医師としてあるまじき行為
《サイド:栗原徹》
朱鷺田さんや天城さん達が研究所内で戦闘を繰り広げている間。
僕と愛里ちゃんは無事に2階へとたどり着くことができました。
今のところ警備兵との遭遇はありません。
実際にいないのかどうかはまだわかりませんが、
おそらく2階に警備兵は配備されていなかったのではないでしょうか?
大多数の警備兵は昼間の招集で研究所を離れているはずですし。
残った警備兵の多くは地下に向かう階段に集中しているように思えます。
ですので。
難易度的には2階は他の場所よりも安全なように思えますね。
ただそれはあくまでも現時点では、という意味でしかありません。
すでに戦闘が始まってしまっていますので、
安全装置の解除に向かうならいずれ必ず戦闘になってしまうと思います。
「油断は出来ませんね。」
小さく呟きながら隣にいる愛里ちゃんに視線を向けて気持ちを引き締めました。
戦闘が始まれば苦戦は必至だからです。
直接的な戦闘を苦手とする僕達は攻撃魔術が使えません。
一切使えないというわけではないのですが、
不得意と言ってしまってもいいと思います。
『医師』として魔術を学んできた僕達にとって戦闘は不得意な分野なのです。
基本的に攻撃魔術が使えないことで、
戦闘になってしまったら戦う術がないとも言えます。
もちろん簡単な魔術なら出来なくもないのですが、
戦闘訓練を詰んだ兵士達を相手にどこまで戦えるかは疑問ですね。
そういう部分で不安を感じているのが正直な気持ちでした。
僕と天城さん、そして三倉さんと愛里ちゃん。
あるいは僕と三倉さんで、天城さんと愛里ちゃんの組み合わせだったなら戦闘面でも安心だったかもしれませんが。
1階にアストリア軍が集中していることを考えれば、
天城さんと三倉さんの組み合わせの方が勝率が高いのかもしれません。
僕と愛里ちゃんの組み合わせは戦力的には心許ないのですが、
無理に戦おうとはせずに移動と逃走を基本として行動していれば何とかなると思います。
攻撃は不得意ですが、支援魔術は得意だからです。
仮に警備隊が攻めてきても、
足止めくらいは充分できると思っています。
上手く撃退できればそれが最良ではあるんですけどね。
目的地に向かって歩みを進めながらも、
昨夜の砦での防衛戦を思い出してみました。
あの時、巡回兵達は油断していたうえに小数で行動していました。
だから僕の魔術でも十分に捕縛できていたのです。
ですが、今回はそうもいきません。
戦いを前提に動いている兵士達を相手にして僕と愛里ちゃんの二人がどこまで戦えるのか?
不安は絶えませんね。
…とは言っても。
それでも諦めるわけにはいかないのです。
「戦うしかないですね。」
小さな声で呟いていたために、
僕の声が聞き取れなかったのでしょうか。
愛里ちゃんが不思議そうな表情で僕を見上げていました。
「何か言いました?」
「え?あ…いえ。何でもありません。少し考え事をしていただけです。」
話をはぐらかしてながら、
通路の先に視線を向けてみます。
いつ現れるか分からない警備兵。
戦闘が始まれば誰かが死ぬことになるのです。
生き残る為には兵士達を倒すしかありません。
ですが僕にできるでしょうか?
あまり考えたくはありませんが、
最悪の場合は自分が倒れたとしても愛里ちゃんだけは逃がしたいと思っています。
そんなふうに考える僕の視線の先で、
ドタバタと駆け回る足音が聞こえてきました。
「………。」
足音を聞いて緊張する僕と愛里ちゃん。
足音の人数は決して多くはないように感じますが、
それでも油断出来る状況ではありません。
僕達にできる攻撃手段は限られているからです。
失敗は許されません。
「迎撃の準備を…。」
囁くように指示を出すと、
愛里ちゃんは即座に魔術の詠唱を始めてくれました。
どうやら妨害系の魔術のようですね。
補助魔術の中でも中級程度の魔術なのですが、
狭い通路では有効的な魔術かもしれません。
ただ、ルーンを使えない僕達はどうしても詠唱に時間がかかってしまいます。
無詠唱で魔術を発動出来るだけの実力が僕達にはないからです。
一刻一秒を争う戦闘を考慮していないマールグリナではその必要がありませんでした。
だから僕達には詠唱の時間が必要で、
即座に発動とはいかないのです。
もしも魔術を外してしまえば致命的な隙を生んでしまうことになるでしょう。
それが分かっているので別々の魔術を詠唱しておこうと思います。
どちらかが失敗しても、
もう一人が成功すればいいからです。
「準備はいいですか?」
「はい。」
魔術の詠唱を終えた直後。
ついに僕達の視界に警備兵達が飛び込んできました。
「ここにも侵入者がいるぞっ!」
兵士の一人が叫んだことで、
周囲の仲間が集まり始めています。
その様子を眺めながら僕はもう一度、
愛里ちゃんに指示を出しました。
「ギリギリまで引き付けますよ。」
「はい!」
警備兵達が集結して僕達へと接近してくるのを待つことにします。
そしてお互いの距離がかなり縮まった所で愛里ちゃんが攻撃を開始しました。
「コールド・フィールド!!」
氷系の範囲魔術です。
直接的な攻撃力はあまりありませんが、
愛里ちゃんの放つ魔術によって警備兵達の足元の通路が一瞬で凍り付きました。
「うわっ!?」
「なんだっ!?」
「動けない…!!」
足元が凍りついて動けなくなる警備兵達。
その隙を狙い定めて、
僕も魔術を発動させることにします。
「あまり得意ではないのですが、ファイアー・アロー!!!!」
炎系の中級魔術です。
本来なら幾十もの炎の矢が出現して敵を攻撃する魔術なのですが、
僕の実力では半分の威力もありません。
まともな訓練をしていないので当然といえば当然なのですが、
完全な失敗ではなくて半分でも効果があるだけまだましかもしれませんね。
そんな中途半端な攻撃でも足止めを受けている兵士達を攻撃するには十分のようでした。
…発動できただけでも上出来です。
どう考えても即死級の威力は望めませんが、
重傷と判断できる程度の火傷を負わせることはできたはずです。
「うあああああ!!!!!」
「熱いっ!?」
「ぐああああっ!!!」
多数の炎の矢を受けて崩れ落ちる警備兵達。
それでも僕の実力が足りていないことで死者は出なかったようですね。
個人的な意見としては死者が出ないほうが良いと思うのですが、
研究所からの脱出を考えると敵の数は一人でも少ないほうが良いとも思います。
…だとしたら。
もう一度、攻撃するべきでしょうか?
今ここでトドメを刺したほうが、
安全性は高まると思います。
…ですが。
すでにその必要はないのかもしれませんね。
僕の放った炎によって氷から逃れることには成功しても、
即座に立ち向かう体力のある兵士は一人もいなかったからです。
「ぐうっ…ぅぁぁぁっ…」
「くそっ!体が動かない…!!」
苦痛の悲鳴を上げる警備兵達。
本来なら『魔術医師』として救うべき立場にいるはずの僕と愛里ちゃんによって兵士達が苦しんでいるのです。
「「………。」」
その事実が僕達の心を苦しめています。
「治療を…。」
「いえ…今は無理です。先を急ぎましょう!」
愛里ちゃんの手を掴んで先を急ぐことにします。
敵の治療をして自分達が追い込まれるようでは意味がないからです。
本来なら医師としてあるまじき行為ですが、
今は作戦を成功させることが優先です。
そのためには警備兵を見捨てるという決断が必要なのです。
「僕達の目的は兵器の破壊です。」
今は負傷者を見捨てる覚悟が必要になります。
「救いの手を差し伸べる余裕はありません。」
愛里ちゃんを立ち止まらせないために必死に手を引いたのですが、
すぐには気持ちが切り替えられなかったのでしょう。
兵士達を見つめる愛里ちゃんの表情には、
確かな悲しみが感じられました。




