戦場の定め
《サイド:鞍馬宗久》
…ふむ。
そろそろ頃合いだろうか?
四方の各地で戦局に変化がある中で、
北部の戦いは凄惨さを増していく。
一騎打ちを続けるワシと国守鏡吾との攻防戦は、
一晩中どころか朝まで続いていたのだが。
戦況そのものは共和国の優勢に傾いて、
アストリア軍の死者が続々と増えている状況になる。
「まもなくアストリア軍は全滅するな。」
「く…っ!」
国守が焦りをあらわにしているが、
それでもワシを倒さない限り仲間の救出に向かうことはできない。
「周りが気になるか?」
「ちぃっ!」
国守の集中力が乱れ始めている。
どうやら一騎打ちによる足止めが功をそうしているようだ。
「焦れば焦るほど劣勢になるというものだ。」
「言われずとも分かっている!!」
そうは言いながらも槍捌きに先程までの精彩さが感じられない。
実際にアストリア軍を全滅させてしまった場合は手に負えなくなるかもしれないが、
自軍の劣勢を認識できる状況を維持させることで上手く足止めができている。
「…あと少しだな。」
「そうはさせんっ!」
「いや…もはや手遅れだ。」
互いに槍を振り回し。
刃をぶつけ合いながら体力を削り合う。
繰り返される激突音が戦場に響くごとに集中力が研ぎ澄まされて、
周辺での戦いが意識の外へと外れていく。
ただただ純粋に目の前の敵に意識が傾き。
味方の部隊に対して指揮を執る余裕さえもなくなっていく。
ワシも、国守もそうだが。
この状況は指揮官として大いに問題があるだろう。
指揮のとれない指揮官など飾りにすらならないからな。
各部隊には優秀な部隊長がいるとは言え。
部下に判断を丸投げするようでは話にならない。
指揮官はあくまでも部隊を指揮することに全力を注がなければならないのだ。
それが分かっていながらも、
部隊の指揮を後回しにして国守との死闘を演じている。
それは何故か?
理由は幾つかある。
その中で最も大きな理由を挙げるとするなら、
それは戦意の向上になるだろう。
鼓舞といってもいい。
最も恐るべき国守がワシの存在によって封殺されているのだ。
指揮官の不在は部隊の動きに大きな影響を与える。
それは共和国軍だけではなく、
アストリア軍にも言えることだからな。
アストリア国内において最強と称される男が、
たった一人の老人を相手に足止めを受けているのだ。
その事実がアストリア軍の志気を低下させて共和国軍の志気を向上させている。
そしてその結果として足止めを受けている国守の周辺では次々とアストリア軍が倒れていく。
「国守…様ぁ…っ!」
苦痛を感じて表情を歪め、
涙を流しながら倒れる兵士達。
「くっ!!」
それを見て唇を噛み締めるだけの国守。
助けにいけない歯痒さを感じながら、
国守はワシと戦い続けるしかない状況だ。
次々と倒れるアストリア軍のほとんどは戦いを知らない一般人のはず。
僅かな正規軍が共和国軍を押し返そうと努力しているが、
守りきれなかった人々が次々と倒れてしまっている。
国守が動けないというだけで、
アストリア軍の動きは明らかな混乱状態に陥っているのだ。
もちろん倒れているのはアストリア軍だけではない。
国守同様にワシも足止めを受けているのだからな。
仲間達の救援に向かうことも、
部隊の動きを把握して指揮を執ることさえできずにいる。
「うぁぁぁっ!!?」
決死の反撃を受けて倒れる魔術師達。
相打ち覚悟で突撃を試みるアストリア軍の兵士達の攻撃を受けた共和国軍も徐々にその数を減らしている。
さらに魔力を使い果たして攻撃の術を失った魔術師も多く。
共和国軍とアストリア軍。
両軍の戦力は時間の経過と共にその数を減らしている。
「互いに引けぬ状況だな。」
再び話しかけてみたことで、
国守が苦々しげな表情を見せた。
「こうなることが分かっていても、やはり辛いものだな…。」
…分かっていても、だと?
今の国守の言葉には何か引っ掛かるものがあった。
…どういう意味だ?
「何か隠しているな?」
問いかけてみるが、国守は答えない。
それでも仲間の死を悔やむ表情はワシも同じだ。
一体どれ程の魔術師が倒れたのか?
共和国において優秀な戦力を集めたにも関わらず。
その数は減少していく一方だ。
もしもこの状況でアストリアの本隊が動き出したとしたら?
もはや共和国軍に抵抗する力は残っていないだろう。
敵の増援は共和国軍の全滅を意味することになる。
だからこそ。
早急に砦を制圧して戦力を立て直さなければならないのだ。
「そろそろ良いだろう…。」
呟きながら槍を構えて、国守に宣言する。
「遊びはここまでだ。」
「………。」
ワシの言葉に何かを感じ取ったのだろうか。
国守も槍を構えながら、
慌てて全軍に指示を出した。
「全軍撤退!!!本陣へ後退しろーーーー!!!」
退却命令か。
悪くない判断だ。
…だが、言ったはずだ。
すでに手遅れだとな。
ワシの目的は雑兵の掃討ではない。
存在そのものが士気に影響を及ぼすほどの男。
国守鏡吾の首だ。
国守の指揮の下で全てのアストリア軍が敗走を始めるが、
今はまだ追撃を行うつもりはない。
アストリア軍の殲滅よりも目の前の男を始末することのほうが遥かに重要だからだ。
次々と逃げ出すアストリア軍の様子を無視して真っ直ぐに国守と向かい合う。
どうやら国守に逃げる意志はないようだな。
おそらく自らを盾として撤退の時間を稼ぐつもりなのだろう。
「最後まで残るつもりか?」
最初から逃げ出さないだろうとは思っていたが確認のために尋ねてみる。
「兵を残しても指揮官が倒れては意味があるまい?」
「意味ならばある!将が真っ先に逃げるなど出来るはずがない!失った仲間達の為に、俺は戦い続けると決めたのだ!!」
一気に踏み込む国守。
その攻撃はまさに破壊の一撃。
鋼の槍の重量を最大限に利用した大振りの一撃だ。
この一撃はさすがのワシでも受け止められる勢いではないな。
まともに受ければ、
防御した槍ごと体を叩き潰されてしまうだろう。
「死を恐れぬ心意気だけは認めてやろう!」
国守の覚悟を見届けて、
ワシも槍を薙ぎ払う。
「ブレイク!!!!」
魔力を込めて振り回す一撃。
物理的な現象を越えた魔術という力によって国守の槍は『崩壊』することになる。
二つに折れて粉々に砕け散る鋼の槍。
武器を破壊された国守は驚愕をあらわにしながら動きを止めてしまっていた。
「…な…っ!?」
ワシの一撃によって二つに砕けた鋼の槍は、
折れた場所からボロボロと崩れていく。
魔術という名の『理不尽』な力によって失われる武器。
槍をなくした国守は、
戦意を失ってその場に崩れ落ちた。
「もはや…ここまでか…。」
…そうなるな。
死を覚悟した国守に刃を向ける。
ここが戦場でなければ見逃してやりたいとは思うが、
今は殺し合いの戦争を行っているのだ。
敵の幹部を見逃すことはできない。
「死なせるには惜しいが、これが戦争だ。」
アストリア軍の志気を低下させるために国守を殺そうと決めたのだが、
死を目前にした国守は冷静な態度でワシに視線を向けてきた。
「最後に一つだけ聞きたい。」
「…何だ?」
「何故、最初からその魔術を使わなかった?最初からそうしていれば、もっと早くに決着が着いていたはずだ。」
…決着、か。
確かにそうかもしれないな。
だが、絶対にそうとは言い切れない。
切り札は最後まで隠しておくから切り札なのだ。
序盤から切り札を見せて、
手の内を明かす意味はあるだろうか?
上手くいけば数秒で国守を無力化できただろう。
だが、もしも失敗していたら?
同じ手が何度も通用するとは思えない。
場合によってはワシの予測を上回る攻撃で反撃を受けていたかもしれない。
確実に勝つためには、
ここぞという瞬間まで切り札を温存するのが戦術というものだ。
だからこそ。
国守が焦りを見せて全力で踏み込んでくるまで防御に徹していたのだ。
「どれほどの威力を秘めた攻撃でも当たらなければ意味がない。だからこそ、お前が不可避の範囲まで踏み込むのを待っていた。ただそれだけのことだ。」
「…ふっ。その結果として俺はお前の射程範囲に誘い込まれたということか。」
「そういうことだ。だが、もしかすると別の理由もあったかもしれんな。」
「…どういう意味だ?」
「いや…深い意味はない。」
ただ、昔の自分を見ているようでな。
「死なせるには惜しいと思ったまでのことだ。」
もっと別の出会い方をしていれば、
酒を酌み交わすことも出来ただろう。
「だがこれも戦場の定め。敵軍の将を生かして逃がすわけにはいかん。」
会話を打ち切り。
国守に最期を告げる。
「残念だが、これで別れだ。」
国守の首を狙って槍を振るう最後の一瞬。
その別れの間際において、
国守は微笑みを浮かべていた。
「良い戦いだった。悔いはない。」
それが最後の言葉か。
まさしく誇り高き戦士の生き様だな。
ワシを恨むことなく、
笑顔を残した国守の体を槍が切り裂く。
地面に落ちる国守の首。
頭部を失った体からは血の池が広がって、
ワシの足元まで赤く染めていく。
「悔いはない…か。ワシもそう在りたいものだな。」
猛将、国守鏡吾は最後まで正々堂々と戦い。
戦争の中でその生涯を終えた。




