もうひとつの戦い
《サイド:鈴置美春》
…ふう。
どこもかしこも慌ただしいわね。
でも、まあ…こうなるのも仕方がないのかな?
…状況が状況だしね。
それでもとりあえずは今日も医務室に出勤することにしたのよ。
他に行くところもないし。
特にやりたいこともないし。
いつもと同じように医務室に向かうことにしたの。
時刻は午前7時を過ぎたところね。
将来は薬剤師を目指すっていう目的を持っているから、
ほぼ毎日、欠かさずに医務室に通っているのよ。
そうして救急班としての経験を積み重ねながら医師の指導を受けて薬学を学んでいたの。
…でもね?
今日からしばらくはそれが出来ないみたい。
理由はまあ、明白よね?
戦争が始まるからよ。
学園に勤務してる殆どの医師が海軍に合流することが事前に決まっていたらしいわ。
私がその事実を知ったのはついさっきだけどね。
もちろんほとんどの生徒が何も知らなかったみたいだけど。
魔術師ギルドや学園の教師、
それに魔術医師の多くは昨日の夜の時点で事前に通達を受けてたみたい。
戦争への参加そのものは自主性に委ねられるものだったらしいけど。
私にとって師と呼ぶべき医師が揃っていなくなってしまったのよ。
…そのせいで勉強が出来なくなってしまったのよね〜。
「本当に戦争が始まるの?」
全くって言ってもいいくらい考えたこともない事態だったから、
救急班のみんなに確認してみたのよ。
「実は訓練だった…とかじゃないわよね?」
「…みたいね~。町中から志願者を集めてるらしいわよ?」
「参加希望者は港に集合って話だよね?」
「そうそう。もう学園中で噂になってるみたいよ〜。」
…うわぁ~。
すでに噂が広がってるのね。
何も知らなかった私は驚きと恐怖を感じてしまったわ。
ごく普通の平凡な日々が突然失われてしまったからよ。
そしてそれは同時に私の運命も左右してしまう状況だったわ。
「それで…?美春はどうするの?」
…どうする、って聞かれてもね~。
どうしようもなくない?
救急班の仲間の問い掛けに、
どう答えるか悩んでしまったわ。
戦争に参加するっていうことは、
当然、戦場で戦うっていうことよね?
誰かを殺して、生き残るっていう話よね?
それって命の奪い合い…よね?
それはもう私には想像出来ない世界だったわ。
もちろん攻撃魔術を学んではいるけれど。
だけどそれは自衛の手段であって、
戦闘を考慮してるわけじゃないのよ。
だからそこそこの成績でしかないし。
翔子には到底及ばない実力なの。
…それにね?
根本的な問題として。
私は医師であって、
戦士を目指してるわけじゃないの。
だから本物の戦闘なんて経験したくないし、
痛い思いなんてしたくないわ。
だから参加するなんて言えなかったのよ。
…これでもね?
一応、傷ついた人々を救う為に医師を目指しているのよ?
そんな私に殺し合う為の戦争に参加する勇気なんてこれっぽっちもないわ。
「どうもこうも、そんな危険な場所に参加なんて…」
「まあね~。」
したくないって言おうとした私の言葉を遮るかのように、
女子生徒の一人が自分の意見を口に出したわ。
「戦争に負ければ私達も無事ではすまないでしょうけど、だからって戦争に参加して殺し合うっていう気にはなれないわよね〜?」
…ええ、そうね。
彼女の意見に同調する生徒は、
私の他にも数多くいたように思うわ。
…だけどね?
そうじゃない生徒もいたのよ。
「それも一つの意見だとは思うけど、それでも僕は参加するよ。そもそも殺し合うだけが全てじゃないからね。傷ついて倒れた人達を救うことも立派な戦いだと思うんだ。」
…あ〜、そうね。
そういう考え方もあるわね。
勇気を持って発言した男子生徒は私も知ってる人物だったわ。
彼の名前は斎藤和義 。
私と同期で外科医志望の子よ。
救急班の中でも正義感が強くて、
例え相手が誰であろうと区別せずに救いの手を差し延べることに情熱を注ぎ込む熱血系男子なの。
そんな彼の意志に賛同する生徒は他にもいたようね。
「そうですよね!私は賛成です!」
元気よく立ち上がったのは野坂瑞希ちゃんだったわ。
私の後輩で、なかなか優秀な子なのよ。
「まあ、僕も…かな。」
控えめに賛同したのは小暮君ね。
瑞希ちゃんの後輩の男子よ。
私にとっては3人とも仕事仲間だからそれぞれの気持ちは理解できるわ。
だから、かな?
上手く言葉にできないけれど。
衝動的に心が揺らいじゃったのよ。
「…そうね。」
次に呟いたのは私だったわ。
「良いと思うわ。そういう考え方もね。」
自分にも出来ることがあるって気づけたから。
だから私も決断したのよ。
傷ついた人達を助けたいっていう想いはみんなと同じだったから。
「私も行くわ。そういう戦いも必要だと思うから。」
戦争に参加することにしたのよ。
そんな私の決意を聞いて驚く不参加の仲間達。
それでも私は覚悟を決めて斎藤君に話し掛けることにしたの。
「行きましょう。そこに傷ついた人がいるのなら、私達が参加することにはきっと意味があるはずよ。」
「ああ、僕もそう思うよ。」
私の言葉に斎藤君は頷いてくれたわ。
そして医務室を出ようとする私達だったけど。
その前に追い掛けてくる足音が聞こえてきたのよ。
「…ったくぅ。美春を放っておくと心配だから、私も付いて行ってあげるわ!」
追いかけてきたのは森下千夏。
私にとっては救急班の仲間なんだけど。
長年共に学園生活を送ってきた親友でもあるわ。
「ありがと、千夏。」
微笑み合う私と千夏。
そして斎藤君が医務室を出ようとしたところで私達の意志に同調する仲間達がぞろぞろと追い掛けてきてくれたのよ。
「俺達も参加するぜ!」
斎藤君を信頼する男子生徒達が集まってきたの。
さらに一部の女子生徒も私の覚悟を感じとってくれたのか参加の意志を見せてくれたわ。
まあ、集まった人数は10人ちょっとだけどね。
その中にはもちろん瑞希ちゃんと小暮君もいるわ。
まだ医務室に来てない仲間も学園には沢山いるけれど。
ほとんどの生徒は残ることを決めたみたい。
だけどね。
それはそれで良いと思うの。
死を恐れるのは誰だって当然だし。
参加しないって決めることも大事な決断だと思うからよ。
他の誰かを守って自分が死ぬなんて、
笑い話にもならないわよね?
だから私は残ることを選んだ仲間達に笑顔を見せてから挨拶をすることにしたの。
「…じゃあね。みんな、元気でね。」
不満なんて感じさせないように、
笑顔でお別れの挨拶をしたのよ。
こうしておかないと。
残ったみんなの心に嫌な思いが残ってしまうから。
だから戦わないことが悪いなんて思いたくもないし思わせたくもないの。
…生きてこそ、未来があるからよ。
そう思うから前向きに別れようと思ったんだけどね。
私の笑顔を見た仲間達は私達に向き合うことが出来ずに自然と視線を逸らしていたわ。
…う~ん。
やっぱり嫌味に聞こえたのかな?
そんなつもりはないんだけど。
私がどう思うかじゃなくて相手がどう感じるかよね?
でもまあ、別にいいかな?
何が正しいかを決めるのは結局自分なんだから。
私が悩む必要なんてないわ。
「…ばいばい。」
別れの言葉を残して背中を見せる。
その後。
覚悟を決めた仲間達と共に、
学園に別れを告げてから港に向かって歩きだしたのよ。




