妹の願い
「お兄ちゃん!!」
…くっ!
この忙しい状況で最前線に出てくるだと!?
戦力外の妹の声を聞いた瞬間に激しく動揺してしまった。
「悠理っ!?何故ここへ来た!?隠れていろと言ったはずだ!!」
戦えない人間が前線に出ても足でまといになるだけだ。
だからこそ部隊の中央に隠れているように指示を出していたのだが、
おそらくは我慢できなかったのだろう。
悠理も戦う意思を見せているように思えてしまう。
「ここにいても邪魔になるだけだ!今すぐ後退しろ!!」
「…っ。」
必死に怒鳴りつけてみるが、
悠理に引き下がる様子はない。
俺に怯えながらも、
悠理は必死に叫んでいた。
「私も手伝うわ!!」
…はあ?
手伝うだと?
いい迷惑だ!
「お前にできることは何もない!これは命令だ!今すぐ後退しろ!!」
ここで言い争いをしてる時間さえ惜しい状況だ。
今は妹のわがままにつきあっていられる余裕はない!
「今すぐに下がれ!!!」
陰陽師達を相手にしながら悠理へと怒鳴り続ける。
「お前がいても足手まといだ!早く後退しろ!」
「………。」
はっきりと宣言したのだが、
それでも悠理は下がらなかった。
今にも泣き出しそうな表情を見せながらも、
必死にこの場に留まろうとしている。
そんな悠理を心配したのだろうか?
見兼ねた様子の雨宮が前線から後退してきた。
「…下がるわよ!」
悠理の手を引いて連れ去ろうとする雨宮だが、
悠理は雨宮の手を振り払ってまで俺に叫び続けている。
「分かったの!!どうすれば良いのか!!だから、だから私の話を聞いて!!」
………。
どうすれば良いか分かっただと?
馬鹿を言うな。
これは戦争で、ここは戦場だ。
学園でのお遊びとはわけが違うんだ。
子供の発想に付き合っていられるような状況ではない!
「悪いが、お前に関わっている暇はないっ!!」
雨宮が抜けたことで、
返事を返す余裕さえ失っている状況だ。
悠理が現れたせいで戦況が悪化したと言ってもいい。
そのせいで必死に防衛を行う俺を突破した数名の陰陽師が悠理と雨宮へと襲い掛かろうとしていた。
「急々如律令!!風神招来!!」
「急々如律令!!炎神連舞!!」
力を込めた護符を投げる陰陽師達。
…あの護符は危険だ!
あれこそが陰陽術の媒体であり、
能力そのものだからだ。
「逃げろーっ!!!!」
雨宮ならともかく、悠理は即死を免れない。
その危険性を感じて叫んだのだが、
悠理は放たれた護符を目掛けて魔術を発動していた。
「ファイアー・ボール!!!」
炎系の中級程度の魔術だ。
命中さえすればそれなりに威力のある魔術だが攻撃範囲はかなり狭い。
発動した陰陽術を迎撃するのは不可能としか思えない。
俺は即座にそう判断したのだが。
悠理の手から放たれた炎の玉は、
発動前の護符を的確に焼き尽くしていた。
「「…なっ!?」」
戸惑う陰陽師達が驚いて動きを止めた瞬間に、
護衛についていた雨宮が反撃に出る。
「サンダー・アロー!!!!」
雷系の中級魔術だが攻撃範囲は広い。
雨宮の実力なら攻撃を外すことはないだろう。
「「ぐあああああああっ!?」」
俺の予想通り雷撃の矢は全て陰陽師達に降り注いでいた。
悲鳴を上げながら倒れる陰陽師達。
その横を走り抜ける悠理が俺に接近してきた。
「お願いだから、私の話を聞いてっ!!」
「下がれ、悠理!ここは危険だと言ったはずだ!」
諦めずに叫びだす悠理に、
再び怒鳴りつけてしまう。
そうして何度も何度も怒鳴り続けたのだが、
悠理もめげることなく訴え続けてくる。
「お願い、お兄ちゃん!私の言う通りに動いて!!そうすればこの戦いを終わらせられるからっ!!」
…ちっ!
ふざけるなっ!!
足でまといでしかない妹の指示に従うだと!?
そんな自殺行為に、
部隊の命を預けられるわけがないだろう!!
わがままを言って俺から指揮権を受け継ごうとする悠理に怒りすら感じてしまう。
「いい加減にしろっ!これは遊びじゃないんだぞ!!」
必死に陰陽師を押し返そうとしていた俺が、
悠理に気をとられてしまったその瞬間。
その一瞬の隙をついて、
陰陽師達が襲い掛かってきた。
「「「急々如律令!!雷神逆鱗!!」」」
複数の陰陽師が同時に放つ護符。
その護符は複数の雷となって俺に襲い掛かってくるのだが。
「…やっぱり!!」
悠理は確信を持って魔術を放っていた。
「ファイアー・ボール!!!」
再び炎の玉だ。
生み出された炎の玉は俺の前方に着弾して勢いよく燃え盛った。
小規模ではあるが、
火柱となって燃え上がる炎。
その炎が俺に迫る雷を『相殺』していたように見えた。
「な…っ!?雷が消えただとっ!?」
「よしっ!狙い通りっ!!」
目の前で起きた現象を確認した悠理が再び俺に叫んでくる。
「お願いだから、私の話を聞いてっ!!」
「…隊長!」
必死に叫ぶ悠理の横を走り抜けて接近してきた雨宮が俺に駆け付けてくれた。
「敵軍は私が押さえます!隊長は妹さんを!」
俺と悠理を残して敵軍へと飛び出す雨宮。
その背中を見送った俺は急いで悠理に駆け寄ることにした。
「後退するぞ!」
ひとまず力付くで悠理を連れ去ろうとしたのだが、
それでも悠理は抵抗して必死に訴え続けてくる。
「お兄ちゃん、お願い!私の話を聞いて!!」
…ちぃっ!!
どうあっても逃げないつもりらしい。
こんなところで喧嘩をしてる場合じゃないんだが、
必死に訴える悠理を見兼ねて仕方なくだが尋ねてみることにした。
「もういい!好きにしろ!一体、何が言いたいんだ!?」
いい加減、説得するのが面倒になって問い掛けてみると。
悠理は驚くべき事実を告げてきた。
「見つけたの!陰陽術の弱点を!!」
「なっ、んだと…!?」
陰陽術の弱点?
陰陽師でもない悠理が?
魔術師としても下級の悠理が?
弱点を見つけただと?
信じることなんてできなかったが。
その言葉が真実であれば、
この状況を打開することができるかも知れないとは思ってしまった。
「本気で言っているのか?」
「うん!だからお願い!私の言う通りに動いて!!」
必死に頼み込む悠理だが、
現時点ではまだ信用できない。
単なる思いすごしや勘違いである可能性もあるからだ。
必死に訴える悠理を素直に信じる事は出来なかったが、
それでも話だけなら聞いてみようとは思えた。
「…言ってみろ。」
疑いを感じながらも尋ねてみると、
悠理は何かを思い出すかのような表情を見せながら話し始めた。
「完璧に覚えてるわけじゃないけどね。だけど知ってるの!」
悠理は何かを学んでいたのだろうか?
俺には妹の学園生活は想像もできないが、
その思い出が俺達の危機的状況に差し込む一筋の光となるのかもしれない。
「教えてもらったことがあるから。だから知ってるの!陰陽術の理を!!」
「なんだと…っ!?」
悠理の言葉を聞いた瞬間に、
俺の表情は変わっていただろう。
魔術師である悠理が陰陽術の理を知っているだと?
悠理の言葉が信じられずに戸惑うばかりの俺に、
悠理は以前、図書館で勉強を教えて貰ったことがあると話してくれた。
「学園の図書館でね、沙織先輩が勉強を教えてくれたことがあったの!!先輩はアルバニアの出身らしくて、その話をしてくれた時に教えてくれたのっ!陰陽術の理と陰陽五行の法則を!!」
…アルバニアだと!?
もしもそれが事実ならば、
陰陽師の知識を持っていても不思議ではない。
『アルバニア王国』
それは全ての陰陽師が聖地と呼ぶ陰陽術発祥の国だ。
共和国が魔術師の国であるように、
アルバニア王国は陰陽師の国といってもいい。
その国で生まれたものであれば、
陰陽師との関わりがあって何の不思議もない。
さすがに技術的な部分までが一般公開されているわけではないだろうが。
基本的な知識は広く伝わっているだろうからな。
『陰陽五行の法則』
それ自体なら俺も噂程度に聞いたことはある。
火←水←土←木←金の五行だ。
火は水で消え、
水は土に吸い込まれ、
土に木は生え、
木は金で切られ、
金は火で溶ける。
回り続ける力関係。
その法則の名は『五行相剋』だったか?
具体的な意味までは知らないが、
悠理はその詳細を学んでいたらしい。
五行相剋の法則を俺に伝えた悠理は、
自分の目で確認した事実も話してくれた。
「護符は必ず五行のどれかの色を持ってるの!その色を識別して魔術を使えば相殺出来るし、護符を直接攻撃しても発動を止められる!それが陰陽術の弱点なの!」
…色だと?
言われて確認してみる。
戦場に放たれる陰陽師の護符に視線を向けてみた。
「急々如律令!!雷神逆鱗!!」
放たれた護符は雷の陰陽術だ。
その護符は確かに色を放っているように思える。
…とは言え。
それが何色なのか?
そこまではっきりとは識別出来なかった。
だが、何らかの色を持っていることは事実のようだ。
「急々如律令!!炎神連舞!!」
別の陰陽師から放たれる護符も何らかの色を放っているように思える。
色自体は異なっているようだが、
魔術と陰陽術で複数の光が飛び交う戦場だ。
どう考えても識別は難しい。
一瞬の光を認識して相殺用の魔術を発動するのは時間的に考えても簡単なことではないからだ。
詠唱は一瞬ではないからな。
陰陽師は札を放つだけだが、
こちらは詠唱が必要になる。
俺護のようにルーンがあれば反撃は可能だが、
多くの魔術師はルーンが使えない。
魔術の展開に詠唱が必要なのだ。
その前提があるために、
反撃および相殺は容易なことではないだろう。
「理論はともかくとして。それを実行するのは難しいぞ?」
識別と相殺の両立は不可能だと判断する俺に、
悠理はもう一度訴えてきた。
「だからお願い!私の指示通りに動いて!!」
…指示通りに、か。
必死に訴える悠理の表情を見て、
ようやく俺は考えを変える気になった。
「もしかして…護符の色を識別出来るのか?」
「うん!私なら分かる!だから私の『指示通り』の魔術を用意して!!!」
ああ、なるほどな。
そういうことか。
悠理の言葉の意味がようやく理解できた。
つまり、こういうことだ。
悠理が護符の識別を行い。
別の魔術師が相殺を行う。
識別と相殺の手分けだな。
悠理の指示通りの魔術を使えば、
陰陽術を無効化出来るということだ。
「言いたいことは理解できた。だが、失敗すれば指揮系統が混乱することになるだろう。戦局は一気に悪化する。最悪の場合、俺達は一瞬で全滅するだろう。それでも…それだけの覚悟があるんだろうな?」
問い掛ける俺の言葉に、
悠理はしっかりと頷いてくれた。
「うん!!大丈夫!私はまだこんな所で死ねないから!優奈と再会するまで、こん
なところで負けたくないから!!」
必死に訴える悠理だったが、
いつの間にか近くにいた武藤慎吾まで頭を下げてきた。
「お願いします!!悠理を信じてあげてください!!」
妹を信じる…か。
「…何であんたまで、ここにいるのよ?」
必死に頭を下げる武藤君の様子を見ていた悠理は迷惑そうな表情で話しかけていた。
「何度も言ってるだろ?僕が悠理を守る!!」
この子は常に笑顔だな。
その前向きな性格は好感が持てる。
「お願いします!!悠理を信じてあげてください!」
悠理に笑顔を見せた武藤君は、
今度は俺と向かい合った。
瞳を逸らすことなく。
真っ直ぐに俺と見つめ合う武藤君に迷いは感じられない。
俺とは初対面にも等しい関係だが、
悠理のことを誰よりも信頼しているのだろう。
…きっと。
誰よりも、悠理を信じているのだ。
「何故、そこまで悠理のことを?きみは悠理のことが好きなのか?」
それだけで命をかけられるものかどうかは分からないが。
気になって問い掛けてみると、
武藤君は全力で宣言してくれた。
「はい!!僕は悠理が好きです!」
…ははははっ。
正直な子だな。
俺はそう思ったんだが、
堂々と宣言する武藤君を見ていた悠理は激しくため息を吐いている。
「…はぁぁぁぁぁぁぁ。馬鹿すぎる…。」
…ははっ。
がっくりとうなだれているな。
悠理としてはあまり嬉しくないのだろうか?
二人の関係はよく分からないが、
俺としては悪くはない気持ちだった。
「良い友を持ったな。悠理。」
「ぅ…。」
微笑む俺を見たからだろうか?
悠理は微かに涙を浮かべていた。
…だがそれは。
決して『悲しみ』の涙ではないだろう。
悠理の気持ちも分からないが、
もしかしたら『喜び』の涙だったのかもしれない。
…この数年。
ずっと離れて暮らしていたからな。
今まで関わることのなかった俺が悠理を認めたことで、
少なからず感情が揺れ動いたのかもしれない。
「お兄ちゃん…。」
…ああ、そうだな。
俺は悠理の兄だ。
その事実から目を背けることは許されない。
俺を兄と呼んでくれる悠理に、
出来る限り優しい声で応えようと思う。
「悠理。俺は…いや、俺もお前を信じよう。」
この場にいるたった一人の家族だ。
何一つとして兄らしいことをしてやれたことはないが、
せめて最期くらいは妹を信じてみよう。
上手くいくかどうかはわからないものの。
どちらにしても、
このままでは全滅は確実だからな。
だとしたら。
妹を信じて玉砕するのも悪くはない。
他に思い浮かぶ方法はないんだ。
…せめて最期くらいは、妹の願いを聞いてみるのも良いだろう。
そう思えたことで悠理の体を引き寄せてから強く優しく抱きしめた。
「俺の命を…お前に預ける。」
「お兄…ちゃん…っ。」
初めて抱きしめた妹の体は、
俺が覚えている記憶よりも大きくなっていた。
…それも当然か。
俺が覚えているのは悠理が子供の頃の記憶だ。
…3年以上離れていれば変わるのも当然だ。
まだまだ小柄だが、
それでも確かなぬくもりを感じることができた。
「知らない間に…大きくなっていたんだな。」
「…うん。」
小さな体を震わせながら、
悠理は静かに涙を流していた。
「私は…守りたいの。優奈も、お兄ちゃんも、みんなも…。そして、家族も…。」
…ああ。
…家族、か。
そうだな。
仕事が忙しくてずっと忘れていたが、
ジェノスには家族がいるんだったな。
「みんな、元気にしているか?」
「…うん。お爺ちゃんも、お母さんも、お父さんも…みんな元気だよ。」
「そうか…。ならいいんだ。」
「…うん。」
一度だけ小さく頷いてから、
悠理は俺から離れた。
「だから…お兄ちゃんも絶対に死なせないからっ!」
「ああ、俺の命は悠理に預ける。」
「大丈夫、任せておいてっ!」
悠理は溢れる涙を拭うことなく、
涙を流しながらも最高の笑顔を見せてくれた。
「お兄ちゃんも守ってみせるからね!」
…ははっ。
頼もしいな。
無邪気に微笑む悠理の笑顔を見て、
俺も泣き出しそうになってしまった。
今まで関わりを避けてきた妹の優しさを感じてしまったことで瞳に涙が浮かんでいたようだ。
だが…ここで泣くわけにはいかない。
指揮官として涙を流すわけにはいかないからな。
だから今は涙を堪えて、
悠理に微笑みを返すことにした。
「お前を信じる。だからあとは全て悠理に任せる。」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん!!」
微笑み合う俺達。
その笑顔を、
傍にいる武藤君は嬉しそうに眺めていた。




