「たいしてお役には立てませんが、最後までお供します。」
徹が右手を差し出してきた。
その手を見て微笑みを浮かべる。
「感謝する。」
徹と握手を交わし、
かつてと同様に徹に告げる。
「戦争を終わらせる為に…。共に戦おう」
「はい!」
笑顔で答える徹の表情に迷いはなかった。
そのまま固く握手を交わしていると、
すぐ側に優奈が歩み寄ってきた。
「私も行きます!」
必死に涙を堪えながら、
優奈も意志を示した。
「もう誰も失いたくありません!私も…私に出来ることを精一杯やりたいです!」
精一杯の想いを言葉にしてから、
優奈は握手を交わす俺達の手にその手を重ねてくる。
「だから私も行きます!行って戦争を終わらせます!」
はっきりと告げる優奈の気持ちを汲み取って、
俺と徹は微笑みを返した。
「覚悟は出来ているな?」
問い掛ける俺に続いて徹も優奈に問い掛ける。
「あとには退けませんよ?」
俺達の問い掛けに、
優奈は涙を拭って答えた。
「もう大切な人を失いたくないんです!だから…だから私も戦いますっ!」
どうあっても逃げるつもりはないようだ。
覚悟を示した優奈を迎え入れてから、
俺達は施設へと視線を向けた。
「もはや御堂を待っている暇はない。俺達だけで突撃するぞ。」
宣言する俺に徹と優奈が静かに頷く。
3人が見つめる視線の先。
僅か数百メートル先には施設を守るアストリア軍が大挙している。
その守りは数千単位だ。
施設の内部にも兵士達がいることを考えれば決して余裕のある状況とは言えないだろう。
そもそもまともに戦えるのは俺だけだからな。
すでに3人ともほぼ万全な状態だが、
攻撃力に乏しい徹と優奈では援護程度しか期待できないだろう。
…とは言え。
さすがに俺一人で敵を撃破しながら突破口を開くのは簡単なことではない。
敵が少数なら何とでもなるが、
数千単位となると足止めを受けるのは必至だ。
…だが、それでも。
今は覚悟を決めるしかない。
「行くぞ。」
今更逃げることはできない。
そもそもそんな選択肢があるのなら、
とっくに翔子達を救出に向かっていた。
俺達の目的は唯一つ。
最優先で兵器を破壊することだ。
すでに休息を終えて体調は万全。
徹と優奈の魔力は最大。
俺の魔力も8割ほど回復している。
ここまで休めば十分に戦えるだろう。
覚悟を決めた俺達は、
施設への突撃を開始することにした。




