諸刃の剣
「先手必勝!!ソニックブーム!!!!」
試合場を破壊しながら勢いよく突撃する。
北条は最速の一撃で彩花に襲い掛かった。
「…あらあら?以前よりも速くなってるわね。」
全く驚いているようには見えないが。
彩花は急接近する北条に向けて『ゆっくり』と短剣を構えた。
すっと半身に構えて、
逆手のまま水平に握りしめる短剣。
それ以上の行動はなく、
ただじっと北条を見つめている。
その様子は互いの距離を測っているように思えなくもないが、ただそれだけだ。
…迎撃しないのか?
御堂や翔子のような攻撃特化には見えない。
どうやって北条の攻撃を止めるつもりなのだろうか?
北条の攻撃が届くのはホンの数秒。
1、2秒の距離だ。
即座に対応しなければ迎撃は間に合わないはず。
…何をするつもりだ?
余裕を見せる彩花の行動を眺めていると。
北条が試合場の中央を超えた辺りで、
何らかの魔術が発動されたように見えた。
「…幻惑、蜃気楼。」
魔術が展開された瞬間に彩花の身体が揺らめいて見えた。
ゆらゆらと歪む景色。
俺の認識としては一瞬の出来事だったのだが、
試合場にいる北条は突如として動きを止めて攻撃を中断していた。
「ちぃ…っ!また幻かっ!?」
…幻?
北条が何を見ているのかは分からない。
だが何らかの影響を受けて戸惑う様子を見せている。
…蜃気楼を見せる魔術なのか?
ここから見る限りでは二人の状況に変化は見えない。
ただ北条が攻撃を中断しただけだ。
…彩花は幻術使いということか?
もしもそうだとすれば、
北条は距離感を見失ったということだろうか?
彩花は開始線に立ったままだ。
北条は試合場の中央付近で立ち止まってしまっている。
どちらも無傷。
だが、どちらも動きを止めている。
…動けないのか?
あるいは動かないのか。
外部からは分からないが、
僅かに試合場全域が揺らめいて見えるような気はする。
だが、それだけだ。
慌てる程ではないように思える。
…魔術の影響下にいる北条には何らかの幻が見えているということか?
「くそっ!距離感が掴めねえ!」
揺らぐ景色と幻。
そして蜃気楼。
…魔術の効果は推測できる。
北条が何を見ているのかは分からないが、
おそらくは歪んだ距離感を見せられているのだろう。
倒すべき彩花が何処にいるのか判別できないのかもしれない。
本物の彩花と偽物の蜃気楼。
その区別が出来なくなる幻覚だと思われる。
あらゆる魔術を強行突破出来る北条と言えども、
さすがに幻までは回避出来ないということか。
…と、言うよりも。
物理的な攻撃ではない精神攻撃だからこそ、
北条にとって最も相性の悪い相手なのかもしれない。
「あらあら?早く逃げないと以前と同じ歴史を繰り返すことになるわよ?」
のんびりと歩みを進め始めた彩花は、
手にした短剣を握り締めながら堂々と北条に近づいていく。
焦らず、急がず、ただ静かに。
立ち止まったままの北条へと歩み寄っていく。
「さあ…。どれが本当の私かしら?」
短剣を振りかざす彩花の動きに北条は全く対応できていない。
距離感が歪んでしまったことで、
敵が近くにいても遠くに感じている様子だ。
「ふふ…っ。やっぱりあなたはこの程度なのね?」
周囲の状況が把握できない北条の背後から、
邪気を放つ短剣が振り下ろされようとしている。
「ち…っ!!」
現実と幻の区別のつかない北条は、
緊急手段としてその場を中心としてラングリッサーを一直線に振り回した。
「まとめて薙ぎ倒すっ!!」
風きり音を轟かせながらの一回転。
その攻撃は背後にいた彩花に直撃するはずだった。
「…あらあら、怖い怖い。幻惑、脱力!」
北条の攻撃が届く前に。
さらなる幻術が放たれた。
…幻術の圧縮魔術か。
これは回避できないだろう。
どれほど早く動こうとしても、
無詠唱の魔術には追いつかない。
その結果として。
北条は新たな幻に飲まれてしまったようだ。
「くそ…っ!…力が…っ!?」
北条の勢いが明らかに弱まっている。
槍を振り回す力が奪われたのだろうか。
槍に振り回されていると言ったほうが正しい動きだ。
それほど明確に動きが鈍っているように見えた。
「…ちぃっ!ちょっとはまともに戦いやがれっ!!」
立ち続ける気力さえ保てずに膝をついた北条はルーンさえも手放してしまっている。
これではとても戦えるようには思えない。
やはり北条にとって精神攻撃は最大の鬼門のようだな。
このままでは翔子達の予想通り、
何もできずに敗北してしまうだろう。
「ふふ…っ。残念だったわね?」
哀れみを込めるかのような瞳で北条を見下ろす彩花は短剣を構え直してから再び北条に切り掛かった。
容赦なく振り下ろされた刃が『ズッ…ブッ…』と、
北条の胸に突き刺さった。
「ぐあああああああああああああああっ!?」
肉が切れる音と共に響き渡る悲鳴。
それでも彩花は手を緩めることなく、
『グリグリ』と短剣で北条の身体をえぐり続けている。
「まだまだ…楽にはしてあげないわよ?」
優奈を攻め続けたピーターと同様の展開だ。
だが悪意があるという意味では、
こちらのほうが残酷だろうな。
…意図的な刺殺だ。
北条が死ぬ可能性を考慮したうえで、
わざと傷口を抉っているようにしか見えない。
「があ、ああああああああああああっ!!!!」
「ふふ…っ。良い声、ね。」
血を吐きながら叫び続ける北条の姿を見ていた彩花は妖しく微笑んだままだ。
北条の叫び声が心地よく聞こえるのだろうか?
徹底的に性格が歪んでいるように思えるが、
余裕を見せたその行動が彩花の運命を変えてしまうことになるようだ。
「う、ぜえ…っ!!」」
突如として北条が動き出した。
そして目の前にいる彩花の手を掴みとった。
「…え…っ!?」
戸惑う彩花に対して、
北条は血を吐きながらも微笑みを見せる。
「は…ははっ。彩花…油断したな?」
「な、に…を…っ!?」
笑顔が消え去り、
表情を凍りつかせる彩花に北条が宣告する。
「お前を『捕まえた』。これでお前の負けだ。俺はもう、お前を逃がさねえ!」
「…っ!」
強く宣言する北条を見て、
彩花は蒼白の表情で北条の手を振り払おうとしていた。
…だが。
北条は決して彩花の手を離さない。
「俺はお前を逃がさない。そして、お前に勝つ!!」
彩花を捕らえたまま、
両手に力を込めている。
「ラングリッサー!!!」
叫ぶ北条の意志に呼応して、
試合場に転がっていた槍が動き出す。
目標に向けて飛び出した槍は一直線に主に向かい。
北条に捕らえられている彩花の背後から刃を突き立てた。
「き…ゃ、あ…っ!?」
「ぐ、あっ!!」
身体に突き刺さる槍が彩花の体を貫いた。
ハルバードの刃だ。
傷口は優に30センチを超えるだろう。
即死級の致命傷。
この一撃は死に至る危険性がある。
…だが。
その攻撃は諸刃の剣だったようだ。
彩花の体を突き抜けてしまったために、
北条自身も刃を受けて重傷を負ってしまっている。
「…は、はは…っ。心中覚悟の反撃だが、ひ弱なお前には…これで、十分だろ…っ?」
肉を切らせて骨を断つと言ったところか。
槍を遠隔操作した北条は、
自らを犠牲にすることで彩花の身体に槍を突き刺すことに成功したらしい。
「う…ぅぅ…ぁぁ…っ!?」
うずくまる彩花が魔術を途絶えさせたことで全ての幻が消え去ったようだな。
「…ようやく、幻が消えたか。」
北条は自らの胸に突き刺さったままの短剣に視線を向けてから、
まずはラングリッサーを引き抜いてゆっくりと立ち上がった。
「ち…っ。急がねえと、やべぇな…。」
ふらつく身体で立ち上がった北条は、
うずくまる彩花に視線を向けた。
「余裕をかまして俺に近付いたお前の負けだ!!」
彩花に刺さる槍に手をかける。
「大人しく眠りな!!」
「…あああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
槍を引き抜くと同時に彩花の悲鳴が響き渡った。
傷ついた体を抉られるという痛みを彩花自身も味わってしまったからだ。
痛みに苦しむ彩花に対して、
北条は再び槍を構えている。
「ぶっ飛べ!!ボルガノン!!!!」
「…ぁぁぁぁぁっ!!!!!」
至近距離から放たれる刺突を受けた彩花は、
声を出すことさえ出来ずに試合場の防御結界まで弾き飛ばされることになった。
「………!!!」
結界に激突してから場外に落ちた彩花は、
衝撃で立ち上がれない様子だ。
意識はあるようだが、
動き出す気配はない。
…終わったか。
「試合終了!!!勝者、ジェノス魔導学園!!!」
「…マジで、やべぇ…。」
審判の宣言の直後に呟いた北条も力尽きて、
その場で崩れ落ちて倒れた。




