一心不乱
《サイド:常盤沙織》
そろそろ午後9時頃でしょうか。
食糧の配給を受けた私達は馬車の側に集まって全員分の食糧を囲んで座っています。
理事長は国境警備隊の幹部の方々との話し合いのために離れた場所に移動していますが、
私達は7人全員で集まって食事をすることにしました。
…ですが。
これから始まる『戦争』という名の戦いを前にして不安と緊張感が高まってしまいます。
そのせいで。
あまり食欲がないというのが正直な気持ちでした。
そしてそれは私だけではなくて、
他のみんなも同じだったと思います。
ただ静かに食糧を眺めているからです。
率先して手を伸ばそうとする人はいませんでした。
…ただ一人を除いては、ですけどね。
やっぱり北条君だけは違います。
「やっと飯だーーーーっ!!」
どんな状況であっても嬉しそうに叫ぶ北条君は猛烈な勢いで食事を始めました。
「腹が減りすぎて、戦争の前に餓死して死ぬところだったぜ!」
…え〜っと。
…えぇ〜っと?
さすがにそれはない…と思いますけど?
それでも気持ちだけなら…なんとなく分かります。
今日の朝に食事をとって以来。
およそ12時間ぶりの食事だからです。
お昼も夜も食べる時間がありませんでしたので、
空腹を感じているのはみんな同じだと思います。
…同じですけど。
気持ち的に食欲はありません。
だから何も食べなくても良いとさえ思っているのですが。
北条君だけは大喜びで配給された食糧に手を伸ばしていました。
「戦争が、終わるまで、次は、いつ、食えるか、分からねえんだ。今の、うちに、しっかり、食っとか、ねえとな!」
言葉をとぎらせながらガツガツと口に物を詰め込む食べっぷりは誰もが呆れるほど激しい勢いです。
もうすでに自分の分だけではなくて、
龍馬や翔子達の分まで食べ尽くす勢いでした。
「…これじゃあ、全然足りないっぽい?」
「ふふっ。そうかもしれないわね。」
北条君を眺めながら呟く翔子に苦笑しながら、
私は静かに立ち上がりました。
北条君の食糧を分けてもらうためです。
あまりご迷惑をおかけしたくはないのですが、
周囲を走り回っている兵士さん達に声を掛けることにしました。
「あの…お忙しいところ申し訳ありません。もう少し食糧を分けていただきたいのですけど…。お願い出来ないでしょうか?」
できる限り丁寧な態度を心掛けて頼んでみました。
この行動が正しかったのかどうかは分かりませんが、
兵士さんは嫌そうな顔を見せずに笑顔で応対してくれました。
「ええ、良いですよ。そちらにお持ちいたします。」
私達の人数を確認した兵士さんは、
配給所に戻ってから両手一杯の食糧を抱えて私達の側まで運んでくれました。
「もしも足りなければ、また呼んでください。」
「あ、はい。ありがとうございます。」
…本当にありがたいですね。
足りなければまだいただけるそうです。
…ただ、もしかすると。
社交辞令という可能性もありますけれど。
それでもあと1回くらいなら、
お願いしても断られることはないような気がします。
…一応、最後の晩餐なのですから。
怒られることはないはずです。
…たぶん。
…きっと。
…そのはず。
…ですよね?
食料を届けてくれた兵士さんは、
笑顔のまま私達から離れていきました。
その直後に北条君が動き出します。
「よっしゃー!!まだまだ食うぜっ!!!」
追加していただいた食糧を目の前にして食欲を暴走させる北条君は、
やっぱり先ほどの量だけでは物足りなかった様子ですね。
手を止めることもなく追加の食糧までも食べ尽くす勢いです。
幸せ一杯の笑顔を浮かべながら、
とにかく全力で食事を続けています。
…だから、でしょうね。
「…うわああああ。底無しにも程があるわよね~?」
翔子は心の底から呆れている様子でした。
…ですが。
北条君は翔子の呟きを気にする様子は一切ありません。
周りを気にせずに『一心不乱』に食べ続けています。
そんな北条君の止まらない食欲を見たからでしょうか?
今度は龍馬が苦笑いを浮かべながら立ち上がりました。
「…もう少し追加したほうが良さそうだね。もうすでになくなりそうな勢いだから、僕達の分も貰ってきた方が良いかな?」
追加していただいたばかりの食料がすでに半分近くまで減ってしまっているからです。
…さすがに早すぎますね。
大食いと言うよりも、
早食いになってしまっています。
そのせいで龍馬は配給所へと向かっていきました。
…ただ。
さすがに何度も兵士さんに頼むのは気が引けると思ったのでしょうか。
自分で運ぼうとする龍馬ですが、
どう考えても一度往復した程度ではきっと足りません。
ですので。
龍馬は北条君の分を確保してから戻ってきて、
再び配給所に向かって全員分の食糧を受けとってから往復を終えました。
…それなのに。
2度目の往復を終えた時にはすでに、
北条君の食糧はなくなりかけているように思えます。
…こうなると。
さすがの龍馬も呆れている様子でした。
「…いや、さすがにこれは…いつもより早くないか?」
「んあ?そうか?」
全く止まる様子のない北条君は、
パンやお肉を両手いっぱいに抱えながら答えていました。
「…今日の分と、これからの、分を…食い貯め、しとかねえと。あとで、腹が減るだろ?」
手の勢いを止めずに答える北条君ですが、
すでに普段の倍は食べているはずです。
…それなのに。
それでもまだまだ足りないそうです。
「………。もう一度行ってくるよ。」
再び配給所に向かおうとする龍馬でしたが、
さすがに一人では大変だと思いますので私と優奈ちゃんも立ち上がりました。
「私も手伝うわ。」
「わ、私も行きます…!」
3人で向かう配給所。
何度も訪れる龍馬を見てさすがに不審に思ったのでしょうか?
「………。」
配給所に近付くだけで冷たい目を向けられてしまいました。
さすがに限度を超えてしまったのでしょうか?
怒られるのも仕方がないとは思うのですが、
何度も食糧を下さいとは言いにくい状況の中でも優奈ちゃんが果敢に前に出てくれました。
「あ、あの…すみません…っ。もう少しだけ、欲しいんですけど。…ダメ、ですか?」
涙目での訴えです。
ですがこれは悲しい涙ではなくて、
恥ずかしさで半泣きになっているような気がします。
「………。」
申し訳なさ一杯の涙目で頼み込む優奈ちゃんの表情を見てしまったからでしょうか。
今回も嫌とは言えなかったみたいですね。
兵士さんは控えめに食糧を用意してくれました。
「…どうぞ…。」
何かを言いたそうにしながらも、
文句を言わずに用意してくれたんです。
「あ、ありがとうございます♪」
「………。」
感謝一杯の気持ちで微笑む優奈ちゃんの無邪気な表情を見た兵士さんは、
何かを言いたそうな雰囲気で優奈ちゃんの後ろにいる私と龍馬に視線を向けました。
「…一応、確認させていただきますが、本当に食べてるんですか?」
「「………。」」
問い掛けてきた兵士さんに、
私達は苦笑するしかありません。
『たった一人で食べている』とは言えなかったからです。
「…すみません。今日一日、ほとんど何も食べていなかったので…。」
そんなふうに答える龍馬に同情したのでしょうか?
兵士さんは更に多くの食糧を用意してくれました。
「あまりこういうことは言いたくありませんが…。配給出来る食糧には限りがありますので、出来ればこれで最後にして下さい。」
…あぁぁ。
やっぱり言われてしまいましたね。
最初から予想はしていましたけれど。
何度もお願いするのはさすがに問題がありそうです。
ですので。
私達は精一杯のお礼を伝えておくことにしました。
「ありがとうございます。」
「何度も無理を言ってすみません。」
しっかりと頭を下げて感謝の気持ちを伝えました。
そうして私と龍馬も食糧を受けとったことで、
優奈ちゃんと3人でみんなの所に戻リました。
…ですが。
状況は悪化するばかりですね。
何故かすでに全ての食料が完食されていたからです。
「…あわわわ~!?」
驚く優奈ちゃんの気持ちは理解できます。
「あらあら…。」
私もちょっぴり困ってしまいました。
「…うーん…。」
言葉に悩む龍馬も完全に呆れていますね。
食料の『完食』は、
もう一人の人物によって行われていたからです。
…忘れていたけれど、もう一人いたのね。
底無しの食欲を持つ人物がもう一人いたのです。
北条君に匹敵する食欲の武藤君が参加してしまったせいで、
全ての食糧が食べ尽くされてしまったそうです。
…ですが。
それでもまだまだ。
武藤君の表情は物足りないように見えます。
「…どうだろう?もう一度行ったら分けてもらえるかな?」
呟く龍馬に私と優奈ちゃんは苦笑するしかありません。
「さすがにこれ以上はちょっと…ね?」
「もう無理じゃないですか…?」
私達3人で抱えている食糧は相当な量があります。
ですが北条君だけではなくて、
武藤君まで大食いとなると全然足りる気がしません。
「…ったく、もう!しょうがないわね〜。」
愚痴を言いながらも立ち上がった翔子が配給所に向かってくれるようです。
「せっかくだから龍馬も沙織も食べておいた方がいいわよ?とりあえず、足りない分は私が貰って来るからゆっくりしてて。」
「…………………本当に行くの?」
「行かなくても良いなら行かないけど?」
「………。」
行かなくても良いとは言えませんね。
どう見ても足りるとは思えません。
…もうすでに50人分くらいは貰ったはずなのに。
そのほぼ9割が、たった二人の胃袋に収まってしまったんです。
「…私も行ったほうが良いかしら?」
「大丈夫だから任せて!」
翔子は物怖じする様子を見せずに配給所に向かってしまいました。
そんな翔子を見送ったあとで。
龍馬は北条君に。
私は武藤君に食糧を差し出しました。
そして優奈ちゃんの運んだ分をみんなで分けることにしたのです。




