本当は誰かに
《サイド:深海優奈》
…あうぅぅぅ。
ど…ど、どうすれば良いのでしょうか?
向かい合う総魔さんの顔を見つめる勇気が私にはありません。
盗み聞きをしていたという罪悪感が、
心に重くのしかかっているからです。
「…優奈。」
「…は、はい…っ!」
ただ名前を呼ばれただけなのに、
『ビクッ…』と肩が震えてしまいました。
「…あ、あのっ。そ、その…。ご、ごめんなさい…。私…っ。」
どうして良いのかが分かりませんでした。
なんて答えれば良いのかが分からなかったんです。
…そのせいで。
泣いてしまいそうになりました。
「私、私…っ。」
上手く言葉に出来ない自分が嫌になります。
出来ることなら逃げ出したいと思うのですが、
走り出す勇気さえありません。
ただただ総魔さんに責められることが怖くて。
何も出来ずに泣いてしまったんです。
「す、すみません…っ。ごめん、なさい…っ。」
「………。」
謝ることしか出来ない私でしたが、
何故か総魔さんは怒りませんでした。
…いえ。
怒るどころか。
そっと私の頭に手を置いて優しく撫でてくれたんです。
「…気にするな。」
とても優しい言葉に思えました。
ですがその優しい言葉が、
余計に私の心を締め付けるんです。
「どうして…どうして怒らないんですか…っ?」
「怒るほどのことではないからな。それに…いずれ分かることだ。」
私の頭から手を離した総魔さんは、
もう一度同じ言葉を繰り返しました。
「いずれ分かることだ。俺のことも…それ以外のこともな。」
総魔さんのことというのは、
総魔さんの過去と復讐の理由だと思います。
そしてそれ以外のことというのは、
戦争が始まるというお話です。
ですが今はどんな話よりも。
たった一つのことが頭から離れませんでした。
それは総魔さんのご両親が殺されたというお話です。
その事実がどうしても頭から離れませんでした。
…総魔さん。
両親が殺されるというのは、
どういう感情をもたらすのでしょうか?
両親に愛されて生きてきた私にはわかりません。
もしも私が総魔さんの立場だったとしたら、
どんな気持ちになるのでしょうか?
総魔さんのように、
復讐を考えるのでしょうか?
それとも何もできずに、
一人で死んでしまうのでしょうか?
…分かりません。
家族を失い。
住む家も失い。
一人で孤独に生きるという人生は、
私には想像さえできないからです。
…どんな小さな幸せにも見向きもせずに。
…ただひたすらに。
復讐の為だけに生きてきたと宣言した総魔さんは、
今までどんな気持ちで生きてきたのでしょうか?
能力に関する人間関係を別とすれば、
ごく平凡な人生だった私が総魔さんに対して言えることなんて何もありません。
ですが、それでも。
聞かずにはいられませんでした。
「…総魔さん。」
恐る恐る見上げる総魔さんの表情はいつもと変わりません。
だけど今はその表情が、
とても寂しく思えてしまったんです。
…総魔さんの瞳に。
いつもの優しさが感じられないからです。
まるで全てを諦めてしまったかのような、
遠い目をしているように見えたんです。
今の総魔さんの瞳からは、
ただただ絶望しか感じられませんでした。
復讐という目的の為だけに生きているという感情を象徴しているように見えてしまったんです。
…だから。
聞いてしまったんです。
「…辛くは、ないですか?」
「いや…。何も思うことはない。」
「そう、ですか…。」
問いかけてみても、
全く表情を変えることがありませんでした。
だからこそ。
総魔さんの本心が見えないことをとても寂しく感じてしまったんです。
…だから、でしょうか?
落ち込んでしまう私に、
総魔さんは今の気持ちを聞かせてくれました。
「これが俺の選んだ道だ。生きていくことに喜びも悲しみも必要ない。俺に必要なのは目的を成し遂げる為の『力』だけだ。」
…力だけ?
本当にそうでしょうか?
私はそうは思いません。
そんなの嘘だと思うからです。
…だって。
だってもしも本当にそうだとしたら。
私や先輩達に笑顔を見せてくれたりしなかったはずです。
誰も必要とせずに。
自分一人だけで戦うつもりだったのなら。
最初から私達と関わる必要なんてなかったはずなんです。
喜びも悲しみもいらないとすれば。
私達と関わる必要すらなかったんです。
…だから。
…だから総魔さんは。
本当は誰かに頼りたかったのではないでしょうか?
本当は誰かに助けて欲しかったのではないでしょうか?
孤独でいることが辛いから。
誰かと一緒にいたいと思ったのではないでしょうか?
そんなふうに聞きたいと思いました。
…ですが。
その言葉を口にすることは出来ません。
…だって。
だってもしもその言葉まで否定されてしまったら。
もう二度と総魔さんに会えないような。
そんな気がしたからです。
私達の存在が必要じゃないと認めてしまった瞬間から。
私達の手の届かないどこかへ行ってしまうような。
そんな気がしたんです。
…だから私は。
涙をこぼしながらも別の問い掛けをしてみました。
「私では…総魔さんのお役には立てませんか?私では…総魔さんの支えにはなれませんか?」
それが私に出来る精一杯の問い掛けです。
この言葉を否定されたら、
私は立ち直れないかもしれません。
そんなふうに思いながらも見上げてみた総魔さんの表情は、
どこか寂しそうに見えました。
…だけど、それだけです。
「………。」
総魔さんは、
何も答えてくれませんでした。




