偵察開始
《サイド:天城総魔》
日付が変わってから1時間ほど過ぎただろうか。
マールグリナを離れた俺達は、
問題のアストリア軍の砦へと向かっていた。
目的地は共和国とアストリア王国の国境を隔てる樹海の中心だ。
マールグリナから見れば、
北西に位置する場所になる。
街道も獣道すらもない樹海の奥に、
巨大な砦が建てられているのが見えている。
個人的に砦を見るのは2回目になるのだが。
以前ここに訪れた時と比べると、
現在の樹海は全く異なる景色と言えるだろうな。
驚くほど巨大な砦が建てられているからだ。
前回ここへ来たのは一月近く前になるが、
あの時はまだ骨組み段階だったからな。
実際に全貌を見るのは今回が初めてになる。
すでに砦までの距離はおよそ200メートルというところか。
かなり接近している状況だが。
これ以上接近すれば見張りの兵士達に気づかれるかもしれない。
まずは少し周囲の様子を見るべきだろう。
幸いにも姿を隠すための木は数え切れない程あるからな。
足音さえ気にしていれば、
そうそう簡単にアストリア軍に見つかることはないはずだ。
ひとまず樹海に身を潜めながら、
砦の外周を観察してみることにする。
無言で見つめるアストリアの砦。
ここにはざっと10万の兵がいるらしい。
実際にそこまでの戦力が存在するのかどうかは砦を見ただけではわからないが、
決して大袈裟な数字ではないだろう。
砦の規模だけで考えてみても、
グランパレスを遥かに凌ぐ大きさだからな。
さすがに高さはそこまでではないが、
敷地面積はキロ単位になるはずだ。
とても短期間で作り上げたとは思えないほど立派な防壁が砦全体を覆っているために、
砦の内部の様子は分からない。
それでも幾つもの建造物が防壁の内部に点在しているのは見える。
…すでに入手済みの図面を考慮するなら。
四隅に建てられている大きな建物が兵士達の宿舎なのだろう。
宿舎内の図面までは入手出来ていないために、
内部の構造までは分からないが。
大部屋での雑魚寝と考えるなら数千人が寝泊まり出来る程度の規模はあるだろう。
それが4カ所だ。
…ざっと3万人程度は居るだろうな。
朝、昼、夜の3交代制と考えれば、
3倍の9万人が砦内にいたとしてもおかしくはない。
…他にも施設はあるからな。
本当に10万人の兵がいる可能性があるということだ。
…砦を攻めるとすれば、宿舎から落とすべきか?
防壁と隣接するように建てられているのは、
有事の際に即座に出撃できるようにという考えだろう。
だとすれば。
武器庫も近くにあるはずだ。
戦闘の初期段階で宿舎と武器庫を破壊できればかなりの戦力を削れるはず。
…実際に判断するのは美由紀だが。
作戦を立案しやすいように情報を集めるのが俺達の任務になる。
…図面にはまだ他にも施設があるからな。
他の建物の調査も必要になる。
…最も重要な拠点はアレだな。
砦の中心に司令塔ともよぶべき拠点がある。
最も大きく、
最も強固に造られている建物。
おそらくあの場所にアストリア軍の指揮官や幹部達がいると思われる。
上手く奇襲をしかけて真っ先に落とせれば、
敵の指揮系統を破壊することができるかもしれないが。
接近するまでが命懸けになるだろう。
いくら少数精鋭とは言え、
そうそう簡単に拠点に接近できるとは思えない。
なにより強行突破を狙えるような距離でもない。
数万単位の兵士達の視線をかいくぐって最重要拠点に攻め込むのは不可能だ。
仮に潜入に成功したとしても下手に騒ぎを起こせば脱出が難しくなるからな。
もしも実行するとしたら、
生きて帰れないことを覚悟の上で特攻を仕掛けるしかない。
それでも指揮系統の破壊だけを狙うのなら、
自爆覚悟の特攻を仕掛ける意味はあるだろう。
…とは言え。
今はまだそこまでの危険を侵すことはできない。
個人的な目的として死ぬわけには行かないという理由もあるが、
根本的な問題として指揮系統を破壊したとしても残存兵力を殲滅出来るだけの戦力が存在しないからだ。
後続の共和国軍が接近している状況ならともかく。
俺達だけで特攻を仕掛けて幹部連中を暗殺しても、
共和国軍が駆けつける前に新たな指揮官が現れるだろう。
それでは奇襲を仕掛ける意味がない。
命を賭けるだけ無駄などころか、
警備が強化されて後続の共和国軍が痛手を受けるだけだ。
それらを考慮すれば幹部の暗殺は現時点では最善手とは言えない。
拠点への潜入は何とか成功させてみたいとは思うが、
あくまでも現時点では調査だけに留めるべきだ。
情報収集だけを目的として行動する。
その前提を考えつつ、
再び砦に視線を向けてみる。
目視で確認できる範囲だけでも、
数百人規模に及ぶ巡回兵達の姿が見えている。
夜の闇に紛れて行動しているからといって、
全ての監視をかいくぐるのは不可能だろう。
ある程度近づいたところで確実に発見されてしまうことになる。
「どう見ても接近は難しそうだな。」
「「「「………。」」」」
他の4人も同じ意見のようだな。
誰一人として突破口を見いだせずにいる。
「私は今回が初見ですが…よくぞこれ程の砦を2週間程度で作り上げたと、敵ながら褒めたいところですね。」
ああ、そうだな。
朱鷺田の気持ちは理解できる。
樹海の開拓や土地の整備自体は前もって行っていたのかもしれないが、
建築そのものは短期間で行われていたからな。
その後の1週間で10万もの兵が送り込まれたことを考えれば、
手際の良さを驚く気持ちは俺も同じだった。
だからだろうか。
「噂には聞いてたけど、まさかこれほどなんてね~。」
朱鷺田の発言に頷く三倉も驚きの声をあげていた。
「一体、砦の建設にどれだけの費用をかけたのかしら?」
…砦の建設資金か。
個人では考えられないほど莫大な予算をかけて建造されたのは間違いないだろう。
疑いようもなく国家予算が動いていると思うのだが。
それほどの資金となると、
おそらく共和国では到底捻出できない額になるはずだ。
「この巨大な砦に潜入したとして…どれ程の情報が集められるのでしょうか?」
不安を感じる徹の気持ちも理解できる。
だがそれは実際に調査してみなければわからないことだ。
いつまでもここで悩んでいても時間の無駄でしかないからな。
「まずは侵入出来る場所を探そう。」
見張りに気付かれないように、
距離を維持しながら砦の外観を偵察することから始めてみる。
そのあとは最も警備の薄い場所を強行突破するしかないだろう。
「集合は30分後だ。いいな?」
俺の指示に従ってくれる徹達は、
それぞれに行動を開始していった。
「全員の無事を祈ります。」
まずは朱鷺田が率先して走り出した。
「それじゃあ、みんな、気をつけてね~。」
三倉も静かに動き出す。
二人ともなかなかの行動力だ。
足音を立てずに走る技術があるらしい。
だからこそ潜入作戦に選抜されたのだろう。
…これなら心配する必要はなさそうだな。
「僕も行きます。」
「私も頑張ります!」
偵察に出る徹に続いて、
愛里も覚悟を決めて立ち上がった。
そして二人も迷うことなく、
森の中へと消えて行く。
さすがに駆け抜ける技量はないようだが、
慎重に森の中へと消えていった。
朱鷺田は東へ。
三倉は南へ。
徹は北へ。
愛里は西へ。
それぞれに行動を開始したようだ。
残された俺は静かに砦を眺めてみる。
月明かりが照らし出す巨大な砦。
俺にとって倒すべき敵である『アストリア王国』との最初の戦いが…ついに始まった。




