魔剣の名前
試合開始を宣言してからすぐに俺は後方に下がったんだが、
3人は誰一人として動かずに魔力を両手に集め出した。
何のためかは分かるよな?
それぞれにルーンを発動してるんだよ。
試合開始から数秒で、総魔、岩永、大森。
それぞれのルーンがほぼ同時にその姿を現した。
総魔の手にあるのは妖しく光る魔剣。
岩永の手にあるのは激しく燃え盛る炎槍。
大森は青白く帯電する短剣だが、
両手で二本握られている。
あいつにとっては研究所以来らしいが、
実物を目にしたのは二度目になる他人のルーンだな。
研究所で見た『光剣』とは全く別物だが、
岩永と大森のルーンは一目見ただけで分かる属性を持っている。
岩永は『炎』で、大森は『雷』だ。
どちらのルーンも並の魔術では生み出せないくらい強烈な威圧感を放ってはいるが、
俺や翔子のルーンに比べればまだまだ格下だよな。
あいつの魔剣と比べても遥かに下だ。
まともにぶつかり合えば魔剣にぶった斬られる可能性が高いとは思うが、
実際にどうなるかはやってみないとわからねえか。
轟々と燃え盛る炎を宿す長槍とバチバチと放電する二本の短剣はどちらの属性も術者本人には害がない。
ルーンを握る岩永と大森に影響はないってことだ。
もちろん俺はすでに知ってることだが、
あいつは感心してる様子だったな。
わりと真剣に二人のルーンを眺めていたからな。
実際にルーン持ちと戦うのは今回が初めての様子だったから当然か。
ルーン対決であいつがどういった戦いを見せるのか?
試合の内容に興味を引かれる部分はあったんだが、
その前にも気になる事が一つあった。
それはあいつの視線が大森の両手に向いていたからだ。
左右それぞれに握られた『二本』の短剣。
二つ同時に発動したルーンに興味を持ったように見えた。
それが何を意味するかは分かるよな。
あいつが新たな知識を手に入れたのは一目瞭然だったぜ。
『複数のルーンを所持出来る』
その事実を知ったんだ。
もちろんこの方法には重大な欠陥がある。
その欠点にも気づいていたとは思うが、
ルーンの複数化ってのは実はあまり意味がねえ。
ルーンは術者の能力を反映するっていう特性があるからな。
複数同時に所持したところでルーンの能力を変える事は出来ねえ。
結局はどちらも同じルーンしか作れないからだ。
手数を増やす程度の意味はあっても攻撃力は上がらねえ。
攻撃力を上げるためにはルーンに大量の魔力を込めるしかねえからな。
込めた魔力が多ければ多いほど能力が向上するのがルーンだ。
つまり二つ作れば単純計算で全力の一本の半分の力しかないことになっちまう。
複数所持は手数が増える代わりに威力が低下するという致命的な欠点があるってことだな。
その欠点を考慮した上でどちらを優先するかが問題になるわけだ。
二刀流で手数を増やすのか?
それとも全力の一本を作り出すのか?
今のあいつの魔力なら力を分散したところで二人前のルーンに遅れをとるような事はねえだろう。
これまで試合を考えれば、
あいつが二人に劣るとは思えねえからな。
だが魔力を分散させたルーンが本当に通じかどうかは
実際に試してみないと分からねえ。
やってみるのもいいとは思うが、
その考えはすぐに振り払ったようだったぜ。
おそらく理由はただ一つ。
『必要がない』からだろうな。
あいつのルーンの特性は対象の魔力を切り裂く事にある。
そこを考えれば一本あれば十分だろ。
二本あっても効果が倍増するわけじゃねえ。
むしろ、攻撃力を低下させてまで二本にしても吸収の能力まで低下したら意味がねえ。
戦いで勝つことを考えるのなら確実に魔術を断ち切ることが最優先だ。
そもそも二刀流にしたとしても上手く立ち回れる保証もねえしな。
むしろ両手が塞がることで魔術の発動の邪魔になる可能性が高い。
臨機応変に行動するという意味ではあまり意味がないのは分かるよな?
おそらくあいつも同じ結論にたどり着いただろうぜ。
興味はありそうだったがルーンの複数化を実行する様子はなかったからな。
現段階では『量よりも質』が優先なんだろう。
魔剣を右手で握りしめて左手を自由にしている。
今までと同じ構えになるが現時点では最も効率のいい構えなのは間違いない。
対魔術特化の魔剣が主武装だからな。
状況に応じて魔術による攻撃と防御を使い分ける。
それがあいつの戦闘方法だろう。
これまで培ってきた技術を今から変える必要はないと俺も思う。
そこまで考えてから、
俺はもう一度岩永と大森に視線を向けた。
あいつに対する岩永と大森は未知の能力を持つ魔剣をじっと見つめている。
とはいえ一目見ただけでどんな能力を秘めているかなんて分かるはずもねえ。
単純な属性を持つ剣ではないって事はすぐに理解出来るだろうが、
初見ではどんな力なのかまでは全く分からないだろうな。
明るくもあり、暗くもある。
妖しく揺らめく不気味な光を放つ長剣。
その見た目だけで能力の判断はできねえが、
おそらく闇の属性だろう。
俺から見てもそれだけが唯一の感想だ。
「まあ…考えるよりも、まずはやってみるべきかな?」
黙って見ていても仕方がないと判断したんだろうな。
小さな声で呟いた大森が両手の短剣を構え直した。
そしてその動きを横目で眺める岩永が追撃の準備を始める隣で大森の一撃が放たれる。
「行くぜ!!雷王!!!」
その場からは一歩も動かずに、
頭上で交差させた両腕を一気に振り下ろして全力で短剣を振り抜く。
交わる剣筋の軌道に沿って光が生まれ、
十字に広がる雷撃が一直線に放たれた。
「…ほう。」
余裕を見せる態度だったが、
それでもあいつが予想していた以上の威力だったんだろうな。
これまで見てきたどの雷撃魔術よりも鋭く速く放たれた雷撃を見て、
素直に感心していた様子だった。
もしも魔剣がまだなかったら?
大森の攻撃を防ぐことなんて到底できなかっただろうぜ。
「面白いな。これがルーンの力か。」
残念だが研究所で見た光剣ほどの威力は感じられなかっただろう。
だがそれでも、
大森の攻撃はあいつを一撃で倒せるだけの破壊力がある。
…あるんだが。
それは当たれば、という前提での話だよな。
「良い攻撃だとは思うが、どれほど威力が高くても単発攻撃なら切り裂くのは簡単だ。」
これまで戦ってきた各会場の試合場と比較して倍近い広さがあるこの試合場だからこそ、
あらゆる攻撃が相手に届くまでに倍の時間が必要になっちまう。
その距離を有効的に活用するために。
あいつは少しずつ後退しながら迫り来る雷撃を魔剣で一刀両断に切り捨てていた。
「確かに速い。だが、それでもまだ対応できる範囲内だ。」
「は?そんな、馬鹿なっ!?」
あいつは堂々と宣言していたが、
大森はその発言そのものが異常だと感じていた様子だった。
「雷撃の速度を見切れるわけがねえだろ!?」
自然の雷のように音速を超えてとまでは言えねえが、
それなりに近い速度はあっただろう。
光を感じた瞬間には既に貫かれているはず。
そうなると思っていたらしい。
だが現実はその結果を迎えなかった。
「ありえねえっ!」
目の前の出来事が信じられずに全力で叫ぶ大森が再び魔力を込めて短剣を振り回す。
今度は手数を重視した雷撃の乱舞だ。
短剣を一降りするごとに、
あいつ目掛けて高速の雷が放たれる。
その数は30秒ほどで百に迫る数になって、
強烈な光のせいで瞬間的にあいつの姿が見えなくなるほどだったからな。
威力はともかく、
速度と手数は文句なしだったぜ。
「これならどうだっ!!」
徹底的な連続攻撃による数の暴力。
絶対的な勝利を確信しつつも動きを止めずに放ち続ける雷は、
自然の法則を無視して縦ではなく真横に向かって飛ぶ。
術者の意のままに襲いかかる乱舞。
大森の魔力が付きるまで一分以上続き。
合計で300近い雷が放たれた。
その結果として疲れを見せた大森が動きを止めると同時に雷が発する光も消えさった。
攻撃のあとに残るのは試合場に倒れるあいつの姿だけ。
大森も岩永もそう思っていたはずだ。
だが、その予想はあっさりと覆される。
「この程度か?」
あいつは当然のように平然と立ち続けていたからだ。
あれほどの連撃を受けてもまだ負傷した様子は見られない。
全くの無傷だ。
もっと言えば、制服すら無傷だったからな。
…まじか。
さすがの俺も驚きを通り越して笑っちまったぜ。
…これはもう笑うしかねえな。
俺や翔子でも無傷ってわけにはいかねえ攻撃だったんだぜ。
まあ、沙織ならあり得るかもしれねえが、
俺でも完全回避は無理だ。
致命傷にはならねえが、
手傷を負う程度の覚悟は必要だっただろう。
それなのに。
…一歩も動かずに防ぎきったってことか。
改めて思ったぜ。
とんでもねえバケモノが現れたってな。
無傷のあいつの姿を見た岩永と大森は揃って驚愕の表情を浮かべてた。
まあ、その気持ちは分かる。
俺でも驚く状況だったからな。
大森にしてみれば最強の一撃だったはずだ。
そして岩永にしてみればこれまでの試合で散々自分を苦しめてきた攻撃だったんだぜ?
それほどの攻撃をあいつは難無く受け止めて見せたんだ。
300を越える攻撃を。
一発もかすらせずに。
全て回避してしまった。
その理由は俺でもわからねえ。
理解が追いつかないという事もあるんだが、
光であいつの姿が見えなかったっていう理由が大きいだろう。
驚いて動きを止めてしまった大森を庇うように今度は岩永が前に進み出た。
「正直驚いたぞ。今の一撃で勝てると思っていたのに、それが無傷とはな。」
岩永はあいつを真っすぐに見つめながら、
手にしている槍を構え直す。
「次は俺だ。そのルーンにどんな力があるのか見せてもらう!」
次は自分の番だと宣言してからあいつに向かって駆け出した。
「燃えろっ!!焔!!」
突き出した槍の先端から炎の塊が生まれる。
真っ赤に燃える紅蓮の炎。
最上級魔術に匹敵する炎があいつに迫る。
そして放たれた炎のすぐ後ろからは岩永自身が突撃を続けていて槍の刃が迫っている。
「…今度は二段攻撃か。」
魔剣で紅蓮の炎を切り裂いてから返す刃で槍を横薙ぎに払う。
二段斬りってやつだな。
金属が打ち合うかのような甲高い音が会場中に響き渡った瞬間に異変が起きた。
「なっ!?どうしてっ!?」
至近距離に接近していた岩永が真っ青な表情を浮かべながら前のめりに顔面から試合場にぶっ倒れたからだ。
…ははっ。
…やっぱりこうなるのか。
審判員として態度に出すわけにはいかないんだが、
あの時の姿は無様としか言いようがなかったぜ。
だがまあ、笑うに笑えない状況ではあったんだけどな。
「な、何が起きたんだっ!?」
岩永が驚く理由。
それはただ一つ。
岩永の手にあったはずの槍が消失したからだ。
驚きと共にぶざまに倒れた岩永だが、
そこで呆然とするほど馬鹿ではなかったらしい。
何が起きたのか分からなくても戦闘中だからな。
即座に体勢を整えてあいつとの距離をとって離れた。
ただ、後退して時間を稼いでも何が起きたのかは分からねえようだ。
じわじわとすり足であいつから離れていく。
その行動をあいつは黙って見逃していた。
後方で待機していた大森も驚きを隠せないでいたが、
それでも虎視眈々とあいつの隙を窺っていたからだ。
不用意に動かずにあいつは静かに岩永の動きを目で追っていた。
その結果として岩永と大森の二人に挟まれる形になってしまったものの。
形勢は明らかにあいつが有利だ。
二人の攻撃を難なくさばきながら、
あいつはまだ開始線から一歩も動いていなかったからな。
動く必要すらないまま圧倒的な実力差を見せ付けたんだ。
…あれは俺でも真似できねえな。
まあ、じっとしてるのが性にあわねえってのが本音だが、
あいつは余裕の態度で岩永を跳ね除けていた。
「何をしたんだっ!?」
「………。」
怒鳴り散らす岩永に視線を向けていたが、
答える事なく静かに魔剣を構える。
ただそれだけで何かを感じたんだろう。
「「………。」」
岩永と大森はどちらも冷や汗を流しているのが見えた。
そして怯えとも言える表情を浮かべていた。
そのせいだろうな。
「…もう少し楽しめるかと期待していたんだが、それほどでもないようだな。」
俺も予想はしていたが、
あいつにとっても期待していたほどではなかったらしい。
侮蔑の言葉を呟いたあとで静かに宣告する。
「お前達に一つだけ教えておこう。このルーンの名を…」
この瞬間だけは岩永と大森だけじゃなくて、
俺までしっかりと耳を傾けてしまったぜ。
「ルーンの名は『ソウルイーター』。全てを喰らう魔剣だ。」
その言葉をきっかけとして、
ついに試合場を駆け出した。
そして力を失った岩永を容赦無く斬り捨てる。
回転斬りとでも呼ぶべきか。
見事な高速の一撃だったぜ。
それこそ1位のあいつに迫る一撃だっただろうな。
「ぐぁぁぁっ!!!」
左肩から右脇腹まで一直線に斬られた岩永の体から激しい血しぶきが飛び散る。
物理、精神、魔力。
全てを斬られた岩永が試合場に崩れ落ちた直後。
仲間が倒れたことで怯える大森に攻め込んだあいつは手加減する事なく魔剣を全力で振りかざした。
今度は上段から下段への垂直切りだ。
もしも物理的に斬っていたなら大森は即死していただろう。
だが物理を無効化した魔剣の一撃は、
大森の体をすり抜けて魔力と精神だけをずたずたに切り裂いた。
「づぁぁぁっ!?」
魔剣の一撃を受けた大森も倒れる。
その結果。
試合場に立っているのはあいつと俺だけになった。
…終わりだな。
岩永と大森の魔力を奪い取った『ソウルイーター』は、
微かに輝きを増しているように見える。
…そういうことか。
そこで俺はようやく魔剣の輝きの意味を知った。
あいつが魔剣の名前を宣言したことで、
ようやくルーンの全貌が明らかになった。
あいつのルーンは文字通り魔力を『喰らう』魔剣だったってことだ。
…喰らえば喰らうほど強くなる魔剣か。
俺たち魔術師にとっては反則的の力だよな。
まあ、相手が魔術師でなければ魔力を奪えないからただの剣でしかなくなるわけだが。
それでも精神攻撃は厄介か。
どちらにしても学園内では、
欠点と言えるほどじゃねえだろう。
ひとまず試合は終わった。
全てを見届けたことで試合終了を宣言することにした。
「間違いない。試合終了だ。勝者、天城総魔!」
俺の予測通り、
あいつの圧勝で試合は終了したってわけだ。




