戦意喪失
試合終了後。
試合場を取り囲んでいた生徒達を気にする事もないまま足早に受付へと歩みを進めた。
そして迷わず手続きを始める。
「もう一度試合がしたい」
受付で名簿を受け取って、次の生徒を選ぶ。
格上の生徒が残り少ないこともあってあまり選択肢は広くないが、
今回も名簿の一番下の生徒を選ぶことにした。
対戦相手として選んだのは生徒番号121番の手原相太だ。
いままで通り最も強い生徒を選んでもよかったのだが、
今後の戦いに備えてルーンの調整を行う為には数をこなす必要がある。
まだまだ情報が足りていないからな。
翔子と日比野を斬った事ですでに能力の把握は出来ているのだが、
それでも完成したと言い切るには少し経験が足りないと感じていた。
どういった攻撃でどの程度の効果が発揮できるのかがまだはっきりとしていないからだ。
かすり傷程度ならどうなるのか?
あるいは足を斬っただけでも魔力は枯渇するのか?
それ以前に魔力が枯渇しない条件は何なのか?
それらが判明していない状態だからな。
まだまだ完成とは言い切れないだろう。
翔子と日比野。
二人の魔力を奪い取った魔剣だが、
このルーンの本当の実力を計るには数をこなすしかない。
ルーンの限界はどこなのか?
魔術を切り裂くことはできるのか?
出来たとしてどの程度まで斬る事が出来るのか?
それらの疑問を解決するためには、
少しでも多くの実戦を行って情報を集める必要がある。
そういった情報を集めるために今後の方針を考えながら歩いているとすぐに試合場にたどりついたのだが、
ほぼ同時に周囲にいる生徒達が集まり出して急速に人だかりが生まれ始めた。
今までにないほどの賑わいだ。
会場内の大多数が集まっているのではないだろうか?
少なくとも会場内のほぼ全ての生徒が集まっているのではないかと思ってしまうほどの人数になっている。
おそらく俺が試合を行うことに気付いたのだろう。
先ほどの試合を見ていた生徒達が寄せ集まったことがきっかけのようだが、
妙な騒ぎに興味を持った他の生徒達まで集合したことにより、
周辺には今までにないほど多くの観戦者達が押し寄せてきていた。
おそらく彼らの関心は俺の魔剣にあるのだろう。
試合場周辺において魔剣の話題が囁かれる中で、
少し遅れて到着した手原相太が姿を現した。
「…はぁ。やっぱり、きみなのか。」
小さく呟き、ため息を吐いている。
どこかで出会った覚えはないが、
向こうは俺のことを知ってるらしい。
だとすると。
推測でしかないが、
おそらくは先ほどの試合の観戦者の一人なのだろう。
すでに魔剣を目にしているせいで弱気な態度が見え隠れしている。
「さっきの試合を考えれば勝てるはずもないし、大人しく降伏するべきかな…。」
残念なことに、
試合前からすでに戦意を失いつつあるようだ。
これでは戦う意味がない。
全力で抵抗してもらわなければ実験が成立しないからな。
戦う意志が感じられない落ち込み気味の手原に興味を失ったことで、
こちらから話しかけてみることにした。
「戦う気がないのなら無理をする必要はない。こちらから試合を放棄しよう」
試合放棄の結果としてこれまで積み重ねてきた無敗記録は失われることになるが、
そんな些細な記録にこだわるつもりはない。
今は試合の記録よりも内容が重要だからな。
「戦う気がないのなら他を探す。」
他の生徒でも良いと告げたことで少し心が動いたのだろうか?
手原は素直に試合を中断しようと思ったようだが、
周囲はその行動を認めなかった。
「逃げるんじゃねー!!」
「「「戦えー!!」」」
「くっ…。」
周囲の生徒達からの批判が相次いで巻き起こった。
そのせいで棄権を口に出来ない状況に追い込まれてしまっている。
「…くそっ。人の気も知らないで勝手なことを」
野次馬の発言に苛立っているようだが、
はっきりと言い返すつもりはないらしい。
気が弱いのか、それとも状況に流されやすいのかは知らないが、
周囲の生徒達の勢いに流された手原は試合場に足を進めていった。
「こうなったら、出来る限りはなんとか…。」
………。
あまり前向きとは言えない言動に呆れてしまう。
これでも本当に上位なのだろうか?
そんな疑問すら感じるが、
手原から感じ取れる魔力そのものは決して見下せるものではない。
実際の実力はそれなりにあるはずだ。
それでも周囲の状況に流されて自信を喪失しているのだろう。
試合場に足を進めるごとに手原の顔色が恐怖に染まっていく様子がはっきりと見て取れる。
「くっ、うぅ…」
言葉にならないうめき声を上げて怯える手原。
その姿に格上の威厳は感じられない。
…これでは戦うだけ時間の無駄だな。
早々に切り上げて次を探すべきだろう。
今回の試合は諦めて次の試合に期待するしかない。
試合場で互いに向かい合う。
言葉を交わす事もないまま、
無言の時が流れていく。
そんな静寂の中で静かに試合場に歩みを進める審判員は、
二人の間に立って互いの顔を順番に眺めていた。
冷静に構える俺と怯えて戸惑う手原。
二人の表情を見ただけで、
すでに試合の結果は見えている。
だがそれでも逃げ出さずにこの場に留まる勇気を見せた事だけは称賛に値するのかもしれない。
「試合始めっ!」
今回も試合開始と共に駆け出すことにした。
右手に魔力が集まり、
魔剣がその姿を見せようとしている。
「っ!!!」
抵抗する様子さえ見せないまま驚愕の表情を浮かべる手原は一歩も動かない。
恐怖が体を硬直させているのだろうか。
戦う意志を見せない手原が何らかの行動に出る前に距離を詰める。
そして情けをかけることなく、
一思いに剣を振り切った。
一閃。
横凪に払った魔剣の刃が手原の体を切り裂く。
「っ!?」
手ごたえは先ほどの試合と同様だが、
今回は物理的にも魔力的にも斬った感触があった。
もちろん手加減はしていない。
体から流れ出る鮮血を視点のズレた瞳で眺める手原は、
最初から最後まで何もできないまま意識を失ってしまった。
これで試合は終了だ。
手原は逃げる事も戦う事も出来ないまま倒れた。
すぐに倒れた手原に駆け寄る審判員だったが、
今回も予定通り命に別状はないはずだ。
「試合終了!!」
この試合も勝利したことで難なく生徒番号121番を獲得した。
その結果として再び騒然となる会場だが気にするつもりは一切ない。
周囲の生徒達を気にせず、
試合を終えたことでもう一度受付に向かうことにした。




