北条の目的
検定会場の外に出た。
だが、何故か会場を出てからも北条が傍にいる。
どういうつもりか知らないが、
翔子の代わりについてくるつもりなのだろうか。
「久々に面白い試合だったな。あれなら俺も審判をした甲斐があるってもんだぜ」
気さくに話し掛けてくれるのは構わないのだが、
こちらとしては対応に困るというのが正直な感想だ。
はっきりと敵対しているわけではないとはいえ、
監視を目的として行動しているはずだからな。
仲良く話し合いとはいかないだろう。
どういう思惑があるかは知らないが、
こちらとしては翔子のように付きまとわられるのは面倒でしかない。
とりあえず今は次の会場へ向かうつもりで行動しているのだが、
その前に一度話し合うべきだろうか?
隣に並ぶ北条に視線を向けてから、
歩みを止めて話しかけてみることにした。
「一応聞くが、まだ俺に用があるのか?」
単純な疑問から聞いてみる。
もちろん目的があってついてきているのは分かるが重要なのはその内容だ。
「お前達の目的はルーンの調査ではなかったのか?」
だとしたら、その目的はすでに果たしているはずだ。
「これ以上俺を監視する必要はないだろう?」
監視の必要性。
それはもう意味を成していない。
すでにルーンはほぼ完成しているからな。
微妙な調整などを考えればまだもう少し実験したいとは思うものの。
その程度なら現状と比べても誤差と言っていいほどの小さな差でしかないはずだ。
わざわざ次の試合まで監視する必要はない。
それに。
そもそもの前提として。
本来、俺のルーンを確認するという目的で近づいてきた翔子はすでにその目的を果たしている。
倒れた翔子の代わりとして監視を付けるという話も分からなくはないのだが。
それも先ほどの試合で十分な調査は出来たはずだ。
今更、追い掛けて来る必要はないだろう。
そう思って問いかけてみたのだが、
北条にとってはまだ別の目的がある様子だった。
「まあ、お前の言いたいことは分かる。分かるけどな。そんなふうにあからさまに嫌がらなくてもいいんじゃねえか?確かに上から依頼された調査は終わった。だけどな。俺にはまだやるべき事があるんだよ。」
「やるべき事?」
「ああ。だがまあ、たいした事じゃない。個人的な事情ってやつだ」
誰かから命じられて監視しているわけではないらしい。
北条自身の目的があって監視を続けているようだ。
…個人的な理由があると言っているが。
笑顔を見せる北条の表情から言葉の意味を探るのは難しい。
一体、何を考えているのだろうか?
目的が分からないというのは面倒だ。
あまり気持ちのいいものではない。
「もう一度聞く、何が目的だ?」
「言っただろ?たいした事じゃない。ただ少しだけお前に興味がある。それだけだ」
ただそれだけだと言ったあとで、
北条は小さな声でつぶやいた。
「お前が『いいやつかどうか』ってな。」
…ああ。
なるほどな。
そういうことか。
おそらくそれが本心なのだろう。
こちらの真偽を問いかけるような言葉の奥には、
僅かに殺気が込められていたようなそんな気さえした。
「………。」
北条は何も言わない。
こちらも答えるべき言葉が思い浮かばない。
ただただ静寂が訪れ。
緊迫した空気が流れていく。
何かを企んでいるのだろうか?
学園の校則として検定会場以外での戦闘は禁じられている。
とはいえ、北条の立場がただの生徒ではないことを考えれば絶対に襲われないとは言い切れない。
だとすれば。
今まで以上に警戒しなければいけないのかもしれない。
あるいはここで戦うことになる可能性も考えるべきだろう。
相手の目的が分からない状況だ。
見極める必要がある。
迎撃の準備を…いや、先制の一撃を狙うべきか?
単純な実力差は一目瞭然だ。
ルーンを手にしたばかりの俺と学園2位として数々の戦闘を経験しているであろう北条とでは実力に違いがありすぎる。
魔力の総量でも負けている現状で正々堂々と正面から戦うのは無謀でしかない。
…まずは一撃。
先手必勝を狙うしかない。
北条の行動に制限をかけられるような攻撃を叩き込む必要があるからだ。
それができなければ力づくで押さえ込まれて敗北するのは必至だからな。
まずは足元を狙って動きを封じるのが最善か?
戦いになる事を考慮して北条との距離を計り始める。
一歩後退して。
静かに右手に魔力を集める。
そうして警戒を強めたところで。
「おっと。まてまて、勘違いするな。別にお前と戦うつもりはねえよ。」
北条はおどけた調子で両手を上げて微笑んだ。
「慌てるな。例え戦う必要があったとしても不意打ちなんて卑怯なことはしねえ。やるなら真っ向勝負でやる。それが俺のやり方だ。だからこんなところで暴れるつもりはねえよ。」
…どうだろうか。
信じても良いのだろうか?
真偽は不明だが、戦うつもりはないらしい。
敵意があるのかないのかさえも不明だが、
現時点では戦うつもりがないと宣言している。
北条の言葉が真実であれば戦いは起きない。
そうでない可能性を考慮して警戒しているわけだが、
これまでの言動を見ている限りでは危険性がないようにも思える。
「だとしたら、何が言いたい?」
何を探ろうとしているのか?
その目的を問いただしてみると、
北条の目つきが少しだけ鋭さを増したように感じた。
「まあ、そう心配するな。本当に、個人的にホンの少しだけ気になってるってだけの話だからな。」
「どういう意味だ?」
「意味ってほどでもねえよ。ただ単に知りたかっただけだ。『翔子を斬ったのはどういうつもりなのか?』ってな」
…そうか、そういうことか。
北条の言葉を聞いて、
ようやく目的が理解できた。
…つまりはそういうことだ。
俺は翔子を斬った。
未完成のルーンだったとはいえ、
気絶させるに足りる力で翔子を斬った。
そして部分的とはいえ翔子の魔力を奪い取ったことも事実だ。
だから北条は確認に来たのだろう。
魔力を奪うために翔子を斬ったのか?
それとも本当に実験の意味で翔子を斬ったのか?
その事実を確認しに来たのだ。
翔子を斬った目的はどちらなのか?
その答えを知ろうにも当の本人である翔子は現在意識不明の状態だ。
となれば、必然的にこちらに近づいて確認するしかない。
俺がどういう人間で、
どういう目的で動いているのかを知るために、
直接確認するしかなかったのだろう。
「美袋翔子が心配ということか。」
「はっきり言えばそうなるな。」
本質的な部分を問いかけてみると、
北条は驚くほど正直に認めていた。
「まあ、ないとは思うが、もしもお前が魔力欲しさに翔子をだまして斬ったっていうのなら俺は全力でお前を潰すつもりでいる。だが逆に、翔子の為にやったってことなら何も言うつもりはねえ。むしろ面倒な役目を押し付けてすまねえと思うだけだ。でもな?俺にはお前の目的がわからねえし、翔子に話を聞くこともできねえ。だから自分の目で確認しに来たんだよ。きっかけはともかくとして、お前は『どっちの意味』で翔子を斬ったのか?その真偽を確認するために、な。」
目的を告げる北条の顔は今も笑顔を絶やしていない。
だがその瞳の奥はぎらぎらとした殺気に満ち溢れている。
おそらくこちらの発言次第で自分の立場を明確にするつもりなのだろう。
北条の目を見れば本気で潰しに来る気でいることは明白だ。
…今の俺では勝てないな。
目の前にいる男は翔子よりも格上の存在だ。
現時点では翔子に勝てるかどうかさえわからないのに、
その上にいる北条を敵に回すのは得策ではない。
ならば、どう答えるべきだろうか?
北条を納得させる言葉を考えるのは簡単だ。
翔子が言っていた言葉をそのまま伝えればいい。
嘘もごまかしも必要ない。
今朝の出来事は翔子が望んでしたことだからな。
北条に恨まれる覚えはない。
少なくとも翔子が目覚めた時に事実関係は明らかになる。
だから今は翔子の言葉を伝えるだけで北条は納得するはずだ。
…だが、それでいいのだろうか?
翔子自身の願いを叶えるためとは言え、
翔子を斬ったという事実にこちらの責任がないとは言い切れない。
どういう経緯であれ、
翔子を意識不明の状態に追い込んだのは事実だからな。
少なくともその責任は負うべきだろう。
翔子を傷つけたという一点において、
何を言われても反論できない。
だから。
考えることを放棄することにした。
考える必要はない。
説明する事もない。
俺の行動は自分自身がよく知っている。
決して翔子の魔力が欲しかったわけではないからだ。
そんな理由で翔子を傷つけたわけではない。
今はただ、その事実だけを伝えればいい。
「頼まれたから斬った。ただそれだけだ。」
翔子の願いを叶えただけだと答える。
それで北条が納得するかどうかはわからない。
だが、それ以上の説明をするつもりはない。
「………。」
再び静寂が生まれ、
互いに見つめ合うだけの時間が流れる。
そして。
北条から沈黙を破った。
「まあ、そうだろうな。」
こちらの態度から何かを悟ったのだろうか?
それ以上の追求をしてこなかった。
ただ純粋に、ごく普通の笑みを浮かべている。
「一応言っておくが、最初からお前を疑ってたわけじゃねえ。ただ、万が一そうなら手を打つ必要があるって思ってたってだけだ。だからあまり気にしないでくれ」
疑っているわけではないらしい。
ただ可能性として考慮していたということだろう。
そしてその可能性が思いすごしだと感じたようで、
笑顔を浮かべたまま俺を見つめている。
その瞳に先ほどまでの殺気など微塵も感じさせなかった。
おそらく俺を威圧する気がなくなったのだろう。
結果的に説明らしい説明はしていないのだが、
それでも北条は満足した様子だった。
「納得したのならそれでいい。で、まだ俺に用があるのか?」
「いや、特にはねえな。でもな、せっかく来たのにもうおしまいってのはつまらねえだろ?監視ついでにもう少しお前に付き合おうと思ってる。」
………。
結局、そうなるのか。
理由はなくても付いてくるつもりらしい。
その言葉を聞いた瞬間に、
ため息を吐きそうになった。
…話し合いの意味はなかったな。
これまでの話し合いの甲斐もなく、
結局一人にはなれないということだ。
はっきり邪魔だと言って遠ざけるのは簡単かもしれないが、
それだと再び妙な疑いをかけられかねない。
疑いが晴れても決して仲良くなったわけではないからな。
不用意な発言は避けるべきだろう。
もちろん疑われて困るようなことは何もないのだが、
わざわざ敵対する必要もない。
今は面倒でも北条の監視を認めておいたほうが今後の活動がしやすくなるだろう。
少なくとも、突然襲われることはないはずだ。
とはいえ。
翔子にしても、北条にしても、暇なのだろうか?
理由もなくついてくるという考え方が理解できない。
そんな素朴な疑問は感じたりもする。
…だが、何を言っても無駄だろう。
北条と離れて単独行動をとるのは諦めるしかない。
翔子同様、北条もこちらの意見を聞き入れてくれそうにないからな。
勝手気ままと言えばそれまでだが、
傍若無人というほどではなさそうだ。
最低限の会話は成立している。
相談役だと思えばそれなりの価値はあるのかもしれない。
今はそう判断して、北条の同行を認めることにした。
「監視がしたければ、好きにすればいい」
「ああ、悪いな。迷惑だろうが、もう少しだけ我慢してくれ」
悪いと思うのなら一人にして欲しいと思うのだが、
ここで議論しても時間の無駄なのはすでに十分理解している。
「好きにしろ」
北条との会話を放棄して最後の検定会場に向かうことにした。
そのすぐ後ろを楽しそうな表情の北条がついてきている。
…気にするだけ時間の無駄か。
翔子の代わりに現れた北条。
どちらが良いというわけではないが、
必要以上に話しかけてこないだけまだマシなのかもしれない。
本当にいるだけなら害はないからな。
今後どうなるのかはわからないが、
ひとまず北条と二人で最後の検定会場に向かうことになった。




