鞍馬宗久
《サイド:米倉美由紀》
現在の時刻は大体、午後8時30分頃かしら?
私の走らせる馬車が無事に目的の場所へとたどり着いたわ。
ここはファンテリナ魔導共和国とアストリア王国の国境付近にある国境警備隊の砦よ。
この砦の先には国を隔てる広大な樹海が広がっているんだけどね。
ここからまっすぐ北に向かえば問題のアストリアの砦があるはずなの。
…もうすでに天城君は脱出したあとみたいだけどね。
出来れば王都まで援軍を送りたいところだけど。
この先にあるアストリアの砦を無視して進むことはできないわ。
面倒だし、焦る気持ちはあるけれど。
まずは敵の砦を落とさなければ、
その先にあるアストリア国内に進軍出来ないのよ。
そのために。
国境警備隊の砦に訪れたわけだけど。
すでに多くの魔術師達の姿が見えるわね。
あまり大きくはない拠点だけど。
それでも現在は3万5千人もの魔術師が集結しているはずなのよ。
陽が沈んで焚かれている篝火。
砦とその周囲に集まる魔術師達からは、
緊迫した雰囲気が漂っているわ。
「…さすがに空気が重いわね。」
戦場は目と鼻の先なんだからピリピリするのは当然よ。
あと数時間もすれば本格的な戦争が始まってしまうから。
緊張するなというほうが無理があるわよね。
そんなことを考えながら砦の内部に馬車を進めて、
広場の一角でゆっくりと馬車を停止させたわ。
「着いたわよ〜。」
みんなに到着を知らせた直後に。
「ついに来たか!!」
私の到着を知った警備隊の幹部が出迎えに来てくれたのよ。
「待っていたぞ!」
真っ先に駆け付けたのは国境警備隊の総司令官である鞍馬宗久さん。
…だけど。
どちらかと言えば、
元代表と呼んだ方が良いんじゃないかしら?
引退してかなりの年月になるけれど。
初代共和国代表だった人物なのよ。
私からすれば大先輩になるわ。
すでに60歳を越えているとは思えないくらいがっしりとした体つきで、
とても魔術師とは思えない筋肉質な体は威圧感が半端じゃないわね。
こうして向き合うだけでも自然と緊張してしまうくらいの威厳を感じるのよ。
2代目を新藤兼成さんに。
3代目を父さんに任せたとは言え。
こうして現役で最前線に立つ鞍馬元代表は畏怖すべき存在だと思うわ。
私にとって頭の上がらない数少ない人物でもあるのよ。
「お久しぶりです。」
馬車を下りて一礼する私に鞍馬元代表も頭を下げてくれたわ。
「…いやいや、堅苦しい挨拶はやめておこう。今は美由紀がこの国の代表なのだ。ワシに気を遣わずに堂々と構えておれば良い。」
「はい。ありがとうございます。」
「うむ。だが、そんなことよりも確かに久し振りだな。以前にあったのは…」
「1年程前です。」
「そうそう。宗一郎の次の後継者を決める投票の時以来か。元気にしておったか?」
「はい。おかげさまで健康そのものです。」
「うむ。健康がなによりだ。」
挨拶を終えた鞍馬元代表が大きな声で笑い出す。
いつ見ても豪快という言葉がよく当てはまる人物だと思うわ。
楽しそうに笑う鞍馬を見ているだけで自然と微笑んでしまうのよ。
…貫禄が私とは桁違いよね。
でもまあ、ここで落ち込んでいても仕方がないし。
馬車に視線を向けてから、
中で様子を見ている御堂君達を呼び掛けることにしたわ。
「みんなも降りてきて良いわよ~。」
私の指示を聞いて次々と馬車を降り始める御堂君達。
最初に御堂君が降りて。
沙織、北条君、翔子。
深海さん、近藤さん、武藤君の順番に。
7人の生徒が馬車を降りて、
私の側へと歩み寄ってくれたわ。
素直に集まってくれた生徒達を眺めてから、
改めて鞍馬元代表に振り返る。
「紹介しておきます。この子達は全員ジェノス魔導学園の生徒です。幾つか事情がありまして今回の作戦に同行させました。」
「うむ。理由はともかく、来ることは事前に聞いておったから問題はない。報告よりも増えているようだが…まあいいだろう。予備も含めて例の物は用意してあるからな。人数分には足りるはずだ。」
御堂君達の人数を確認した鞍馬元代表が、
側に控える兵士に指示を出したわ。
「例の物を持ってきてくれ。」
「はっ!かしこまりました!!」
即座に反応する兵士は、
どこかに向かって走って行ったわ。
…まあ、荷物を取りに行ったみたいだから。
しばらくしたらまたここに戻ってくるでしょうけどね。
その間にも砦を管理する幹部達が次々と私に挨拶に来てくれたのよ。
「ご苦労様です!」
直立不動の姿勢で挨拶をしてくれたのは岸本克也よ。
この砦を管理する司令官であり。
アストリア方面の国境警備隊の責任者でもあるわ。
序列で言うと総司令官に次ぐ第2位で、
鞍馬元代表の直属の部下ということになるわね。
ただ、ミッドガルム方面とセルビナ方面にも司令官はいるから、
3人の大幹部の1人っていう感じかしら。
続いて砦から駆け付ける一人の男性。
その男性は私に歩み寄ろうとした途中で、
不意に足を止めて驚愕の表情を見せていたわ。
「な…っ!?」
何かに戸惑う様子の男性。
その視線は何故か私の後方に向いているように思えるわね。
…どうかしたのかしら?
疑問に感じた私が問い掛けるよりも先に。
「…え?お兄ちゃん…!?」
近藤悠理さんが反応していたのよ。
…ああ、なるほどね〜。
兄と妹という関係なのね。
そうなるともうね。
二人の関係性は聞かなくてもわかるわ。
まず間違いなく。
仲が悪いからよ。
…まあ、悠理さんには悪意なんてないでしょうけど。
だけどお兄さんはダメね。
話し合えるような雰囲気じゃないわ。
驚き戸惑う悠理さんの声を聞いた瞬間に、
お兄さんは私への挨拶も忘れて悠理さんに詰め寄ってしまったからよ。
「悠理!何故、お前がここにいる!?ここはお前が来るような所ではないはずだっ!!」
「わ、私がどこにいようと、私の勝手でしょ…っ!?」
怒鳴る男性から逃げ出した悠理さんは、
深海さんの背後へと隠れながら弱々しく反論していたわ。
まあ、気持ち的には完全に負けているけれど。
今はそれが精一杯の反論のようね。
だけど悠理さんの反論を聞いたお兄さんは怒りをあらわにしてつかみ掛かろうとしているのよ。
…これは良くないわね。
さすがの私もね?
一方的な制裁は看過できないわ。
必要以上に悠理さんを擁護するつもりはないけれど。
だからと言って見捨てるつもりもないのよ。
…一応、私の生徒だしね。
そう紹介しちゃったんだから。
無視するわけにはいかないわ。
だから二人の間に入ろうと思ったんだけど。
「…静かにしろ、悠護。」
鞍馬元代表の一言で動きを止めてくれたのよ。
「…申し訳ありません。」
悠理さんに詰め寄るのは諦めてくれたみたい。
揉め事にならずに済んだのはありがたいわね。
…でもまあ、それはそれとして。
妹が悠理で、
兄が悠護なのね。
もちろん近藤学園長から家族構成は聞いていたけれど。
実際に会うのは今回が初めてだから初対面になるわ。
…それよりも。
『悠』の字に何か意味があるのかしら?
そんな疑問も感じたけれど。
今はそれどころじゃないわね。
「………。申し訳ありません。」
落ち込んだ表情で後退する悠護だけど。
その目はまだ悠理さんを睨みつけているように見えるわ。
「…ぅぅ…。」
悠理さんは完全に怯えて震えているわね。
…劣等感かしら?
兄に対して苦手意識を持つ様子の悠理さんは深海さんの背中に隠れたままなのよ。
…今は関係ないけれど。
天城君の後ろに隠れていた頃の深海さんを思い出してしまうわね。
…私もこんなふうに怖がられていたのかしら?
あの時の深海さんと同じように。
悠理さんは悠護と視線を合わさないように必死に視線を逸らし続けているのよ。
…さすがに違うわよね?
深海さんを怯えさせるようなことなんて何もしてないはずだし。
それなりに会話もできていたはずだし?
ここまで怯えられてはいなかったはず…よね?
…違うわよね?
ちょっと不安になってしまったんだけど。
深海さんは背後に隠れる悠理さんを心配して声をかけていたわ。
「…悠理ちゃん?」
戸惑う深海さんの気持ちを察したのかしら?
「みゃ~♪」
猫の姿をした精霊も動き出して、
悠理さんの肩に跳び移ってから頬に擦り寄っていたわ。
「あ、ありがと…。ごめんね…。」
悠理さんは心配をかけたことを謝ってから、
子猫の頭を撫でていたわ。
「みゃ~♪」
「…ありがとう。」
嬉しそうに鳴く子猫に微笑んでから気持ちを切り替えた悠理さんは、
改めて悠護に向き合ったのよ。
…まだ深海さんの後ろに隠れたままだけど。
「わ、私も行くって決めたの…!」
「何を馬鹿なことことを…っ!」
はっきりと宣言する悠理さんの気持ちを聞いたせいでしょうね。
悠護が再び怒りだしてしまったわ。
「お前が参加しても死にに行くようなものだ!今ならまだ間に合う!ジェノスに引き返せっ!!」
「い、嫌…っ!!!」
兄の指示に対して、
悠理さんは怯えながら逆らっていたわ。
…隠れたままだけど。
それでも反論できるだけ勇気はあるわね。
…隠れたままだけど。
「…くっ!!お前はっ!!!」
言うことを聞かない悠理さんに向かって再び悠護が歩み寄ろうとしていたわ。
…だけどね。
一歩目を踏み出したのとほぼ同時に、
鞍馬元代表が再び引き止めてくれたのよ。
「…静かにしろと言ったはずだ。」
「く…っ…。」
鞍馬元代表の言葉に威圧感を感じたのか、
悠護はその場から動けなくなっていたわね。
上司に逆らうわけにはいかないと思う心が悠護の足を止めさせていたのかもしれないわ。
「…申し訳ありません。」
深く頭を下げる悠護が反省する姿を見て、
鞍馬元代表は満足そうに頷いてる。
「軍に所属する限り私情は挟むな。互いに言い分はあるだろうが、話して解決する問題ではないのだろう?ならば騒ぐだけ時間の無駄だ。」
悠護を説得してから、
今度は悠理さんに話しかけたのよ。
「命をかける覚悟に実力は関係ない。戦う意志があるのならば止めはせん。だが、軍と行動を共にするのならば最低限でも上官の指示には従う必要がある。それが出来なければ連れていくことはできん。」
「は、はい…。分かりました。」
上下関係を告げる鞍馬元代表と向き合う悠理さんは、
怯えながらも小さく頷いていたわ。
「うむ。ならば良い。」
「………。」
鞍馬元代表の許可が出たことで何も言えなくなった悠護は大人しく後ろへと下がったようね。
…若干、気まずい雰囲気になったけれど。
そんなちょっとした騒動のあとで、
先程離れて行った兵士が大きな荷物を持って戻ってきたのよ。




