最優先
《サイド:琴平愛里》
研究所の内部。
女性職員の方々が更衣室を出たあとで、
私達は再び更衣室に潜入しました。
一応、隠れるだけならどこでもいいとは思うのですが。
不用意に移動するよりも誰もいないと判明している場所の方が隠れやすいという理由ですね。
「これでしばらくは誰も来ないと思います。」
推測する徹さんの言葉を信じて、
私達は更衣室に戻ってきました。
次に交代の時間が訪れるのは数時間先のようです。
はっきりとした時間は不明なのですが、
深夜0時が交代の時間だったことを考えると
おそらく朝まで交代はないのではないでしょうか?
その判断によって、
徹さんは更衣室内で白衣を脱ぎ捨てていました。
「もう調査は懲り懲りです。」
随分と疲れているようですね。
ため息を吐く徹さん様子を見た私は、
苦笑しながら声を掛けることにしました。
「お疲れ様です。」
本当にお疲れ様です。
出来ることならしばらく休んでいてもらいたいと思うのですが、
徹さんの無事が確認できたことで朱鷺田さんも話しかけていました。
「ご苦労さまです。今回の調査に関して私は何も出来ませんでしたが、栗原君が無事に戻られて安心しました。」
「いえいえ。朱鷺田さんにはいつも助けていただいてばかりですので、お役に立てて何よりです。」
それぞれに微笑み合って全員が揃う安心感を感じるなかで、
今度は純さんが問い掛けていました。
「それで肝心の『兵器』は見付かったの?」
「それは…はい。」
興味津々という雰囲気で問い掛ける純さんに、
徹さんは真剣な表情を見せていました。
「兵器は地下の実験室にありました。見た目は羅針盤を大きくしたような形なのですが、その大きさは1メートル以上です。職員の目があるのであまり近くまでは接近出来ませんでしたが、実物をこの目で確認してきました。」
…うわぁ~。
やっぱり、あったんですね。
徹さんの報告によって、
室内に緊張感が広がったような気がします。
「やはり、ここで間違いなかったのですね。」
兵器が確認できたことで、
朱鷺田さんが天城さんに視線を向けて問い掛けました。
「それでは兵器の破壊を目的としての『強行突破』で宜しいですね?」
「ああ、そうだな。破壊が最優先だ。」
『最優先』
その言葉には戦死の可能性が含まれているということです。
生きて脱出することよりも、
玉砕覚悟で兵器の破壊を優先する。
それが朱鷺田さんと天城さんの判断でした。
「兵器さえ破壊出来れば、あとは共和国軍に任せても戦争は終結するだろう。」
…どうでしょうか?
確かにそうかもしれませんが、
素直に喜べない作戦だとは思います。
天城さんの言葉からはすでに死を覚悟している意志が感じられるからです。
「アストリアが滅べば俺の目的は達成出来る。だからこそ、この作戦に命を賭ける価値がある。」
命を賭けると宣言した天城さんが、
ここで最後の確認を行いました。
「兵器の在りかが分かった以上。ここから先は俺一人でも任務を遂行出来るはずだ。ここまでそれぞれに努力をしてきたのだからな。ここから先は無理に最後まで付き合う必要はない。生きて共和国に帰るつもりがあるのなら、このまま研究所を脱出しろ。」
………。
撤退を勧めてくれる天城さんでしたが、
その指示には真っ先に徹さんが反論していました。
「いえ!僕は最後までお付き合いします!ここまで来ておきながら全てを押し付けて逃げるようなことはしたくありません!!僕は…いえ、僕も戦います!目的があるのは僕も同じです!マールグリナを守る為に!妹を守る為に!兵器の破壊に協力させてください!!」
逃げないと決めた徹さんに続いて、
朱鷺田さんも心の内を明かしました。
「正直に言えば生きて帰りたいと思う気持ちはあります。ですが、かつて果たせなかった目的を…5年前に仲間達と交わした約束を果たすのは今だと思っています。ですからここで下りるつもりはありません。」
かつて王都の潜入作戦に失敗した朱鷺田さんは、
今でも過去を悔やんでいる様子です。
多くの仲間を失った苦しみと悲しみは、
5年が過ぎた今でも決して薄れることがないようでした。
「戦争を終結させる為に、私は最期まで戦います!」
はっきりと告げる朱鷺田さんの言葉のあとに、
純さんも想いを打ち明けてくれました。
「…私はね。戦争とか、国とか、平和とか、そんな難しいことは言えないけどね。だけど、一つだけ叶えたい目的があるの。」
誰かの為ではなくて、
個人的な目的があるそうです。
「私には兄がいたんだけどね。かつてこの王都に潜入して行方不明になってしまったの…。もう5年も前のことだから正直、生きているとは思っていないわ。…でもね。だからこそ私は私に出来ることをやっておきたいのよ。兄の命を奪ったアストリアを許すことは出来ないから。だから私はアストリアに復讐するって決めたのよ。アストリアに一矢報いることが出来るなら、命なんて惜しくはないわ!」
お兄さんを殺されたことでアストリアに復讐すると…精一杯の気持ちを言葉にしていました。
純さんの想いも。
お兄さんの存在も。
朱鷺田さん以外は誰も知らなかった事実です。
ですが純さんの想いを聞いてしまった私は泣いてしまいそうになりました。
「純さん…。」
「…いいの。気にしないで。」
家族を失っていた事実を知って同情する私に笑顔を向けてくれたんです。
「これが本当の私なのよ…。だから、言ったでしょ?私なんて尊敬する価値はないの。」
尊敬する価値がないと言って自虐的に微笑む純さんですが、
そんなことはないと思います。
淋しすぎる微笑みを見た私は、
必死に純さんに抱き着きました。
「そんなことはないです!純さんはとっても素敵な人です!!私は…私は何も知りませんけど、それでも純さんが好きなんです!その気持ちは変わりません!」
復讐とか。
憎しみとか。
そういう気持ちがあるというだけで純さんのことが嫌いになったりはしません。
…いえ、嫌いになれるわけがありません。
例え心の中がどうであったとしても、
純さんが私に向けてくれた優しさは何も変わらないからです。
だから私の想いも何も変わりません。
「純さんはとても素敵な方です!私はそう思っています!」
必死に叫んで、
全力で純さんの体を抱きしめました。
だから…でしょうか?
私の頭を優しく撫でてくれました。
「愛里ちゃんは優しい子ね。愛里ちゃんと出会えて本当に良かったって思うわ。」
とても優しく囁いてから、
純さんは私の体を引き離しました。
「…逃げなさい、愛里ちゃん。あなたまで命を賭ける必要はないわ。今ならまだ間に合うから、今すぐ王都から逃げなさい。」
…ぃ、嫌です!!
私を説得しようとしてくれる純さんですが、
その言葉はすぐに拒絶しました。
「私一人だけ置いていくようなことはしないでくださいっ!私も皆さんと一緒に戦いたいんです!足手まといなのは自分でも分かってます!それでも…それでも私も守りたいんです!皆さんと一緒に戦いたいんです!!」
必死に想いを伝えました。
もちろん国の為ではありません。
誰かの為でもありませんし。
復讐の為でもありません。
私はただみんなと一緒に戦うことを願いました。
「私も連れて行ってください…。お願いします。」
「………。」
泣き崩れて座り込んでしまった私を見ていた純さんは、
どう答えるかで悩んでいる様子でした。




