食事の約束
《サイド:米倉美由紀》
…嘘でしょう?
北条君が…死んだ?
ただそれだけの現実が私には理解できなかったわ。
今まで多くの仲間の死を目撃して、
多くの命を奪ってきた私だけど。
それでも北条君の死だけは、
すぐには受け入れられなかったのよ。
「…北条…君?」
呼びかけてみても北条君は応えない。
地面に倒れこんで、
どこか遠くを見つめている北条君の瞳はもう何も映していないのよ。
その瞳はもうすでに。
翔子の姿さえ映していないの。
…そして。
確認するまでもなく、
北条君の胸の鼓動は止まってしまっているわ。
呼吸もしていない。
ラングリッサーも完全に消失している。
さすがにこの状況で生きていると判断するのは無理があるでしょうね。
そこまでは理解できているのよ。
…だけど。
頭では理解していても、
心が受け入れようとしてくれなかったわ。
ただただ目の前の現実を否定したいと願う自分がいるの。
…でも、ね。
それは私だけじゃなかったはずよ。
…ううん。
きっと。
私以上に北条君の死を受け入れられずにいる子がここにいるの。
私のすぐ側に…ね。
「真哉ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
泣き叫ぶ翔子の声が荒野に響き渡っていたわ。
「真哉っ!?真哉~〜〜〜っ!!!!」
必死に呼びかける翔子の足元には、
命が尽きる最期の瞬間まで翔子を守る為に戦い抜いた北条君の体が倒れているのよ。
全身傷だらけで体中が血まみれの状態。
一体、どれだけの傷を負って。
一体、どれほどの苦痛を感じていたのかしら?
その苦しみは私にも想像できないわ。
「真哉ぁ!ねえ、真哉ってばっ!起きてよ!こんなところで寝てないで…ちゃんと返事をしてよっ!!」
地面に両膝をついてかがみ込んで。
何度も何度も北条君の体を揺する翔子だけど。
それでも北条君は目覚めない。
死者の体はもう…2度と動くことがないわ。
「い…嫌っ!嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…っ!!」
翔子の悲痛な叫び声が響き渡る。
私はただ…その様子を眺めることしかでかなかったのよ。
「ねえ?真哉っ!死なないでよっ!!こんなの楽勝なんでしょっ!?この程度のことで倒れたりしないんでしょ!?真哉なら…っ!真哉なら…っ!!」
…翔子の気持ちは分かるけれど。
ここは一旦、落ち着かせるべきかしら。
…どう声をかければ良いのかは分からないけれど。
北条君の体を必死に揺さぶりながら泣き叫ぶ翔子の肩に手を置こうとしてみる。
「ねえ…翔子。」
そっと触れた翔子の肩は…可哀相なほどに震えていたわ。
…これはもう、悲しみなんかじゃないわね。
きっと、恐怖よ。
北条君を失ってしまうことへの恐怖が翔子を怯えさせているんだと思うわ。
「…こんなの嘘よ…。ねえ、真哉っ!嘘だって言ってよっ!!」
どうしても北条君の死を受け入れられない様子ね。
その気持ちは分かるけれど。
こうなってしまった以上はもう、
現実と向き合うしかないのよ。
「…翔子。もう止めなさい。彼は…北条君はもう…」
「嫌ああああああああああああああああああああああぁぁぁっ!!!!」
亡くなったと告げようとした私の言葉を、
翔子は大声で遮ったわ。
「そんなの!そんなの絶対に認めないっ!!」
泣き叫ぶ翔子は北条君の体を揺さぶり続けたのよ。
「ねえ、真哉!!起きてよっ!!こんなところで寝てたら風邪ひくじゃない!ちゃんとお布団のあるところで寝なさいよっ!それに…それに、ご飯だって…っ!ここにいたって、ご飯は食べられないんだから!ジェノスに帰って…また馬鹿みたいにご飯を食べなさいよっ!理事長とも約束したじゃない!!帰ったら、何でも好きな物を食べるって!約束してたじゃないっ!!」
…ええ、そうね。
そんな約束をしてたわね。
私はすっかり忘れてたけど。
何でも食べさせてあげるって言ったっけ?
あの約束ももう…叶えてあげられないのね。
「ねえ、真哉。お腹がすいてるんでしょ?だから、疲れて寝てるんだよねっ?」
必死に呼び掛ける翔子だけど。
それでも北条君は目覚めないわ。
その事実は変わらないのよ。
「ねえ…起きてよ、真哉ぁぁ!!」
…必死に。
何度も何度も必死に呼び掛ける翔子だけど。
それでも翔子の呼び掛けが北条君に届くことはないわ。
「ねえ、真哉。本当に…こんな終わり方で良かったの?何も言わずに…。何も伝えないまま…こんな終わり方で本当に良かったの?言わなきゃ…伝わらないんだよ?ねえ、真哉。真哉は本当に…私のことが好きだったの…?」
答えを求める翔子だけれど。
北条君は応えない。
全ての想いを心に秘めたまま、
最期までその意地を貫いた北条君の本当の気持ちは…
もう翔子には伝わらないのよ。
「…そんなのずるいよ。ねえ、真哉。教えてよっ!ちゃんと向き合って言葉にしてよっ!」
涙で頬を濡らしながら、
翔子は北条君の表情を覗き込んでいる。
血と、埃と、泥にまみれた北条君の顔。
その汚れを服の袖で拭ってから、
翔子はもう一度北条君と見つめ合っていたわ。
「ねえ、真哉…っ!!起きてよ!目を開けて…ちゃんと私を見てよっ!!」
翔子の瞳からこぼれる涙。
その涙が北条君の頬に落ちて、
そのまま地面へと流れていく。
「…真哉ぁ…」
北条君の死を受け入れられない様子の翔子だけど。
その必死の想いさえも今はもう伝わらないのよ。
北条君の想いも。
翔子の想いも。
もう二度と通じないの。
「自分の気持ちを我慢して…私の幸せを願うなんて…。ホントに…馬鹿よ…あんたは…。」
悲しみに暮れながらも、
翔子は二度と目覚めない北条君に語り続けてる。
「馬鹿で、強がりで、無茶ばっかりして。人の話は全然聞かないし、自分勝手で、何でも自分一人で抱え込んでいて、いつも喧嘩ばかりしてたけど…それでも淋しいよ、真哉。真哉がいなかったら、全然楽しくないじゃない。真哉がいなかったら笑えないじゃない。真哉を犠牲にして生き残っても…幸せになんてなれるわけないじゃないっ!!」
「翔子…。」
翔子の言葉を聞いて、
私も泣いてしまいそうになったわ。
北条君の死を受け入れられない翔子に現実を突き付けるのは難しいことじゃないけれど。
それでも私には出来なかったのよ。
歎き悲しむ翔子を説得する言葉なんて、
私は持っていなかったから。
だから何も言えなかったの。
「…ねえ、真哉…。起きてよ…。起きてまたいつもみたいに…笑ってよ…。」
一心に願う翔子を見ているだけでね。
ついに涙を堪えることが出来なくなってしまったわ。
…ごめんなさい…。
この謝罪が誰に向けてなのかは自分でもわからない。
だけど、それ以外に思い浮かぶ言葉がなかったのよ。
北条君と翔子のためにできること。
それは何?
手に力を込めて、翔子の肩を掴んでみる。
だけどどんな言葉をかければいいのかがわからない。
謝罪?
説得?
それとも…?
どうすればいいのかが分からなくなって思い悩んでいると。
「…ぇ?」
何かの音が聞こえた気がしたのよ。
今、何か…聞こえたわよね?
気のせいでないとすれば、
導き出せる答えは二つしかないわ。
幸か不幸か…二つに一つ。
幸ならそれは別行動をとってる近藤隊長の部隊の到着。
だけどもしも不幸なら。
それはまだ周辺にいると思われるアストリア軍の増援部隊になるわ。
どちらなのかは確認してみなければわからないけどね。
だから音が聞こえた方角に視線を向けてみたの。
南の方角?
目を凝らして見つめていると。
徐々に姿が見えてきたわ。
援軍はどっち?
見つめる視線の先で、
私が聞き付けた音の正体は…?
「…嘘でしょ?」
私と翔子に更なる絶望を感じさせる存在だったのよ。




