8対1
手続きを終えて訪れたのは試合場A-1になる。
俺が試合場に着くと、
周囲に『9人』の生徒が集まってきた。
8人は対戦相手だが、
残り一人は北条真哉だ。
生徒数よりも多くなってしまった審判員や係員達まで、
この異常な事態に興味を惹かれて試合場を取り囲むように集まっている。
そんな状況の中で8人の生徒達が口々に話し掛けて来るが、
いちいち答えていたらキリがないからな。
沈黙したまま試合場に立つことにした。
そんな素っ気ない俺の態度を見て、
ぶつぶつと文句を言いながらも試合場に入る対戦相手の生徒達。
周囲の観客からの注目を浴びながら、
8対1の試合が始まろうとしている。
…のだが。
今回はいつもとは違って審判員が試合場に入ってくる様子がなかった。
誰が審判を行うかで迷っているのだろうか?
通常、試合場ごとに審判員が決まっているので話し合う余地などないと思うのだが、
本来なら審判を務めるべき係員が試合場に入ってこようとしない。
この状況を不思議に思うのは俺だけではなく、
対戦相手である8人の生徒達も同様の様子だ。
「審判はどうした?」
試合場内において最も離れた場所にいた松尾篤が審判不在の理由を問いかけてみると、
観客を分け入って一人の生徒が歩み出てきた。
「今回の審判は俺がやるんだよ。」
率先して出て来たのが誰かは考えるまでもない。
学園2位の北条真哉だ。
「まあ、普通に考えて試合場に9人もいれば大混戦となるわけだが、そうなると審判員にも被害が出かねないからな。だから、この試合の審判は俺がやることにした。」
自信満々に宣言する北条だが、
その言葉には裏があるとしか思えない。
他の審判員では被害を免れることはできないが、
自分なら被害はないと言っているに等しい発言だからだ。
そしておそらく実際にそうなるだろうとも思う。
北条の自信がただの過剰ではない事は間違いないだろう。
少なくとも他の生徒達は北条のことを知っているようで、
誰一人として異論を唱える者がいなかったからな。
「どうやら、文句はねえようだな」
誰も反論しないことを確認した北条はこれまで以上に楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「なら、さっさと始めようぜ」
満足げに微笑む北条が足音も立てずに試合場の中央に向かう。
その道中ですれ違いざまに話しかけてきた。
「まあ、なんだ。ただ単に一度やってみたかっただけなんだけどな」
嬉しそうな表情を浮かべながらも、
俺に聞こえるように小さな声で囁いてくる。
「とりあえず段取りは整えてやったぜ。」
「ああ、感謝する。」
今は素直に感謝の言葉を返しておく。
現状、北条の協力によって俺の都合のいいように事態は動いているからな。
不満などあるはずがない。
「面倒をかけてすまない。」
「ははっ。気にすんな。これも俺の役目だからな。」
翔子の代わりの監視。
その役目を遂行するために動いているだけだと告げた北条が試合場の中央に立つ。
そして右手を高く掲げて試合開始を宣言した。
「それじゃあ、始めるぜ!試合、始めっ!!」
宣言と同時に、即座に後方に下がる。
その北条と入れ代わるように一気に前へと飛び出した。
ここまでお膳立てされて負けるわけにはいかないからな。
翔子を意識不明の状態に追い込んだうえで、
学園の校則を無視してまで試合を行っているのだ。
ここで敗北するようなことがあれば、
北条だけではなく翔子にも合わせる顔がない。
「こちらの都合に巻き込んでおいて申し訳ないが、全力で切り伏せる!!」
ルーンを発動させて一直線に試合場を駆け抜ける。
その間、俺の動きを見ていた8人の対戦相手達はすでにちょっとした混乱状態に陥っている様子だった。
その理由はこちらが魔剣を発動したから、ではない。
試合場という限られた範囲に問題があるからだ。
「散開しろっ!!」
115番の東矢春樹が大声で叫ぶが、
個人戦ばかりで連携など練習したことのない生徒達は的確な配置につくことができずにおろおろと戸惑っている。
「八方に移動するのよっ!!」
104番の宮島京香が指示を出したことで8人の生徒達は大慌てで散開し始めた。
試合場内は1対1であれば十分な広さがあるものの。
8人が密集するとかなり狭く感じられる。
どこにいようと魔術を放つのは簡単だが、
その余波や流れ弾によって他の誰かを巻き込みかねないからな。
そんな不安を感じながらの試合となるために、
散開しようとする生徒達の行動は正しいと思うのだが。
一つだけ決定的な問題が残っている。
悪くはない判断だが、
動きが遅すぎるということだ。
全力で前に突き進んだために、
すでに俺は試合場の中心付近にいる。
対する生徒達はまだ配置についてすらいない。
それぞれが8方向に避難しようとしている途中だ。
だが無理に8方向に散ろうとすれば必然的に俺の後方にも回り込まなければならないことになる。
そのための移動が明らかに遅かった。
「やはり複数による戦闘は苦手か」
学園の方針とはいえ。
個人戦ばかり行っている生徒達に効率よく戦えと思うのは無理があるようで、
対戦相手の誰もが味方への誤射を恐れて消極的な動きを見せていた。
「だが、始めた以上、手加減はしない。」
いくら生徒達が複数戦を得意としていないとはいえ、
全方向を囲まれればこちらが不利になるのは避けられないからな。
そうなる前に包囲網を乱す必要がある。
「順番に眠ってもらう」
突撃していた状況から一転して、
即座に後方へと引き返す。
まだ背後に回りきれていない生徒を真っ先に排除するためだ。
「まずはお前からだ」
「!?」
各生徒達が口々に魔術の詠唱を始めているが、
背後に回り込もうとしていた生徒に迷う事なく狙いを定める。
標的は109番の山崎信太だ。
「くそっ!背後に回り込むつもりが、接近しすぎたっ!」
真っ先に狙われたことで絶望的な表情を浮かべる山崎だが後悔しても既に遅い。
包囲網の一角である山崎を手にした魔剣で一刀両断に切り捨てる。
下段から上段へ切り上げる一撃。
物理的な攻撃は行わずに魔力だけを斬った。
その結果として一見無傷な山崎だが、
寸断された魔力を根こそぎ魔剣に奪い取られたことで意識を失って倒れ込む。
「………。」
倒れた山崎は動かない。
あまりにも一方的な結果によって他の生徒達も絶句している。
「また、一撃だと…?」
驚くのも無理はない。
あまりにも一瞬の出来事だったからな。
実際に目の前で起きているにもかかわらず、
信じられない気持ちになるのも当然だろう。
「うわ~。無茶苦茶よね…。」
一瞬の出来事によってあっさりと一人が脱落したことを驚いて詠唱中だった魔術を中断する者達が続出する中で、
これまでの状況を見ていた北条は真剣な表情で試合を眺めている。
「そうだよな。最低限、この程度は頑張ってもらわないとな。せっかくここまで来た甲斐がないってもんだぜ」
俺の実力を確認したことでどこか楽しそうにも見える北条だが、
今は外野に気を向けていられるほど暇ではないからな。
早急に次の生徒を排除しなければならない。
「次はお前だ」
山崎が倒れたことに驚いて詠唱を中断してしまったのだろう。
油断を見せてしまった次の生徒に狙いを定めて一気に駆け寄る。
「く、くるなっ!!!!!!!!」
慌てて逃げようとしているがすでに遅い。
こちらはすでに刃が届く距離にいる。
「逃がしはしないっ」
魔剣を振りかざす。
ただそれだけの行動で恐怖の表情をあらわにしたのは東矢春樹だ。
「や、やめろっ!」
おそらく自分でも勘付いているのだろう。
魔剣の一撃を受ければ確実に倒れる、と。
そうなる前に必死に逃げようとする東矢だが、
背中を見せた直後に背後から容赦なく魔剣を突き立てた。
全力での突きだ。
手加減はしていない。
「…!?」
体を貫かれた東矢は声も無いまま力尽きて倒れる。
「これで二人」
東矢が倒れたことを確認してから次の生徒に狙いを向けようとしたその直前。
すでに112番の奥野あずみの魔術が完成していたようだ。
「今なら誤射の心配はないわ!!エクスカリバー!!!」
放たれた無数の風の刃。
最上級魔術であり、これまで幾度も見てきた魔術。
その攻撃に迷いがないことは即座に判断できた。
「良い判断だな。」
すでに東矢が倒れているために味方を気にする必要がなくなったのだろう。
あずみは試合場に倒れている東矢を巻き込むことも構わずに全力で魔術を放ってきた。
「だが、一人の攻撃では届かない。」
倒すべき相手はまだ6人もいる。
上手く連携をとられれば苦戦するかもしれないが、
単独で放つ魔術ならば魔剣だけで十分に対処できる自信がある。
「全てを喰らう」
迫り来る不可視の風の刃の驚異を直感で感じ取りながら即座に体勢を立て直して魔剣を構えた。
「消え去れ」
真一文字に剣を振った直後。
不可視の風の刃を魔剣が一つ残らず切り裂いた。
「うそっ!?目では見えないのよ!?い、いえ、そもそも数百に及ぶ風の刃をひと振りで消し去るなんて、そんなの有り得ないわっ!!!」
現実を認められずに目の前で起きた現象を全力で否定するあずみだが、
どれほど否定したところで状況は何も変わらない。
あずみが放った風の刃はすでに消え去ったあとだ。
その一瞬の攻防には北条でさえも驚きを感じている様子だった。
「まじか…っ!?」
あずみの放った魔術が何事もなかったかのように消滅したことに驚いている。
自分なら真っ向から対処できると自信を持つ北条であっても不可視の風の刃を消滅させられるかと問われれば実現できる自信はなかったのかもしれないな。
驚くあずみと北条。
その一瞬の油断を逃さずに駆け出した俺の一撃があずみの体を一直線に斬り裂く。
「ぁ…ぐぅっ…!?」
現実を受け止められないまま、
あずみも試合場に倒れた。
試合開始からわずか2分での出来事。
ここまでの短い時間で倒れた生徒は3人。
それでもまだ5人の生徒が残っているため。
彼らは俺に狙いを定めて魔術を放とうと行動している。
「次は…」
各方面から狙い撃ちにされかねない状況だが、
迷う事なく次の生徒に狙いを定める。
最も近場にいた104番の宮島京香だ。
「…お前だ。」
視線を向けたことで自分が狙われていることを悟ったのだろう。
京香は逃げるための時間を稼ぐために、
すでに準備を終えていた魔術を放ってきた。
「メガ・ウイン!!」
魔術が発動すると同時に台風に匹敵する強烈な突風が生まれる。
まともに食らえば吹き飛ばされてしまうのは避けられない。
それだけの威力がある暴風だ。
おそらく京香の狙いは距離の確保だろう。
俺を吹き飛ばそうとしているのはすぐに理解できた。
…だが、それだけだ。
魔剣を風に向ける。
ただそれだけで突風は消滅して消えた。
「そんな、どうしてっ!?」
驚き戸惑う京香だが、
この程度は出来て当然だ。
魔剣は魔力を喰らう。
その力で魔術も喰らいつくす。
単純な範囲は問題ではない。
魔術に触れたという事実さえあれば問題は解決する。
「戸惑っている暇はないぞ。」
京香の目前には風を断ち切った魔剣がすでに迫っている。
「い、いやぁぁぁぁ…っ!!」
目前に迫る恐怖に怯える京香だが、
さすがに女子生徒を血まみれにするつもりはない。
…実験のついでだ。
手加減というほどではないが、
軽症であっても魔力が奪いつくせるのかどうかを確認するために。
足元を狙って魔剣を振りぬいた。
「あ…ぁぁ……っ…!?」
京香の右足をかすめた魔剣の刃。
その切っ先から魔力の流れを感じ取る。
…さすがに全ての魔力を奪うには至らないか。
だが魔剣の一撃を受けた京香は、
叫び声を途絶えさせながら意識を失って倒れてしまった。
…これは魔力だけが原因ではないな。
おそらく翔子と同じ現象だろう。
魔力を失ったことによる影響というよりも、
魔力を断ち切られたことによる精神的な影響が現れたのだと思われる。
…それでも魔力の大半を奪えたのは事実か。
かすり傷程度であっても魔力の吸収は行われている。
これも推測にはなるが、
魔術の消失と同じような現象が起きているのだろう。
対象の全身である必要はないということだ。
いや、致命傷でなくてもいいと言うべきか。
例え部分的であっても魔剣に触れることによって魔力の吸収は出来るということになる。
…相手に触れるだけで吸収が発動できるとすれば。
相手の体のどこを狙っても構わないということだ。
手、足、首、頭、胴。
そのどれを狙っても一撃で相手の魔力を奪うことが出来ることになる。
…魔剣の効力が予想以上だ。
かすり傷ですら必殺の威力を発揮できる。
その事実に気づいたことで一気に戦略の幅が広がった。
…無理に斬る必要がない。
当てるだけで良い。
それだけで相手の意識を奪える。
例え全ての魔力を奪えなくても、
戦闘不能にさえ出来れば敵の数を減らすことが出来る。
数という暴力を軽減できるということだ。
…これで4人。
試合開始から3分と経たずに半数の生徒が脱落した。
「次は…」
京香から視線を逸らして次の生徒の姿を捉えようとした瞬間に。
残る4人の生徒の魔術が発動した。
「ファイアー・ボール!!」
「アイシクル・ランス!」
「サンダー・ウォール!!!」
「バースト・フレア!!」
ほぼ同時に放たれた4種類の魔術。
それらを視界に捉えつつ、即座に行動を開始する。
まずは初撃のファイアー・ボールからだ。
頭上から降り注ぐ炎の玉を斬り裂くために、
魔剣を下段に構えて左下から右上に向かって一直線に振り抜く。
真っ二つに切り裂かれた炎の球は、
最初から何もなかったかのようにあっさりと消滅した。
そして勢いのまま切り返す刃が真正面から
飛来するアイシクル・ランスを分断する。
凍てつく槍は音もたてずに粉々に砕けて消えた。
…これで2手。
だが、迫り来る魔術はあと二つある。
全ての魔術にはまだ対応出来ていない。
…さすがに一振りの刃で全てを切り捨てるのは無理だったか。
肉体の反応速度の限界。
こればかりは魔剣があってもどうにもならない。
…今はまだ、自分自身の経験が足りていなかったと認めるしかないだろう。
対応しきれなかった魔術が周囲を取り囲んで雷壁を発生させてしまっている。
そしてその隙間を突き抜けてくる炎の炸裂弾が目前に迫る。
…これは回避不可能だな。
雷壁と爆炎。
どちらにも対応しきれない。
運よくどちらか片方に対処できたとしても、
もう一方の直撃は避けられないだろう。
4方からの連携攻撃。
初めて経験する圧倒的に不利な状況。
決定的な一撃を与えるに相応しい攻撃に負けを認めるしかなかった。
…仕方がないか。
出来れば魔剣だけで勝ち切りたかったが、
自らの未熟さを痛感した以上出し惜しみするわけにはいかないだろう。
…いざという時のために準備はしていたからな。
圧縮魔術を展開する。
「シールド!」
防御結界を展開して魔術の攻撃を防ぎきった。
通常の防御結界だが、
全ての魔力を遮断する絶対防御だ。
かつては扱いづらい魔術だと考えていたが、
魔剣を手にした現状ではただの結界も最強の盾に等しい効果をもたらしてくれる。
「一応言っておくが、『魔術を使わない』と言った覚えはない。」
今のところ霧と翼の魔術を使う予定はないものの。
だからと言って全ての魔術を使わないと決めたわけではない。
必要に応じて使い分けるつもりはある。
「さあ、再開しようか」
結界を解除して改めて攻撃を再開する。
次に狙う生徒。
攻撃の対象を選ぶために視線を動かす。
その間。
全ての攻撃が不発に終わった事に驚く4人の生徒達の動きは鈍かった。
…詠唱すらしていない、か。
さすがに戦意喪失とまではいかないだろうが、
攻撃が通じなかったことに戸惑っている様子だった。
おそらく結界を突き抜ける攻撃が思い浮かばないのだろう。
だが、これまでの攻防によって北条だけは何かを察した様子だった。




