4人の護衛
《サイド:御堂龍馬》
…何がどうなっているんだろうか?
すでに総魔はここにはいないらしい。
それだけは分かったんだけど。
それだけしか分からなかったとも言える。
栗原さんが去ったあとの会議室。
意味深な言葉を残して立ち去った栗原さんに何も聞けなかったせいで様々な推測を思い浮かべてしまうんだけど。
そんな僕達の思考を遮るかのように。
再び会議室の扉が開かれたんだ。
「お待たせ~。」
「お待たせしました。」
入ってきたのは理事長と琴平学園長だった。
琴平学園長は真っ直ぐに教壇に向かっている。
その手には書類の束が見えるね。
だけど理事長は琴平学園長から離れて、
空いている席に座ってしまったんだ。
その結果として。
それぞれの視線を受ける琴平学園長に注目が集まってしまう。
…まるで授業を受け持つ教諭のようだね。
ちょっとした緊張感も感じながら静かに成り行きを見守っていると。
琴平学園長は用意してきた書類を広げながら、
落ち着いた雰囲気でゆっくりと話し始めた。
「それではまず…みなさんが最も気にかけている天城さんに関してから説明いたしましょう。」
まだ事情を飲み込めていない僕達のために、
総魔の情報から聞かせてくれるらしい。
「…皆さんが捜し求めている天城総魔さんですが、すでマールグリナにはおられません。」
…やっぱり、総魔はいないのか。
栗原さんが言っていたように、
すでに総魔はこの町にいないようだ。
…そうなると。
総魔が今何処にいるのか?という疑問が出てくるんだけど。
「残念ながら…現段階ではまだ彼との連絡がとれていないため、現在地までは分かりません。」
どうやら琴平学園長も詳細までは把握していないらしい。
「…ですが、どこへ向かったのかは分かっています。ただ…その後の消息が不明であり、連絡がとれていないという状況にはなります。」
総魔の現状が分からないせいで、
申し訳なさそうな表情に見える。
それでも琴平学園長は説明を続けてくれていた。
「今から1週間ほど前の出来事になりますが、共和国とアストリア王国との国境付近にアストリア軍が軍事用の砦を建設しました。すでにその砦は完成しているのですが…その砦にはおよそ10万に及ぶ軍隊が待機していると思われます。」
…10万!?
圧倒的数の多さに驚いてしまう。
…10万人なら首都グランバニアに匹敵するほどの人口だ。
ジェノスでも10万人なんて居ないからね。
ジェノスの総人口を超える数の軍隊が、
一箇所の砦に集まっているということになる。
…そうなると。
確かにアストリアは戦争を考慮して軍備を整えていたとしか考えられない。
…10万の軍隊か。
想像を超える説明に動揺してしまう。
それでも大人しく話に耳を傾ける僕達に、
琴平学園長は話を聞かせてくれたんだ。
それこそ…有り得ない話を。
「彼には…問題の砦の内部調査を依頼しました。」
…なっ!?
琴平学園長の言葉を聞いた瞬間に、
僕と翔子が真っ先に反応していた。
「軍隊の駐留する砦に!?」
「そんなの無茶よ!?連絡が取れないって!!それじゃあ…っ!?」
絶望的な心境になってしまう僕達だけど。
琴平学園長は冷静な態度で説明を続けていく。
「…生死不明の状況ですが、生きていると信じるしかありません。僅か4名だけですが、彼には護衛も用意しています。もちろん護衛自体は他にも手配していたのですが…彼は他の護衛を断って、たった5人で砦に向かってしまいました。」
…たった5人での潜入調査。
その後の連絡がないらしい。
護衛を断ったという部分も気になるけれど。
総魔には護衛がついているそうだ。
たった4人だけだったとしても。
単独よりは遥かにマシだと思う。
「調査を継続して帰って来ないのか…。それとも問題が起きて帰って来れないのか…。詳細は不明ですが、現時点では彼を信じて生きて帰ってくることを祈るしかありません。」
…それは、まあ、そう…なのかな?
現況として信じるしかないという気持ちは分かる。
…僕としても総魔ならそうそう簡単に死んだりしないとは思うからね。
調査が難航しているか。
脱出に戸惑っているか。
そのどちらかだとは思うんだ。
…だけど。
理事長はそれ以前の疑問を琴平学園長に問いかけていた。
「そもそも天城君が護衛を断った…っていうのはどういう理由なのかしら?」
「その辺りの詳細も不明ですね。」
護衛を断った理由に関しては琴平学園長にも分からないらしい。
戸惑うような表情で答えていた。
「天城さんの判断基準は不明ですが、数名の負傷者と護衛を放棄した者達からの証言によると、彼は護衛を必要ないと判断したそうです。その辺りの事情までは説明がなかったので分かりませんでしたが…。」
「…まあ、あの天城君だしね〜。最初から一人で向かうつもりだったのかもしれないわね。」
「…そうかもしれません。ですが、現時点では彼に同行している『あの2人』と…朱鷺田と、もう一名も行方不明になっています。」
…あの二人?
琴平学園長の表現に違和感を感じたんだけど。
今のところ総魔と護衛の全員が行方不明らしい。
その説明だけで判断すると、
総魔達は全滅した可能性があるように聞こえてしまう。
…今すぐにでも救援に向かったほうが良いんじゃないかな?
徐々に不安が増していくんだけど。
琴平学園長は冷静な態度で状況を分析していた。
「不安がないとは言い切れませんが…もしも潜入に失敗して殺害されているとすれば、こちらの諜報員だということはすぐに気付かれるでしょう。そうなればアストリア側から苦情の一つも来るはずです。」
…確かに。
共和国の潜入に気付いたのなら、
アストリア側から何らかの抗議があってもおかしくないと思うんだ。
少なくとも抗議文を送りつけるか、
見せしめとして総魔達の遺体を晒し者にしてもおかしくはない。
だけどそのどちらもない…と言うことは、
少なくとも調査に失敗したというわけではないような気がする。
「それに…そもそもどこかに遺体があれば偵察部隊から情報が流れてくるはずです。砦に潜入したのは天城さんを含む5名だけですが、砦の周辺にはマールグリナの偵察部隊が派遣されていますので見落とすことはないと思います。そのため、おそらく護衛の4名も彼と共に生存しているはずです。」
…なるほどね。
そういうことなら今はまだ慌てる必要がないのかもしれない。
琴平学園長の話を聞けたことで、
少しは安心できたんだけど。
今度は沙織が問い掛けていた。
「その4名というのは…どういった方なのでしょうか?」
「一人は朱鷺田秀明という人物で、この町にある魔術師ギルドのギルド長になります。」
…ギルド長か。
各町にある魔術師ギルド。
そのそれぞれにギルド長がいるから、
総勢32名のギルド長がいるわけだけど。
その地位になれるのは相当優秀な人物だけだ。
人格もそうだけど。
魔術師ギルドでは戦闘の技術が重要視されるからね。
それこそ黒柳所長や西園寺副所長並に実力のある人物でなければギルドの頂点には立てないんだ。
それほどの人物が総魔の護衛についているとすれば十分にも思える。
だとすれば。
…潜入に失敗した可能性は低そうだね。
そう思えただけで不安が薄れていく。
「もう一人はこの町の治安維持部隊に所属する三倉純さんという女性です。魔術師としての才能はそれなりなのですが、生まれ持った膨大な魔力は国内全体で見ても5本の指に入るほどの実力者です。職業柄、戦闘技術も兼ね備えた優秀な人物でもあります。」
…二人目は治安維持部隊の隊員か。
それなら戦闘の技術もあるはずだ。
実戦経験もあるとすれば、
僕や翔子より頼りになるかもしれないからね。
なおさら安心感が増していく。
「そして…栗原薫さんのお兄さんである、栗原徹君が彼の補佐として同行しています。」
3人目の護衛として、
栗原さんのお兄さんも同行しているらしい。
…だから「ここにはいない」と言っていたのか。
沙織との会話は聞こえていたからね。
どういう事情があるのか気になっていたけれど。
どうやらお兄さんは総魔の護衛として同行しているようだ。
「そして…最後の一人は、私の娘である琴平愛里になります。」
………。
4人目の護衛を教えてくれた琴平学園長の表情には、
実の娘を危険地帯に送り出した父としての苦悩が表れていた。
「…他に有効的な方法が思い付きませんでした。言い訳に聞こえるかもしれませんが、戦争で勝つ為にはどうしても情報が必要なのです。」
そのために、
実の娘でさえも戦地に送り込んだ。
その苦しみが表情に滲み出ていた。
「少しでも共和国の勝率を上げるために、砦への潜入は成功させなければいけない作戦でした。だからその作戦を成功させるために、私達は必要な護衛を用意して彼に砦の調査を依頼したのです。」
その判断の代償として娘の命が失われるとしても、
それでも共和国を守る決意を琴平学園長は示したんだ。
「おそらくこの国で最強と呼べる彼に…。最も生還率が高いと思われる人物に…。この国の未来を托したのです。」
辛そうな表情で告げる想い。
娘の命を危険に晒してまで総魔を砦へと送った琴平学園長は、
誰よりもこの国の未来を願っている様子だった。
だから…とは言えないけれど。
娘を戦場に送り出した琴平学園長に対して不満を口に出来る人なんていなかった。
…みんな苦しんでいるんだ。
その想いは確かに伝わったから、
僕も反論なんてしなかった。
総魔はアストリア軍の砦にいる。
それが理解出来ただけで十分だ。
総魔が消えた理由と行き先。
一番知りたかった情報が聞けたことで、
僕も琴平学園長に質問してみることにした。
「総魔が砦に向かったのはいつですか?」
「報告によると昨日の夜です。深夜に行動していることを考慮して、遅くともお昼までにはこちらに戻って来る手筈だったのですが…。いまだに帰還の連絡は届いていません。」
すでに半日が経過しているにも関わらず。
総魔達は帰ってきていないらしい。
その事実に深海さんと翔子は不安を感じている様子だった。
「まだ…砦にいるのでしょうか?」
「捕まってなければ良いんだけどね…。」
…そうだね。
それは僕も気になっている部分だ。
総魔の安否を心配する僕達だけど。
理事長は話を変えて、
別の話題を問い掛けていた。
「砦の内部情報も大事だけど、こちらの戦力はどうなっているの?」
「すでに配備は終えています。およそ3万5千の魔術師は全て国境警備隊の砦に集結させました。米倉代表が到着次第いつでも動かせるはずです。」
「指揮官は?」
「手筈通りです。『あの方』を筆頭に国境警備隊の幹部が部隊をまとめてくれています。」
「そう、それはありがたいわね。」
琴平学園長の報告を聞いて、
理事長は満足そうに頷いている。
「…そうなると。結局は天城君の報告待ちということかしら?」
「はい、そうなります。…ですが、このまま待っていても敵軍に猶予を与えるだけです。最悪の場合、報告は来ないと判断して動かなければいけないかもしれません。」
「そうならないことを祈るけれど…。」
総魔の身を案じて呟く理事長。
その言葉を遮るかのように。
突如として会議室の扉が激しく叩かれたんだ。




