戦争の理由
《サイド:常盤沙織》
地下の会議室に集まった4人。
鞍馬総司令官と私、
そして真田元国王と九条さんです。
他には誰もいない部屋で重苦しい緊張感が漂う中。
私はできる限り堂々とした態度で真田元国王に問い掛けることにしました。
「…教えて下さい。何故、戦争を起こす必要があったのですか?」
その理由さえ聞ければ満足できるのですが、
真田元国王は説明の前に質問を返してきました。
「その前に聞くが…何故、魔術が存在するのか?そのことに関して疑問に感じたことはあるか?」
…えっ?
魔術が存在する理由ですか?
考えたこともありませんが、
そこに何か理由があるのでしょうか?
私の質問との関連性が分からないのですが。
突然の問い掛けに疑問を感じてしまった私の表情を見ていた真田元国王は、
深く深くため息を吐いているように見えました。
「…やはりそうであろうな。」
予想通り…というよりも、
落胆しているように見えます。
最初から期待していなかったかのような雰囲気なのです。
その理由さえも分かりませんが、
真田元国王の瞳は悲しみに満ちているように思えました。
「お前達はいつもそうだ。何も理解しようとしていない。その力の意味を!そしてその危険性を!何も理解しようとしていないのだ!」
力の意味と危険性?
それはどういうことでしょうか?
「ここへ来るまでに、一体、何百の兵を殺した!?いや、おそらく百では足りんだろう?何千か!?それとも何万か!?」
「そ、それ…は…っ。」
答えられません。
答えようがないからです。
私の力によって何人が犠牲になったのでしょうか?
その数は膨大すぎて、
私自身も覚えてはいないほどの数です。
今更数えることなんてできませんが、
そもそも数え切れないほどの兵士を殺していたと思います。
その数は数千か、
あるいは1万を越えていたかもしれません。
それだけの人の命を私は奪っているのです。
「私は…っ。」
言葉に出来ない現実。
それでも私は正直に答えました。
「…数は分かりません。でも、数え切れない人の命を…奪ったはずです。」
それが精一杯の答えです。
ですがその答えに真田元国王は不満を感じた様子でした。
「…そうであろうな。」
最初から答えられないと分かっていたのでしょう。
だからこそ。
真田元国王は戦争の理由を教えてくれました。
「何故、戦争が起きたのかだと?それが理解出来ない時点で、お前達の心は狂っているのだ!」
…うっ。
反論できません。
確かにそうかもしれないと思ってしまったからです。
何も知らないまま多くの人達を殺した事実。
それが狂っていると言われれば否定出来ません。
「それほどの力を持ちながらも、その力の意味さえ理解せず!!その力によって多くの命を奪っておきながらも、自らを被害者であると思い込む!お前達『魔術師の存在』がいかに危険であるのか!?それを理解出来ないお前達の存在そのものが、この世界の脅威なのだ!!」
私達の存在そのものが…脅威?
「『何故?』と聞いたな?ならば、ワシからも聞かせてもらおう。『何故』その力を理解しない!?『何故』その力で戦うことを選んだ!?『何故』それほどの力が危険だと思わないのだ!?」
………。
分かりません。
そもそも考えたことすらなかったからです。
何故、魔術が存在するのか?
何故、魔術を使えるのか?
何故、魔術で人を殺せるのか?
その疑問に対して私は何一つ答えられませんでした。
「お前達『魔術師』はその存在自体が危険なのだ!大人も子供も関係なく!!持って生まれた『才能』などという言葉だけで、人を越えた力を扱うお前達の存在は『無秩序』そのものだ!その力は人を制圧し、いとも簡単に人を殺せる『暴力』でしかない!」
無秩序?
暴力?
そうなのでしょうか?
本当に、そうなのでしょうか?
わかりません。
私には答えられません。
ですが。
これだけははっきりと言えます。
「例えそうだとしても!私達を殺す権利はあなた達にもないはずですっ!」
私達の力が危険だとしても、
だからといって魔術師を皆殺しにする権利は誰にもないはずです。
「本当にそう思うか?お前達は『被害者』であると…本気で思っているのか?」
反論する私に、
真田元国王は再び問い掛けてきました。
被害者かどうか?
その質問には答えられます。
何故なら私も経験しているからです。
魔術師狩りの脅威を私も経験しているからです。
あの日の絶望を思い出して、
瞳に涙を浮かべながらも訴えました。
「私達は!いえ、私も魔術師狩りの被害者です!多くの友達を失い、大切な家族も失いました。魔術師も…そうでない人でさえも…みんな…みんな殺されました!それだけのことをしておいて、何故まだ続けようとするのですか!?」
全ての魔術師が被害者ではありません。
ですが、私は絶望を経験しています。
「殺し合う必要なんてないはずです!」
「魔術師狩りを生き延びたのか…。ならば、さぞ苦しんだであろう。だがそれさえも仕方がないことなのだ。魔術師に協力するのならばやむを得ん。魔術師を一掃しなくては、この世界の秩序が失われるのだからな。」
「どうしてそう思うのですか!?私にはそれが分からないのです!何故それほど危険だと思うのですか!?私達は戦うつもりで魔術を手にしたわけじゃないんです!」
最初から誰かを傷つけるために、
魔力を持って生まれたわけではないのです。
私達はみんな、たまたま魔力という能力を持って生まれただけなのです。
その力で誰かを傷つけようなんて考えていたわけではありません。
そのことを伝えるために。
感情を表に出して精一杯訴えました。
ですがそんな私を見ていた真田元国王はさらなる真実を告げたのです。
「…辛い思いをしてきたのだろうな。お前の気持ちは痛いほど理解できる。だが…な。その苦しみを感じているのは…お前達だけではないのだ。」
…え?
私達だけじゃない?
それは…どういう意味でしょうか?
「魔術という力。その力そのものは奇跡的と言ってもいいだろう。叶うものならば、その力を手に入れたいと思ったこともある。だがな…。やはりそれは人を越えた力なのだ。」
「…人を越えた力?」
「そう…人を越えた力だ。魔術は数々の奇跡を起こすと同時に、人の欲望を肥大化させるのだ。お前は知っているか?この世界で何が起きているのかを…お前は知っているのか?魔術師が行っている罪の重さを!お前は『全て』を知ったうえで!この戦争を止めようとしているのか!?」
…全てを?
どういう意味なのでしょうか?
聞けば聞くほど分からなくなってしまいます。
この世界で何が起きて、
魔術師が何をしたというのでしょうか?
「どういうことなのですか?」
「やはり何も知らないのだな。それこそが罪であるというのに…。お前達は都合の悪い事実からは目をそらして、お前達にとって都合の良い事実だけを語っているのだ!!」
「私が…何を知らないというのですか?」
「知りたいか?ならば教えてやろう。この世界は魔術という力に支配されつつあるということをだ!!」
魔術による支配?
そんなことは考えたこともありません。
ですが私が知らないだけで、
そういう活動があるのでしょうか?
「何も知らされずに生きてきたお前には分からんかもしれん。だが…今この瞬間にも、魔術という暴力によって!力のない人々が苦しんでいるのだ!!殺戮!強奪!支配!!お前は何も知らずとも、戦うことも逃げることさえも出来ない人々が…!この世界中で!今もどこかで苦しんでいるのだ!!」
そ、そんな…っ。
そんな…ことは…。
「ありえないと思うか?お前は本当に気づいていないのか!?力に溺れて罪を重ねる魔術師達がいることを!お前は知らないと言い張るのかっ!?その力によって、泣きながら苦しむことしか出来ない弱き人間の絶望を!何も知らないと言ってしまうのかっ!?」
「それ…は…っ!」
…言えません。
何も知らないのに、
勝手なことは言えません。
…いえ。
…違いますね。
私は知っているのです。
ただ、それでも考えなかったのです。
何も考えようともしなかったのです。
…ですが。
少し考えれば分かるはずのことでした。
ジェノスの町でも。
学園でも見ていたことだからです。
力を悪用しようとする生徒を今まで何度も目にしています。
そういった生徒達を捕まえて反省させるのが、
私達『特風』の仕事だったのです。
だから。
もう少し広い範囲で考えていれば、
真田元国王の指摘する内容も考えられたはずなのです。
『力を悪用する魔術師』
それは確かに存在しています。
そしてそういう魔術師は確実に共和国以外にもいるはずなのです。
私が知る範囲でも存在しているのですから、
私の知らない場所でも存在しているはずです。
そういった魔術師が誰にも管理されずに行動しているとすれば、
戦う術を持たない一般人は確かに何も抵抗できないと思います。
それこそ本当に。
ただ奪われるのを見ることしかできないはずです。
私が魔術師狩りから逃げることしかできなかったように。
魔術師から逃げることしかできない人達も存在しているはずなのです。
「それが…それが魔術師の罪、なのですか…?」
真田元国王の言葉には、
私の心を打ち砕くだけの力がありました。
今まで何も考えようとしなかった話だったからです。
魔術を悪用する人々がいることを。
その力で苦しむ人々がいることを。
ずっと知らずにいたからです。
「それが…魔術師が殺される理由なのですか…?」
平和な学園生活を過ごして活気あふれる町で育ち。
笑顔に満ちた共和国を見てきた私は、
世界の何処かで『罪を重ねる魔術師達がいる』という事実を考えたことさえありませんでした。
「それが…戦争の理由なのですか…?」
真田元国王の言葉が真実だとすれば、
確かに魔術師狩りは必要だったのかもしれません。
何もしなければ魔術師による被害が広がっていたかもしれないからです。
もちろんそうでない可能性もあったとは思います。
ですが。
国を治める者として、
危険な存在を排除するという考え方そのものは否定できることではありません。
「だから…?だから…なのですか…?」
真実を知って落ち込んでしまった私に、
真田元国王は言葉を続けました。
「全ての魔術師が悪だとは言わん!代々の共和国代表達を含めて善意の存在である魔術師は確実にいるだろう。だが、それでもその力が危険であることに変わりはないのだ!!少なくとも、戦う力なき人々にとって『魔術師を擁護』する『共和国という存在』は、恐怖の象徴でしかない!だからこそ我々は立ち上がったのだ!世界の秩序の為に!弱き人々の為に!魔術師の国を滅ぼして世界の秩序を守る為に、だ!!」
戦えない人達の為に。
そのために戦争を決意したのだと、
真田元国王は宣言しました。
「それらの真実を知ってもなお、お前はまだ魔術師狩りの被害者だと言い張るのか?殺さなければ殺される。その恐怖に怯える者達を犯罪者だと断罪するのか!?」
………。
力一杯訴える真田元国王に、
私は何も言い返せませんでした。
何の理由もなく行われていたわけではなかったのです。
魔術師狩りは各国が治安を維持するために行われていた行為だったのです。
それが正しい行いだとは思いませんが、
それが間違っているとも言えなかったのです。
「お前達の存在は『恐怖の象徴』でしかない!」
私達魔術師の存在が恐怖だと宣言する真田元国王に、
これまでずっと黙っていた鞍馬総司令官が話しかけました。




