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THE WORLD  作者: SEASONS
4月18日
855/1200

自らの正義

《サイド:鞍馬宗久》



…現状に変化は無しか。



美由紀達を見送ってから随分と時間が経ったが、

いまだに敵が動き出す気配はない。



砦の内部にある司令塔を包囲してからすでに数時間。



午前0時を回った現在の状況は、

両軍共に攻撃の機会を窺っている状態だ。



「どうやら向こうは本格的に籠城ろうじょう作戦を行うつもりのようだな。」



おそらくは王都か近隣の町から援軍が到着するのを待つつもりなのだろう。



それらを警戒して足止めするために美由紀達が先行しているわけだが、

複数の方面から接近された場合に全てを足止めすることは不可能だからな。



少なからず援軍が到着してしまうのはどうあがいても避けられん。



そうなってしまう前に司令塔を制圧できれば良いのだが、

アストリア軍が何を企んでいるのかが分からない状況で迂闊うかつに攻め込むのも危険に思えてしまう。



もしも罠にはまって戦力を減らしてしまえば今後の戦いに大きな影響が出るだろう。



共和国の戦力には限りがあるのだ。


出来る限り安全策を選ぶ必要がある。



「現状で考えられる最善策はアストリア軍の士気を低下させて降伏を迫ることだが、そうそう上手くはいかんだろうな。」



敗北を受け入れる気があるのなら、

死を前提とした無謀な特攻作戦など実行しなかったはずだ。



『一人一殺』などという互いの戦力を削り合う作戦を迷わず選んだアストリアの覚悟を考えれば降伏勧告は間違いなく成立しない。



そのせいで戦う以外の道が存在しないわけだが、

それでも今後の戦略の一つとしてアストリア軍を捕虜として捕らえる必要はある。



力ずくで強引に制圧するわけにはいかないというのが実情だな。



「せめて向こうに動きがあれば、こちらも対応を考えることができるのだが…。」



現時点では敵の気が緩むのを待つくらいしか手立てがない。



殲滅せんめつ目的であれば強引に攻めればそれで終わりだが、

あくまでも捕虜を得るのが目的だからな。



「もう少し様子を見るしかないだろう。」



アストリア軍の動きを警戒して様子を見る。



そうしてなんらかの動きが見えた瞬間に対応策を考えるつもりでいたのだが、

すぐ側に控える常磐沙織も同じように司令塔をじっと見つめていた。



…色々と思うことがある様子だな。



「出来れば、このまま戦争が終われば良いと思うのは…私だけなのでしょうか?」



…このまま、か。


…どうだろうな。



終戦自体は望むべき出来事だが、

このままというわけにはいかんだろう。



すでに両軍共に数多くの犠牲を出しているのだ。



ここでうやむやにして終わらせるというのはさすがに難しい。



「残念だがそれは無理だ。戦争という最後の手段に出たアストリアにはそれ相応の責任をとってもらわなければならん。このまま何もなかったことに出来るほど簡単な話ではないからな。」


「…ですが、すでに追い詰められている状況で命を賭けてまで争い続ける意味があるのですか?こちらが退けないとしても、向こうはまだ降伏を宣言できるはずです。」



…降伏か。



それも難しい問題としか思えんな。



そもそも向こうは死を前提とした作戦を立てているのだ。



降伏など、全滅しても有り得ない。



…それに、な。



常盤沙織の疑問は理解できなくもないが、

それは何も知らないから言える言葉なのだ。



多くの民を巻き込み。



多くの命を犠牲にしてまで戦う道を選んだアストリアに降伏を願うのは優しさではなく傲慢ごうまんでしかない。



命をかける必要がないと思えるのはこちらが優勢であり、

命を奪える立場にいるからこそ言える言葉だ。



…降伏を願う時点で、それはもう強者の発言なのだ。



苦境に立たされている者達にとって、

降伏を選ぶのは魂を売る行為に他ならない。



だからこそ。


アストリア側は死を覚悟の上で戦う道を選んでいるのだ。



負けそうになったからといって、

敗北を宣言できるものではないだろう。



「一応聞くが…本当に降伏したほうが良いと思うのか?」



すでに多くの仲間が倒れているのに。



「多くの死から目をそらして、自らが生き残る道を選べると思うのか?」



もしもその結果を受け入れられるのであれば、

そもそも戦争など起こしはしなかっただろう。



「ですが、それは…」


「きみの言い分はワシにも分かる。」



だが、な。



「こちらに限らず、向こうにも退けない理由があるのだ。」



互いに数万もの犠牲を出してまで争う理由。



それが理解出来ないとしても、

この戦いはもう絶対に止まらないのだ。



「互いに言い分が在るのだ。どちらが正しいのかは戦争に勝った国が決めれば良い。」



負けた国は全てを失い。


勝った国は正義を語れる。



戦争とはそういうものだ。



「そしてアストリアは『自らの正義』を示そうとしている。だから、この戦争は決して止まりはしないのだ。この戦争は起こるべくして起きた争いなのだからな。」


「………。」



決して止まらないと宣言したことで、

常磐沙織は新たな疑問を感じたようだ。



「つまり…鞍馬様は全てを知っているということですか?アストリア王国が戦争をやめられない理由も…。」



…全て、か。



それはどうだろうな?



「知っているのかもしれんし、何も知らんのかもしれん。少なくともアストリアが抱える苦しみの全てを知っているとは言い切れんからな。」



アストリア王国の苦しみ。


それはその国に住まうものにしか理解できないことだ。



話を聞いて知っているだけの者と、

実際に経験した者達では全く同じ感情ではないからな。



彼らの苦しみは彼らにしか分からない。



それが現実なのだ。



「共和国が魔術師の保護を大義名分として掲げているように、アストリア王国にも揺らぐことのない信念がある。だからこそ戦い続ける理由があるのだ。」


「争うだけの理由が…そこにはあるのですか?」



…ああ、そうだ。



理由など幾らでもある。



それらを理解できるかどうかは別問題だがな。



「今はまだ理解できないかもしれん。」



だが、それでも。



「これだけは分かっていて欲しい。彼らは決して間違ってなどおらんということを…だ。」



もちろんこちらも正しい行いをしているつもりだ。


一方的に断罪されるいわれはない。



…だがそれでも、だ。



どちらの意見も間違ってはいないのだ。



どちらも平等に正しく。


どちらも平等に問題を抱えているのだからな。



「だからこそ互いの意見が交わることはなく、両国の意見は平行線を続けていて、今も対立を続けているのだ。」



遠回しな表現になってしまうが、

今はその程度しか伝えることができない。



…全てを語ることはできないからな。



もしも全てを話してしまえば、

間違いなく共和国軍の士気は低下して、

この戦いは絶対に勝てなくなってしまうだろう。



もしもここにいるアストリア軍が正規軍であったなら全てを話すことも出来たと思う。



だが、ここにいるアストリア軍はあくまでも一般人なのだ。



その意味を知ってしまえば、

おそらく多くの魔術師達が戦うことの意味を見失ってしまうだろう。



「理由を求めるのは勝手だが、理解しようとは思わないことだ。それは自らの存在を否定する行為に等しいのだからな。」


「私には分かりません。私達の力は…魔術という力は…存在してはいけない力なのですか?」



…存在の意義か。



それこそ不毛な考えでしかない。



「それは分からん。」



何故、魔術が存在して。


何故、我々はその力を使うことが出来るのか?



それは誰にも分からんのだ。



「分かっているのは、その力を使える者と使えない者がいる。その事実だけだ。」



何故、魔力を持つ者と持たない者がいるのか?



その問いかけに答えられるのはそれこそ神だけだろう。



…もっとも。



そんな都合のいい存在がいるかどうかは知らないがな。



「魔術さえも持って生まれた才能の一つと思うか…。それとも人にあらざる異能の力と思うか…。それは人それぞれだ。」



だからこそ重要なのは、

その力を認められるかどうか?ということだけだ。



「神に等しい力を人の身で扱うことを許容できるかどうか?そこが問題なのだ。」


「それは魔術を使えない人達にとって…ですよね?」



ああ、そうだ。



「きみならどう思う?」



もしも魔術が使えなかったする。


そして目の前に魔術師がいたとする。



「もしも目の前にいる魔術師が協力的でなかったとしたら?あるいは敵対関係にあるとしたら?それでもきみは虐げられる弱者として、大人しく降伏を受け入れるのか?」


「そ、それは…っ。」


「出来るはずがない。人としての尊厳そんげんを捨てて強者にひれ伏すだけの人生など選べるはずがない。それが現在のこの状況なのだ。」


「………。」



はっきりとは答えはしないものの。


『戦争の理由』を説明したことで常磐沙織は何かを感じたのだろう。



真剣な眼差しで、

再び司令塔に視線を向けていた。



「例え戦争の結末が確定していたとしても…。退けない理由があるのですね?」


「ああ、そうだ。」



まだアストリア軍は2万程度の兵力を有している。



その戦力は決して弱小ではない。


まともにぶつかり合えば互いに相当な数の犠牲者が出るだろう。



共和国にとっては頭の痛い問題だ。



だが、それでいいのだ。


アストリア軍にとっては全滅の危機さえ想定済みのはずだからな。



…いや。



正確に言うなら全滅を前提とした消耗戦を考慮していると判断すべきだろう。



最期まで戦い抜く覚悟を決めるアストリア軍が降伏を宣言することは絶対にない。



「私は…その理由が知りたいです。」



ここまで説明しても、

やはり理由を求める気持ちは変わらないようだ。



ならば…と思う気持ちはあるが。


すぐに考えを振り払って説明を放棄した。



「いずれ分かることだ。」



例え知りたくなくとも、

この戦いの果てに答えは待っているのだからな。



知らなければ良かったと思える現実が、

この戦いの先にはあるのだ。



「最後の門を越えた時…。この場の争いには決着がつくだろう。」



もはやこちらの敗北は考えられん。


この砦での戦いは間違いなく我等が勝つ。



「だからこそ、最後まで戦いを見届けて自らの目で確かめることだ。その疑問に対する『答え』をな。」


「…はい。必ず最後まで見届けたいと思います。その為に…真実を知るために、私はここに残ったのですから。」



どうやら迷いはないようだな。



覚悟を決める横顔を眺めてから、

ワシも司令塔に視線を戻した。



話し合いはもう終わりだ。



この砦での最後の戦いが…ついに始まる。



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