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THE WORLD  作者: SEASONS
4月15日
723/1242

りんごジュース

「…あら?あなた、今日は帰れないって言ってたのにどうかしたの?」



…う~ん。



帰ってきたのはお父さんじゃないんだけどね~。



でもまあ、そう思うのが普通なのかな?



お父さんが帰ってきたって勘違いしたお母さんが玄関まで出迎えに来てくれたのよ。



「あら…?あらあら!翔子じゃない!!てっきり、お父さんが帰ってきたのかと思ったわ。」


「あははは…。」



勘違いに気づいて笑い出すお母さんに苦笑しながら靴を脱いで玄関に上がってみる。



「ただいま、お母さん。」



ちょっぴり懐かしい匂いが、

家に帰ってきたって感じさせてくれるわね。



…だけど。



相変わらず古い家よね~。



…って言っても、汚くはないわよ?



お母さんが毎日掃除してくれてるからそれなりに綺麗だと思う。



古いのと汚いのは同じじゃないしね。



古くても綺麗な家って一杯あるし、

新しくても汚い家だって一杯あると思うわ。



そんな中でうちは古いけど綺麗なほうだと思うのよ。



まあ、沙織のお家みたいに新しくて綺麗なほうが良いとは思うけどね。



だけどそんな贅沢は言えないし、

古いからこそ色々と思い出も沢山詰まっているの。



だから個人的にはここはこのままでいいと思っているし。


すごく居心地が良いと思っているわ。



「ねえねえ、お母さん。今日はお父さんはいないの?」


「ええ、そうよ。今朝ね、今日は残業で帰れないかもしれないって言って出て行ったから帰ってくるのは明日だと思うわ。」


「…そっか~。」



少し残念な気持ちになるわね。



もう会えなくなるかもしれないから最後に会いたかったんだけど。


今日は仕事でいないみたい。



期待外れでがっかりしちゃうけど。


とりあえずは目の前にいるお母さんと話し合うしかないわ。



「ちょっと話があるんだけどいい?」


「あらあら?珍しく帰ってきたと思ったらお小遣いでも欲しいの?」


「…違うわよ。」


「あら、そうなの?それじゃあ、何かしら?」



無邪気に笑うお母さんの姿がとても可愛く見えるわ。



無駄に楽しそうなのは相変わらずって感じ?



まあ、私も人のことは言えないんだけどね。



「ただ単に、会って話がしたくなっただけよ。」


「あらあら、翔子にしては珍しいわね。普段なら話しかけても面倒くさそうに返事をするだけなのに。」


「あう…。ごめんなさい…。」


「ふふっ。良いのよ。お母さんも暇だから、翔子の話し相手ぐらいにはなってあげるわ。」


「…う、うん。ありがと。」



お母さんの優しさに感謝しつつ遠慮なく歩きだす。



住み慣れた家の短い廊下。


ホンの数歩、歩くだけで突き当たっちゃうような短い廊下なのに。


何故か今日は少し広くて懐かしく思えたわ。



…ちょっと不思議な感じよね。



最後に帰ってきたのはいつだったかな?



今年になってからは初めて…ってほどではないけれど。


一ヶ月以上帰ってなかった気がするわ。



…ある意味、家出娘よね?



年に数えるくらいしか帰ってきてなかったから、

見るもの全てが懐かしく思えるのよ。



…そして、同時にね。



ここが自分の家なんだって改めて思えたの。



沙織の家も居心地が良いけどね〜。



だけど、ここが私の家なのよ。



私が生まれ育ってきた沢山の思い出がある家なの。



ここが私の故郷で、

ここが私の帰るべき場所なの。



だからこそ願ってしまうのよ。



…この家を。


…この日常を守りたい、ってね。



本気で思えるの。



私の家はごく普通の家庭で、

専業主婦のお母さんと、

会社勤めのお父さんだけど。


私にとっては大切な家族なのよ。



良いところもあれば悪いところもあるような、

そんな普通の家族だけどね。



それでも私にとってここは居心地の良い大切な場所で、

大切な家族の住む家なの。



決して広くはない…と言うか、

むしろ小さな家だけどね。



思い出せないくらい沢山の思い出が詰まっているのよ。



そんな懐かしささえ感じる家の中で、

いつもの場所を目指してみる。



狭い部屋に無理矢理詰め込まれた家具。



年々薄汚れていく壁。


それさえも良い思い出だって私は思う。



毎日、家族3人で食事をしていた食卓に向かって、

適当に荷物を置いてからお気に入りの椅子に腰を下ろして座るの。



幼い頃からずっと気に入っていた椅子も今ではすっかり傷だらけだし、色あせてしまっているわ。



…それでもね。



私にとっては沢山の思い出が詰まった椅子なの。


ずっとこの椅子に座ってお母さんのご飯を食べてきたのよ。



…ここが私の指定席なの。



だから今でも捨てられることなく、

ずっとここにあるの。



…でもね〜。


…さすがにね〜。



「そろそろ限界かな~?」


「まあ、そのうち壊れるでしょうね。」


「時間の問題?」


「それもあるけど、翔子の体重…」



…うっさい!!



「失礼ねっ!お母さんより痩せてるわよっ!!」


「え~?そうだったかしら?」


「どこをどう見ても、私のほうが細いでしょっ!」


「ふふっ。そうね〜。でももうその椅子を買ってから20年近くになるから、翔子の体重でも…」


「だっかっらっ!!私のせいで壊れるみたいな言い方はしないでよっ!!」


「…でもね?その椅子は翔子しか使わないから、壊れるとしたら翔子しか…」


「それとこれとは関係ないでしょっ!!」



…って言うか。



古いんだから、私の体重は関係ないし!



「ふふっ。そうかもしれないわね。」


「そうとしか言わないの!!」


「あらそう…?じゃあ、そういうことにしておきましょう。」



だ~か~ら~!!



そういう言い方だと私が悪いように聞こえるわよね!?



「…ったく、もう!」



何を言っても無駄っぽいから、

とりあえず放置の方向で話を進めることにしたわ。



「もういいわよ。」


「ふふっ。翔子は相変わらずね。」


「…どういう意味よ?」


「そのままの意味よ。」


「わけわかんない。」


「あら、そう?」



本気で首をかしげてる姿がものすごくムカつくわね。



…とは言え。



今日は喧嘩するために帰ってきたわけじゃないから、

ひとまず聞き流してあげることにするわ。



「ねえ、お母さん。」


「ん…?ああ、ちょっと待ってね。」



話を始めようと思ったんだけど。


お母さんは台所に向かってしまったわ。



何かを探してるみたいね。



…って。



違うかな?



何かを準備してる感じ?



台所で何かをしてたお母さんは、

しばらくしてから戻ってきてくれたわ。



「はい、どうぞ。」



…ん?


…あれ?



これって、アレよね?


りんごジュースよね?



私のために、わざわざりんごジュースを用意してくれてたみたい。



「これ、まだあるんだ?」


「当然でしょ?翔子のために、ちゃんと用意してあるわよ。」


「ふ~ん。そうなんだ?ありがと。」


「ふふっ。どういたしまして。」



私の大好きな手作りのりんごジュース。



どうやって作ってるのかは私も知らないけど。


市販のジュースとは全然違うのよ。



甘いけどさっぱりしてて、

なんとなく気持ちも穏やかになるの。



これはもう売りに出してもいいくらいだと思うんだけど。



作る手間が大変…と言うか、

面倒らしくてあまり沢山は用意できないみたい。



ちなみにどうやって作ってるのかは何度聞いても教えてくれなかったわ。



いつも『母の味』って答えるだけで、

それ以上は秘密のままなのよ。



「美味し♪」



一口飲んだだけで心の中が幸せで満たされるわね。



お母さん手作りのりんごジュース。


これは子供の頃からずっと大好きだった味なのよ。



今も昔も変わることのない味。


このジュースは私の為だけに、

常に用意してくれてるみたい。



いつ帰って来るか分からない私の為に、

毎日用意してくれてるっていうことよ。



…う~ん。



もうちょっとこまめに帰ってきたほうがよかったかな?



例えお母さんにとっては暇つぶしだとしても、

私にとっては大切な思い出の味なのよね~。



「ありがとう、お母さん。」


「ふふっ。翔子が喜んでくれるならそれでいいのよ。」



めったに帰ってこない私を笑顔で受け入れてくれるお母さんには感謝の気持ちが尽きないわ。



このジュースに込められている沢山の愛情が痛いくらい感じられるのよ。



「うん。美味しい♪」


「ふふっ。」



幸せ一杯に微笑んでいると、

お母さんも満足そうに笑ってくれる。



正面の席に座るお母さん。



食卓で向かい合う私達に、

心地好い時間が流れていったわ。



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