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《サイド:天城総魔》
翔子の攻撃を目にした瞬間に、
この攻撃は防ぎきれないだろうと感じてしまった。
…いや、正しくはこう言うべきだろうな。
防げない攻撃を望んでいた、と。
今までと同じような圧勝ではない全力を尽くす事の出来る格上の存在。
その相手として翔子を選び。
事実として翔子は俺に一撃を加える事が出来た。
自分を上回る力の存在を実感して感じた高揚感は、
今までのどんな相手よりも強い。
俺はまだ全てを極めたのではないと実感できると同時に、
まだまだ強くなれるという確信がもてたからだ。
「さすがだな、翔子。」
やはり翔子は強かった。
俺の防御を吹き飛ばしてしまうほど強かった。
圧縮魔術で展開したシールドは一瞬で消し飛び、
魔剣による迎撃も間に合わなかった。
…だから。
認めるしかない。
そして。
翔子の力に敬意を評して全力で戦おう。
「さすがに強いな。素直に尊敬する。」
「ぁ…ぅ。そ、そうかな?それほどでもないんじゃないかな~?」
本人はすでに戦意を失いつつあるようだが、
翔子の実力は認めるに値する。
その事実が俺を本気にさせてくれたのだから。
「心の底からお前の実力を認めよう。」
「う…ぅぅ。」
俺の一言で翔子の表情が凍りつくのが感じ取れる。
だが、ここで手を抜くつもりはない。
それではここまで来た意味がないからな。
「約束通り、全力で戦わせてもらう。」
「あ、あぅ…。や、やっぱり、そうなるのよね…?」
ついに始まる戦い。
ここからが本番だと理解したようだ。
だがこれは翔子が望んだ戦いでもある。
互いに悔いの残らないように。
全力で戦うのが礼儀だろう。
「今更かもしれないが、俺も本気で戦うことを約束しよう」
「うぅ~っ。あ~、もうっ!!しょうがないわねっ!!こうなったらやぶれかぶれよっ!!」
気持ちを奮い立たせる翔子がパルティアを構えて俺の姿を視線で追う。
その様子を確認しながらソウルイーターを構え直して翔子の姿を捉える。
「………。」
互いの視線が絡まるその瞬間。
「これが、始まりだ。」
左手にソウルイーターを持ち変えて右手を高く掲げた。
ここまで使わなかった魔術を展開するためだ。
「ホワイト・アウト!」
一つ目の魔術を発動したことで霧の結界が周囲に広がるが、
翔子にしてみれば見慣れた魔術でしかない。
だが、試合場の外にいるほぼ全ての者達にすれば初めて見る力のはずだ。
あらゆる魔力を喰らうマジック・ドレイン・フィールド。
この一手は翔子も予想しているだろう。
霧が発動したことによって俺に接近する事はほぼ不可能になったが、
続けて第二の魔術も展開する。
「エンジェル・ウイング」
背後に天使の翼が生まれた。
あらゆる魔術を高速発射させる翼だが、
上手くかわせるかどうかは翔子次第だな。
少なくとも現時点ではほぼ100パーセントの命中率を誇っている。
美春に回避された一度だけが必中と言えない部分だが、
あの時は回避できるようにあえて外していたからな。
例外と考えていいだろう。
「これが俺の本気だ。」
「うわぁ~。冗談抜きでそうなるわよね…。」
冷や汗を流しながらも翔子はその頭脳を全力で回転させている様子だった。
どう対処するか?
いくつもの状況を考慮しているはずだ。
焦りを見せながらも必死に状況を見定めているのが分かる。
だが、その行動が不利になることはすでに翔子も知っているはずだ。
「黙って見ていていいのか?」
時間をかければかけるほど翼は力を増していくことになるからだ。
翔子にとっては最悪の状況と言ってもいいだろう。
俺が撃ち出せる究極の破壊魔術アルテマだけは、
なんとしても回避したいはずだからな。
「くぅっ!そんなの言われなくても嫌っていうくらいわかってるわよっ!!」
考えることをやめた翔子は手を休める事なく連続攻撃に出た。
まずは俺の攻撃を中断させるのが目的なのだろう。
先ほどの一撃よりも速さを増した攻撃で狙い撃ってくる。
「飛燕!!」
翔子の手から放たれた光の矢が地面すれすれを飛翔する。
「突き抜けてみせるわっ!!!」
霧の結界の影響を受けながらも即座には消滅せずに俺の目前にまで接近する光の矢だったが、
後一歩のところで惜しくも消え去った。
「あと20センチ足りないな。」
「ああ、もうっ!!だったら威力を上げるだけよ!駿撃!!」
一直線に放たれた巨大な光の矢が霧の結界を切り裂きながら突き進む。
…これは霧を突き抜けるか。
即座にソウルイーターを構えて光の矢を切り落とす。
これまでの攻防で翔子の魔力は減少して、
俺は魔力を吸収した。
「弓矢の攻撃は直線的すぎて相性が悪そうだな」
「うぁぁぁっ!!あ~もう~っ!!!少しくらい手加減してくれてもいいじゃないっ!!」
自分で手加減をするなと言っておきながら無茶な注文をする翔子だが、
それでも攻撃の手を止めないだけ他の生徒よりはましだろう。
何だかんだと文句を言いながらも攻撃の手を止めようとしない。
「一度くらい吹き飛びなさい!!!飛燕!駿撃!!チェックメイト~っ!!!!」
連続で放たれる巨大な光の矢。
それらは威力を削られながらも、
かろうじて霧の中を進んでくる。
だが、俺の目前にまでたどり着いた時にはかなり小さくなってしまっている状態だ。
これでは直撃したとしても大した影響はないだろう。
「俺に届かせるにはまだまだ威力が足りないようだな」
弱体化した力では魔剣の力には勝てない。
次々と迫る光の矢だが、
ことごとく切り捨てていく。
「良いのか?このままでは魔力が尽きるぞ。俺としては魔力が充填できてありがたい状況ではあるが」
「うぅ~!!!そんなのわかってるけど、他に方法がないのよっ!!だいたい、総魔がでたらめすぎるのよっ!!普通ならとっくに吹き飛ばされてるっていうのにっ!!」
不満を口にしながらも懸命に攻撃をしかけてくる。
あらゆる角度から放たれる光の矢によって幾つかは俺に直撃するのだが、
弱体化した一撃の威力は低すぎて俺を倒すに至らない。
それでも攻撃が届くことで微かな希望を感じているのだろうか。
必死に攻撃を続けている。
ただ。
もちろん、その希望はまやかしだ。
翔子の希望は『制限時間』によって断ち切られてしまうからな。
翼の展開から丁度『5分』が経過した。
「…さあ、時間だ。覚悟はいいか?」
「ぅ、ぁ、っ!?」
終わりを告げる俺の声を聞いた瞬間に。
翔子は戦慄を感じて攻撃の手を止めてしまった。
「で、できれば、覚悟なんて、したくないんだけど…ね」
仲間達が見ている前でも弱音を吐いてしまうほど精神的に追い詰められているらしい。
「…あ、あれを、使う、のよね?」
問いかける声は翔子自身が悲しくなるほど震えていただろう。
恐れていた事態に直面しているからな。
怖くないわけがない。
究極の破壊魔術『アルテマ』
翔子にとっての絶望的な力が発動してしまう。
「で、でもっ。魔力はまだ余裕があるわ。今ならまだ間に合うかも?」
直感的に自分を信じることにしたのだろう。
翔子はパルティアを解除してでも、
残る全ての魔力を防御結界に集中させようとしていた。
「シールド!」
翔子が選んだ手段は絶対防御結界だ。
残る全ての魔力をつぎ込んで魔法の結界を張ったつもりだろう。
だが、前もって宣言していた通り魔法は不得意分野らしい。
発動した結界ははっきりと見えるほど揺らいでしまっている。
「ほ、補助系は苦手なのよね…。」
正直に言ってしまっているが、
それほど苦手なのだろう。
不安定な結界で身を包んだ翔子の表情からは焦りしか感じられない。
それでも唯一の対抗策として防御を選んでいる。
翔子の実力では運に左右される可能性のある魔法としての結界だ。
上手くいけば耐え切れるかもしれないが、
失敗した場合はアルテマの直撃を受けてしまうだろう。
その危険性が分かっていてもこうする以外の方法が思い付かなかったらしい。
「イチかバチかよっ」
翔子も認めているが、
これで防げなければ敗北は確定してしまう。
「あんまり格好よくはないけど、耐えしのげたら最後の一矢を報いてみせるわ」
アルテマを耐え切れるかどうか?
そこがすでに賭けなのだが。
こぼれ落ちる汗を気にする余裕もないまま、
翔子は翼の動きをじっと見つめている。
「その一撃に期待しよう」
翔子が結界を展開したことで手加減する必要はなくなった。
実際に一矢報いることができるかどうかは知らないが、
その言葉を実現できるほどの実力を見せてもらいたいとは思う。
「無事に耐えきって見せろ」
翔子の底力を見届けるために究極の魔術を解放する。
「これで終わりだ。」
右手を翔子へと向けて最強の力を発動した。
「アルテマ!」
魔術名を宣言した直後。
試合場から全ての音が消え去った。
複数の魔術が炸裂する爆音によって聴覚が一時的に麻痺するほどの破壊力が検定会場全域を突き抜けたからだ。
「…っ…ぁ…ぃ…!?」
自らの声すら聞こえない。
悲鳴を上げる翔子の体は宙を舞い。
身を纏う制服すらも紙切れのようにちぎれ飛んでいく。
「…ぁ…ぁ…っ!!!!!!!!」
驚愕する観客達の声すら届かない爆発の中。
翔子は力の差を痛感していたのだろうか。
コンマ何秒耐えたのか?
それすらも理解出来ないほどの一瞬。
薄れる意識の中で絶望という言葉を理解しただろうか。
アルテマに耐えるという選択肢など最初から存在しなかったと思う。
防御結界によって少しは軽減されたかもしれないが、
破壊力の軽減は微々たるものでしかないはずだ。
壁にもならずに消失した結界を突き抜けた破壊の魔術は翔子の体を吹き飛ばして意識を失わせるのに十分すぎる威力がある。
「…ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
爆発の衝撃によって宙を舞う翔子の姿を目で追えたのは俺と北条と沙織の3人だけだったかもしれない。
圧倒的としか表現できない破壊力によって試合場は崩壊してしまい、
すでに原形すら留めていない状況だ。
元試合場と呼ぶべき場所は幾つもの大穴と瓦礫で荒れ果ててしまっている。
そして衝撃を受けて天井近くまで吹き飛んだ翔子の体は重力に引かれて落下して崩壊した試合場を無抵抗に転がってしまう。
すでに意識が残っているかどうかさえ疑問に思える状況だ。
試合場を転がった翔子を追ってゆっくりと歩み寄る。
そうして数歩進んだところで、
翔子は震える手で起き上がってみせた。
「…まだ動けるのか?」
「さ、最悪の気分、だけどね…っ。」
ふらつく翔子に問いかけてみると、
気合だけで立ち上がろうとしていた。
だがどう見ても戦えるようには思えない。
全身が傷だらけ。
間違いなく瀕死の重傷だ。
「まだ続けるつもりか?敗北を認めたほうが良いんじゃないか?」
諦めさせるつもりでソウルイーターを向ける。
「これ以上は命に関わるぞ?」
「…そ、んなの、わか、ってるわよっ。」
試合を棄権させるつもりで忠告したのだが、
それでも翔子は懸命に立ち上がろうとしていた。
全ての魔力を費やしたシールドも破れ、
パルティアによる攻撃すら届かない。
もはや翔子に打つ手はないはずだ。
だが、それでも。
このまま負けを認めるつもりはないのだろう。
負けるなら負けるで、
戦って負けるべきだと考えているのかもしれない。
…あるいは。
潔く負けを認めるというのは傷つく事を恐れて逃げているように思えるのだろうか?
少なくともこの試合において、
降参してはいけないと考えているように思える。
「…たとえ死んでも、棄権なんてしないわ!!」
やはり諦めるつもりはないらしい。
「ここで意地を張っても、結果は変わらないぞ?」
「…だとしてもよっ!!」
気合だけで立ち上がってみせた翔子は、
精一杯の想いを込めて宣言してみせた。
「もしここで逃げ出してしまったら…!総魔に倒されると分かっていながら…各会場で見捨ててきたみんなに申し訳が立たないのよっ!!」
…っ!
そういうことか。
逃げたくても逃げられないということだ。
その選択肢だけは選べない。
それが翔子の本心なのだろう。
「例え戦ったのが総魔だとしても…っ。犠牲者を増やし続けたのは私でもあるんだから…っ!」
今まで多くの生徒を見捨ててきた事実があるために。
各会場において俺に負けると分かっていながらも
対戦相手達を見捨ててきたという負い目があるために。
逃げることを選べないのだろう。
「…私だけが逃げるなんて、できるわけないじゃない!!!!」
その気持ちは理解できなくもない。
見捨ててきた生徒達の中には美春もいた。
そしてその美春も俺達の試合を見に来ている。
この状況で逃げられるわけがないと思うのは理解できる話だ。
「…罪滅しのつもりか?」
「そんな格好いい台詞を言うつもりはないわ。だけど、私にも意地があるのっ!だから、絶対に棄権はしないわ…っ!」
互いに全力を尽くすと決めたから。
ここで敗北を認めるわけにはいかないのだろう。
例え絶対に勝てないとしても、
諦めてはいけないと考えているようだ。
「…諦めない。私は、絶対に、逃げない…っ!!」
…そうか。
最後まで意地を張り通すと決めている翔子の気持ちを察したことで、
話し合うのを止めてソウルイーターを構えることにした。
「いい覚悟だ。」
それでこそ、俺が認めるに値する。
「…そう思ってもらえるのなら、後悔はないわ。」
翔子の想いを受け止めるしかない。
ここで判定に持ち込んだところで、
翔子の心に潜む罪悪感は一生消えないからだ。
…翔子の心を救う方法は一つしかない。
「さあ…勝負は、どちらかが倒れるまで、よ…。」
「…ああ、そうだな。」
すでに微笑む気力さえないのだろう。
翔子は残り僅かな意地だけで立ち上がって俺と向き合っている。
震える足で必死に立ち。
途切れそうになる意識を懸命に維持する翔子の姿は決して格好良くはない。
だが、その姿が無様だとは思わない。
翔子は全力で戦った。
そして本気で俺と向き合ってくれた。
その意志は尊敬するべきだ。
最後まで絶対に逃げないと誓い。
その想いを実証して見せたのだから。
その想いと実力は認めなければならない。
「翔子、お前は強かった。その誇り高く、気高い意志の強さを…俺は尊敬する。」
「ふ…ふふっ。当然、でしょ…。」
翔子は満足している。
弱々しく俺を見上げる翔子は、
まっすぐに俺を見つめながら全てを受け入れていた。
「…ありがとう。」
小さく囁いた言葉を聞き漏らすことはない。
だからこそ最後まで手加減しないと思えた。
「眠れ…。」
静かに振り下ろす魔剣の刃。
その刃が体を突き抜ける最後の瞬間まで、
翔子は目を逸らさずに俺と向き合っていた。
「うん…。また、ね…。」
再開を願う翔子の意識は魔剣に切り裂かれて消え去っていく。
だが、残された想いまでが消えるわけではない。
翔子の言葉は確かに俺の耳に届いていた。
「ああ、また会える。」
最後にかけた言葉が翔子に届いたかどうかはわからない。
だが翔子は最後に微笑みながら崩れ落ちた。
「そこまでだっ!!」
真哉が即座に試合を止める。
そして俺の勝利を宣言した。
「勝者、天城総魔!!」
試合終了を宣言したことで試合場を包む結界が消失していく。
その瞬間に慌てて翔子に駆け寄る北条と沙織。
完全に意識を失っている翔子の体を支えながら、
二人は足早に会場を出て行った。
…終わったな。
後に残されたのは呆然とする観客達と俺だけだ。
色々と考えることはあるかもしれないが間違いなく試合は終了した。
これでまた一つ、
頂点に近づいたといえるだろう。
その実感を噛み締めながらひとまずこの場から去ることにした。
生徒番号4番、獲得。




