精霊
それぞれの手に現れるルーン。
俺の手には聖剣『ジェネシス』が、
鳴瀬の手には巨大な鎌が現れている。
「ベルフェゴール。それがこのルーンの名前だよ。」
巨大な鎌を振り回す鳴瀬によって、
『ブオン!ブオン!」と、風を切る音が周囲に響き渡る。
「さて…と。それじゃあ。何も知らないだろうから、きみに僕達の本当の実力を見せてあげようか。」
静かに動きを止めてから、
鳴瀬が更なる力を解放し始めた。
左手でルーンを構えながら、
右手を天高く掲げている。
「僕達の学園で重要視されているのは魔術でもルーンでもない!僕達が求める力は精霊だ!!!」
力を宣言した鳴瀬の手の平の上で魔力の渦が生まれる。
何らかの形を作り上げようとしているようだな。
「シルフィー!!!」
鳴瀬が力を解放した瞬間に魔力の渦を中心として強風が周囲を吹き抜けていく。
そして輝きを増した魔力の渦が人型となって試合場に降り立った。
「これが精霊だ!」
誇らしげに語る鳴瀬の隣に精霊が寄り添う。
女性を模したその姿。
鳴瀬の魔力によって集められた風から生まれたのは『精霊』
意思も感情も感じさせない人型の魔力だ。
その存在は希薄で薄く透き通って見える。
「一応、説明してあげようか?『精霊』とは自然の力を象徴した存在であり、魔術とルーンの狭間の存在になる。魔力の供給を受け続ける限り決して消滅することがなく、僕の意思に応じて自由自在に動くことが出来る第3の力だ。」
…魔術とルーンの狭間か。
なるほどな。
確かにそれなら納得出来る。
結晶化したルーンは持ち主の手になければ力を発揮できない。
北条のように回収程度に呼び戻す程度のことは出来たとしても、
自由自在に相手を攻撃することは出来ない。
その一方、魔術は一度限りの力だ。
発動すれば消えるのが当然で、
長時間維持することは難しい。
防御結界などのように魔力を消費し続けることで維持することも不可能ではないが。
その為には魔術を維持する為に常に意識し続ける必要がある。
…だが。
精霊という定義が魔術とルーンの狭間であり。
魔力を与え続ける限り存在を維持し続けることが出来るのだとすれば、
その存在価値は大きいだろう。
『もう一人の自分がいる』という考えで言えば精霊という力は大いに評価すべき力だと思えるからだ。
「精霊魔術か…。」
成瀬の精霊を目にしたことで、
俺はとある事実に気付いた。
…いや。
確信した、と言うべきかもしれないな。
精霊という存在を知ったことで、
その力の使い方を『思い出した』からだ。
指輪によって能力を封印する以前に使っていた力。
俺はすでに『精霊』という力を使いこなしていたらしい。
「…なるほどな。」
呟いた俺の言葉が聞こえたのだろうか。
「何が、なるほど、なのかな?」
鳴瀬が問い掛けてきた。
「大したことではない。だが、ここでお前に…いや、お前達に出会えたことを心から感謝しよう。」
「…は?」
俺の言葉を聞いて不審に感じた様子の鳴瀬だが、
ここで長々と説明するよりも実際に証明してみせたほうが話は早い。
…今ならできるはずだ。
ルーンを構えたまま意識を集中させていく。
そして『あの魔術』を展開する。
「エンジェル・ウイング!」
俺の背後で眩しいほどの光が輝いた。
その直後に。
まるで白鳥が翼を広げるかのように。
一対の純白の翼が光を帯びながら俺の背後に姿を現した。
「な…っ!?何だっ!?」
鳴瀬が戸惑うのも当然か。
初見では理解が追いつかないだろう。
俺の身長を遥かに越える広さと大きさを持つ翼は神秘的な光を帯びて、
見る者全てを魅了する輝きを放っている。
…だが、今はそれだけだ。
本来の用途で言えばアルテマを発動するための媒体になるのだが、
高速化の能力を封印している現状では以前のような使い方は出来ないからな。
圧縮魔術の保管程度なら今でも可能だが、
高速展開が出来なくなっているためにアルテマを発動するための能力は存在していない。
だが、それでも。
この翼は単なる魔術ではない。
もちろん結晶化したルーンでもない。
…この翼は。
いや、この『翼も』
精霊と呼ぶべき存在だと確信した。
…とは言っても。
現状ではまだ完成とは言えないだろう。
今はまだ『力』が足りないからだ。
自然界を模した力を『精霊』と呼ぶのなら、
俺はこの翼に更なる力を与えよう。
「見せてやろう。これが俺の精霊だ。」
宣言する俺の背中から翼が離れ。
代わりに新たな光が翼の中心に輝く。
目を覆いたくなるほどの強烈な光が煌めき。
『幻想』が『現実』として降臨する。
会場にいる全ての者達の視線が翼の中心へと集中する中で、神々しく輝く神秘の光。
その輝きが収まった瞬間に。
この場にいる全ての者達が驚愕の表情を見せた。
…それは観客だけでない。
…そして鳴瀬だけでもない。
精霊魔術の使い手である『ヴァルセム精霊学園』の生徒を含め。
翔子も。
沙織も。
優奈も。
北条も。
そして御堂でさえも。
言葉をなくした様子で俺の作り上げた『精霊』へと視線を向けている。
荘厳なる雰囲気を放つ『存在』であり。
幻想と神話の狭間にある『存在』。
神々しく輝く神秘の翼と、
見る者全てを虜にする威光。
神聖なる輝きを放ち。
全てを司る『存在』
新たに生まれた精霊が俺の側へと降り立つ。
「これが『光の精霊』だ。」
女性を模しているが、
性別があるかどうかは不明だ。
純白に輝く大きな翼を広げ、
金色に輝く衣と長い髪が風に吹かれて揺らめいている。
身長は俺よりも僅かに低い程度だ。
あらゆる『神秘』を合わせ持つ精霊の力の象徴は『光』
万物の頂点に立つその名は『天使』
「…さあ、始めようか。」
「う…あぁ…っ!?」
宣言する俺を見つめる鳴瀬は、
一目で分かるほど恐怖に震えているのがわかる。
「ば、馬鹿なっ!?そんな…馬鹿なっ!?」
目の前の現実が信じられない様子だな。
戸惑うばかりの鳴瀬だが、
ここはすでに戦場だ。
降伏を認めない限り、
手を抜くつもりは一切ない。
「一応聞いておくが、戦う気がないのなら見逃してやろう。」
「な…な…っ?」
単なる造形物では起こり得ない威光を放つ天使を見つめる鳴瀬は、
声を震わせながら問いかけてきた。
「一体…お前は、何者なんだ…っ!?」
「くだらない質問だな。」
答える意味も価値もない。
俺自身は神でもなければ王でも英雄でもないからだ。
「…選べ。」
鳴瀬の目の前に立って聖剣を構える。
「選択肢は二つに一つ。戦うか、逃げるかだ。」
「ま、まだ負けたわけじゃない!戦いもしないうちから諦めるつもりはないっ!!」
戦う気があるならそれでいい。
「俺の精霊とお前の精霊。どちらが上か決着をつけるまでだ。」
「僕をなめるなっ!!」
大声で叫んで即座に風の精霊を操る鳴瀬。
その動きに対抗すべく、俺も天使を羽ばたかせる。
ばさばさと翼を動かして空を舞う天使が、
空中を舞う風の精霊に向かって襲いかかる。
…思ったよりも魔力効率が高い。
精霊を操るだけなら魔力を消費しないらしい。
…これはおそらく。
攻撃で消費するか。
攻撃を受けて削られるか。
何らかの行動を起こさない限り、
それほど大きくは減少しないということだろう。
全く必要が無い訳ではないが、
維持だけなら何時間でも可能だと思われる。
だがルーンもそうだが、
発動している限りは魔力が消費されている状態だからな。
召喚したまま魔力の回復を待つということはできそうにない。
だが、それでも。
魔術と違って自由に動かせる精霊は戦略的価値が圧倒的に高い。
…良いものを見させてもらったな。
精霊という力を手に入れただけでも魔術大会に参加した価値はあった。
…さあ、行け!!
空中で激突する二体の精霊。
風の魔術を即時展開できる精霊と
光の魔術を即時展開できる天使。
このまま精霊同士の戦いを見守っていたとしてもおそらく勝利は確実だろう。
…だが、それでは面白くない。
俺の能力は存在しない現象を現実に変える構呪だ。
…この状況で考えられる一手は。
これしないだろう。
風の魔術を自在に操って天使を打ち落とそうとする精霊を迎撃するために、
天使の手に新たな力を送り込むことにした。
「さあ、空を舞え!」
光と共に生まれるルーン。
天使の手に聖剣ジェネシスが現れる。
「馬鹿なっ!?精霊がルーンを使うのかっ!!!」
驚く鳴瀬に再び警告しておこう。
「上ばかり見上げていては足元をすくわれるぞ?」
「く…っ!?」
俺の攻撃を恐れて即座に後退する鳴瀬だが、
上空ではルーンを手にした天使が風の精霊を制圧しようとしている。
…決着までに1分もかからないだろう。
「精霊が消える前に急ぐことだ。今ならまだ俺に勝てるかもしれないからな。」
「くそっ!バケモノめっ!!!」
鳴瀬は大鎌を強く握り締めた。
このまま風の精霊が負ければ、
俺と天使の両方を同時に相手にしなければならなくなる。
その事実に気付いた鳴瀬が慌てて俺に攻め掛かってきた。
「うおおおおおおっ!!!!」
必死の形相で接近して来る鳴瀬の大鎌の刃が俺の首を目掛けて振り下ろされる。
…だがこれは。
脅威で何でもない。
鳴瀬の攻撃には力が足りないからだ。
精霊に頼っているとは言わないが、
ルーンの性能は最低限としか思えなかった。
これまで学園で戦ってきた生徒達とそれほど大差がない。
…これは鳴瀬自身の問題か?
精霊を重視しすぎているのか?
あるいは大賢者と呼ばれるほど魔術を極めた結果か?
どちらにしてもルーンの能力は脅威に値しない。
…これでは叩き潰すまでもないな。
俺の手にある聖剣によって軽く受け止める。
それだけで大鎌はあっさりと動きを止めてしまった。
「く、そおおおおおおおっ!!!」
やけになった鳴瀬は力任せに鎌を振り続けている。
すでに魔術を使うことにさえ意識が回らない様子だな。
今の鳴瀬には『大賢者』の面影が一切感じられない。
「…どうやらここまでのようだな。」
成瀬の限界を感じ取るのと同時に、
上空で爆発音が響き渡った。
どうやら風の精霊が消滅したらしい。
「なっ!?…ぁ、ばか、な…?」
冷静さを失った鳴瀬ではここまでが限界だったようだ。
「…眠れ…。」
聖剣で成瀬を切り伏せる。
「ぐ…っ、あっ…!?」
俺の一撃を受けて倒れ込んだ鳴瀬は、
そのまま意識を失ってしまった。




