囮作戦
《サイド:御堂龍馬》
………。
太陽が真上に差し掛かる頃。
僕達は山岳地帯の目前まで迫っていた。
「ここからが問題ですね。」
広範囲に広がる森を抜けた先に荒野が広がり。
その先に幾つもの山が連なってできる山脈が存在している。
まずは目の前に広がる森を突き抜けることが最初の目的になるんだけど。
その先の荒野にはアストリア軍が待機しているようだ。
すでに先行部隊が偵察してくれているから間違いのない情報だとは思うけれど。
アストリアの正規軍を突破しないことには山の中に入り込むことは出来ないらしい。
…ただ。
仮に山脈に侵入できたとしても、
広大な山々の全てを調査しようと思ったら。
到底、数時間で踏破出来るような規模じゃないと思う。
それこそ大規模な部隊を編成して。
それぞれの山を一斉に捜索しないことには、
数日どころか一週間かけても調べきれない気がするからね。
そもそも山岳地帯と呼ばれるほどの僻地なんだ。
いくら魔術師の部隊とは言え。
2千人程度では兵器の捜索は困難な気がしてしまう。
「あの山脈のどこにあるのかは分からないのですか?」
王城から盗んできた書類を持ってる理事長に何か情報がないか訊ねてみたんだけどね。
「残念だけど位置に関する情報は書かれていないわ。」
どうやらそこまで詳しい詳細は書かれてないらしい。
「あくまでもこれは兵器に関する報告書であって、報告する必要のない情報は書かれてないみたい。まあ、ここにある報告書よりも以前の報告書があれば、位置を特定できるような情報もあったかもしれないけれどね。」
…確かに。
初期の報告書があれば書かれていたのかもしれないね。
今ここにある報告書が何度目の書類なのかは分からないけれど。
初期の報告書には兵器を設置する場所や移動の経路なども書かれていたんじゃないかな?
だからこそ。
それ以降の報告書には同じ情報は書かれないだろうし、
わかりきっている報告を何度も記す必要はないだろうね。
…だけど。
普通に考えれば兵器だけを直接、
山の中に隠すわけじゃないよね?
建物を建てたり、
必要な施設を用意するんじゃないかな?
だとしたら。
物資の輸送が困難な場所は、
捜索の対象外になるんじゃないかな?
…というよりも。
物資の輸送のために切り開かれた山道を発見できれば兵器のありかが分かるのかもしれない。
「あの山の中でどうやって兵器を探しますか?」
一応、尋ねてみると理事長は面倒くさそうに山脈を見つめながらため息混じりに説明してくれたんだ。
「直接、兵器のありかを探し出すのはさすがに無理があると思うから、人の手が入ってると思われる場所を探し出すのが先決でしょうね。」
「物資の輸送のために切り開かれた山道…ですよね?」
「ええ、そうよ。よく分かってるわね。そういう部分を見つけられれば捜索の時間を短縮できるはずよ。」
どこにあるのか分からない兵器を探すのではなくて、
人の手が加えられた山道を探し出すこと。
その考えは正しかったようだ。
「あとはまあ、山中を巡回してるアストリアの兵士を捕えて尋問してみる…とかね。」
「あ、ああ…そうですね。」
そういう方法もあるのか。
…というよりも。
そういう方法でしか解決しないのかな?
上手く情報を引き出せるかどうかは分からないけれど。
理事長はその手の駆け引きが得意そうに思えてしまう。
「それではアストリア軍の捕獲が最優先でしょうか?」
「山の中に入ってからはそれでいいと思うわ。ただ、荒野に布陣してる正規軍を捕えるのは時間の無駄かも知れないわね。幹部ならともなく、一兵士が兵器の情報を把握してるとは思えないわ。」
…ああ、そうか。
荒野に布陣してる兵士達は共和国軍の足止めが目的だろうから兵器のありかが知らされていない可能性があるのかな?
あるいは情報の漏洩を避けるために幹部さえ知らないという可能性もあるかもしれないね。
「捕獲する兵士は誰でも良いというわけではないんですね。」
「ええ、そうよ。少なくとも山脈の警備をしてる巡回兵か、山道を封鎖してる部隊を襲撃して捕獲しなければ意味がないでしょうね。」
…なるほど。
話を聞いておいて良かった気がする。
敵を倒すことばかり考えていて、
捕虜にすることは考えてなかったからね。
相談しておいて良かったと思えたんだ。
上手く情報を手に入れられれば、
山中をさ迷い歩く必要がなくなる。
それに大幅な時間短縮にもなるはずだ。
だからこそ。
敵を捕えるのは必要な判断になるだろうね。
「覚えておきます。」
「ええ、そうね。状況次第では分散して探索することになるでしょうし、御堂君も情報収集をよろしくね。」
理事長と相談しながらの移動。
森の内部に潜入して荒野の手前まで移動した僕達は、
ついに新たな難関と対立することになってしまったんだ。
「…で、アストリアの正規軍がいるわけだけど。」
理事長の視線の先。
荒野の広域にアストリア軍が布陣しているのが確認出来る。
先ほど遭遇した陰陽師軍と同程度の規模だから、
およそ3万に及ぶ大部隊だろうね。
ただ…ここだけじゃなくて。
複数の方面で防衛網を展開しているとしたら、
この山岳地帯付近には10万では収まらない軍隊が集結しているのかもしれない。
「なかなか姿を見せないと思ったら、ここの護衛として大多数の軍を集めていたのね~。」
アストリア軍を見て納得する様子の理事長だけど。
言いたいことは僕でも分かるよ。
本来なら15万の正規軍がいるはずなんだ。
それなのに。
砦には正規軍を1万しか布陣させずに、
一般人を巻き込んで人数をごまかしていた。
今まで王都からの増援が少なかったのも、
全てはここを守る為だったんだろうね。
「さすがにこの包囲網の突破は苦しいわね。」
「…そうですね。」
敵の数は最低で3万。
対する僕達は最高で2千。
数だけを考えれば勝ち目なんてないと思う。
「奇襲を仕掛けて範囲魔術で暴れたとしても、せいぜい半分まで削れれば幸運でしょうね。」
敵軍を眺める理事長は悩んでいる様子だ。
こちらの戦力は理事長を含めて僕と真哉と翔子と深海さんと栗原さんの6人と、
護衛部隊の2千人の魔術師のみ。
どれだけの実力を持っていたとしても、
これだけの人数で万を越える正規軍を相手に勝てるとは思えない。
数に飲み込まれれば死は避けられないからだ。
魔力という限りのある力で、
大群を相手に戦い続けることは不可能。
だから、これからの方針を考える必要があった。
「どうやって包囲網を抜けるか…よね。」
「やはりここは囮作戦しかないでしょう。」
悩む理事長に栗原さんが答えていた。
まあ、妥当な意見かな。
だけど…どうなんだろう?
囮というか…この場合は玉砕になるんじゃないかな?
アストリア軍がここにいる数だけなら、
奇襲を仕掛けて混乱させることはできると思う。
けれど。
もしも、そうじゃないとしたら?
別の方面に配備されているアストリア軍までここに駆けつけてきたとしたら?
ここにいるアストリア軍は殲滅できたとしても、
そのあとの戦いは抵抗さえ出来ないんじゃないかな?
だとすれば囮役はそのまま全滅という可能性が高くなる。
よっぽど運が良くない限り、
逃げることさえできないんじゃないかな?
…と、思うんだけど。
だけどそれでも他に方法はないのかもしれない。
全員が突破する方法なんて、
たぶんありえないんだ。
…いや、違うね。
突破するだけなら可能だとは思う。
だけど、それだけだ。
土地勘のない山脈の中でアストリア軍の追撃を受けることになれば、
まともに戦うよりも苦しくなるんじゃないかな。
ここでならまだ範囲魔術で戦える。
だけど山の中で木々を避けながら逃亡を続けて戦うというのはすごく難しいと思う。
それこそ味方を誤射する可能性が高すぎて、
範囲魔術なんて絶対に使えない。
見晴らしのいい荒野なら全力で戦えるけれど。
森の中では視界が遮られてしまって上手く戦えないんだ。
だから戦うことを前提で考えるなら、
ここで戦うべきだと思う。
森のなかでの戦いは危険すぎる。
それにここで派手に暴れれば、
他の地域にいるアストリア軍を引き付けることもできる。
それは自殺行為にも等しいけれど。
山中での安全を高めることができるんだ。
兵器の破壊を最優先として考えるのなら、
囮作戦は有効的な方法なのかもしれない。
きっと、栗原さんもそう考えていたんだろうね。
「囮作戦…ね。」
栗原さんの提案を考慮して、
理事長は覚悟を決めたようだ。
「この状況なら私が引き受けるしかないでしょうね。仮にも共和国の代表だから、私が全面に出ればアストリア軍を引き付けられるはずよ。」
理事長は自ら囮役を引き受けてくれていた。
「本来なら護衛部隊も兵器の捜索に回したいところだけど、こうなると敵の足止め役をしてもらうしかないでしょうね。私が部隊を率いてアストリア軍を撹乱するから、御堂君達は先行して情報収集を急いで。」
僕に指示を出してから、
部隊を率いて進軍しようとする理事長だけど。
護衛部隊が動き出す前に。
真哉が理事長を引き止めていた。
「護衛部隊を使うのは構わねえが、理事長が囮になるのはダメだろ?仮にも保護者なら、最後までちゃんと面倒を見てやれ。」
理事長を押しとどめてから、
真哉が荒野へと歩き出してしまったんだ。
「好き勝手に暴れるのは俺の得意分野だ。こそこそ隠れるよりも性にあってるからな。時間がねえんだ。囮なら俺が引き受けてやる!」
一方的に宣言した真哉は理事長の返事も聞かずにアストリア軍へと駆け出してしまった。
「ちょっ!?待ちなさいっ!!」
慌てて引き止めようとする理事長だけど。
真哉は振り返る事さえせずに、
アストリア軍に向かって一直線に駆けてしまう。
「…ったく!もう、あの子はっ!!」
怒りをあらわにした理事長は、
慌てながら僕達に別れを告げてきた。
「北条君を一人には出来ないわ!私も部隊を率いてアストリア軍に攻め込むから、御堂君達は戦場を迂回して先へ急ぎなさい!!」
僕達に指示を出してから、
理事長は真哉を追って走り出したんだ。
「総員!突撃開始!!広範囲魔術でアストリア軍を一掃するわよ!!!」
2千人の魔術師を率いて奇襲を仕掛ける理事長がアストリア軍に襲い掛かる。
その結果として。
僕を含む4人だけが残されてしまったんだ。
この場に残ったのは僕と栗原さん。
そして翔子と深海さんだけだ。
まだもう少しだけ距離はあるけれど。
真哉と理事長達はすでにアストリア軍へと接近しつつある。
急いで動き出さなければ、
戦場を迂回する前に包囲網が広がりかねない。
…そうなる前に行動するべきだ。
「こうなったら仕方がないね。」
真哉のことは心配だけど。
今は救出に向かう余裕なんてない。
理事長の部隊がアストリア軍を引きつけてくれている間に山中にいる巡回兵を捕えて情報を引き出す必要があるんだ。
「ここは真哉と理事長に任せて、僕達は先を急ごう!」
「おっけ~!」
先を急ぐために森の中を移動する僕を追って翔子達も走り出した。




