わざと下の名前で
《サイド:天城総魔》
………。
ようやく会える。
美由紀に先導させながら進んだ通路の先で、
特別観戦席と呼ばれる立ち入り禁止区域にたどり着いた。
…ここは他の一般席とは違うようだな。
一部の人間だけが入ることの出来る区画らしい。
各学園の学園長や大会の実行委員、
あるいは各町の知事など一定以上の地位や名誉を持つ者ばかりが集まっている場所のようだ。
「ここか?」
「お願いだから、暴れたりしないでよ。」
釘を刺すつもりで言ったのだろう。
美由紀は一度だけ俺に振り返ってから、
即座に内部の者達に声をかけていた。
「失礼します。」
礼儀正しく挨拶をしてから中へ歩みを進める美由紀のすぐ後ろを進みながら目的の男を探してみる。
会うべき人物は『米倉宗一郎』だけだ。
その名前はつい先ほど知ったばかりだが、
男の顔ははっきりと覚えている。
そのため。
目的の人物はすぐに見つけることができた。
「こっちよ。」
すでに把握できているが、
それでも美由紀は先行して俺の案内を続けている。
そして米倉宗一郎へと歩み寄った美由紀が、
父である宗一郎に話し掛けた。
「ごめんね、お父さん。」
「おお、どうした美由紀?遅かったな。」
「…あ、うん。あのね…。」
「ん?」
言いにくそうな態度で俺に視線を向けた美由紀の視線を追って、
宗一郎も俺に視線を向けてきた。
「誰だ?生徒がここに来るのは珍しいな。制服から察するにジェノス魔導学園の生徒だな?今回の大会の参加者なのか?」
宗一郎の発言によって周囲の何人かが一度だけ俺に振り向いていたが、
特に気にした様子はないようで、
すぐに試合へと視線を戻している。
その一連の流れに合わせて俺も試合場に視線を向けてみると、
すでに北条の試合が終わっている様子が確認できた。
どうやら無事に一勝出来たらしい。
だが、今はそんなことすらどうでもいい。
俺の目的は目の前にあるからな。
ここまで来たことで、
ようやく目的の一つを達成できる状況だ。
…他を気にしている場合ではない。
まずは宗一郎に歩み寄って尋ねることから始めることにした。
「米倉宗一郎だな?」
「ああ、そうだ。俺に何か用か?」
突然話しかけた俺を怪しむように眺めている宗一郎だが、
その目は警戒しているというよりは俺という人間を見定めているように思える。
すぐ傍にいる美由紀もまだ状況が理解できていないからだろう。
緊張した面持ちで俺と宗一郎に交互に視線を向けているのが見える。
今ここで説明すべきだろうか?
だが俺の過去を話すということは、
宗一郎の過去も明らかになるということだ。
知られて困ることはないと思うが、
誰がどこで話を聞いているかはわからないからな。
今はまだ余計な情報を流すべきではないだろう。
「話したいことがある。少し付き合ってもらいたい。」
「随分と不躾な発言だな。」
一方的に話しかける俺の言葉によって、
宗一郎は微かな苛立ちを見せていた。
「まずは名前ぐらい名乗ったらどうだ?」
視線を逸らすことなく俺を睨みつける宗一郎の威圧感は兵士達どころの騒ぎではないな。
まるで殺気そのものを放っているかのような重苦しさを感じてしまうほどだ。
…とは言え。
ここで宗一郎の威圧に負けるようでは俺は俺の目的を叶えることができないだろう。
今後の活動も考慮する必要があるからな。
ひとまず宗一郎の威圧的な発言に対して、
わざと下の名前で答えることにした。
「…総魔。俺の名は総魔だ。」
「総魔…だと?」
俺の名前を聞いた瞬間に、
宗一郎は何かを考え込むかのような態度を見せた。
そのせいだろうか?
表情の変化に気付いた美由紀が宗一郎に問いかけている。
「お父さん。もしかしてこの子のことを知ってるの?」
美由紀自身は欠片も覚えていないようだが、
宗一郎が変化を見せたことで気になったようだな。
とは言え。
肝心の宗一郎も俺の名をはっきりとは覚えていなかったらしい。
「…いや、思い出せない。だが、どこかで聞いたことがあるような気はするな。」
思い出せない様子の宗一郎だが、
話を進めるために再び話し掛けることにした。
「話したいことがある。」
「…話か。わざわざ俺に会いに来るとは、よほど重要な話のようだな。」
「ああ。少なくとも『俺達』にとってはな。」
美由紀と宗一郎の二人に視線を向けてみた。
ただそれだけで俺の意図する内容を察してくれたようだ。
「なるほどな。俺と美由紀、そしてきみか。どういう用件かは知らないが、話くらいは聞いてやろう。」
ようやく話し合いが成立しそうな状況で俺を見つめる宗一郎だが、
今この場所で話す気にはなれない。
ここは人が多すぎるからな。
出来ることなら誰もいない場所の方が落ち着いて話ができるだろう。
「悪いが場所を変えたい。」
「………。」
俺の提案に対して宗一郎は微かに考え込んでから席を立った。
「時間がないとは言わないが、それだけの価値がある話だと信じて良いんだろうな?」
「ああ」
「いいだろう。ついて来い。」
俺が頷いたことで、
宗一郎は観戦席を離れた。
そのあとを追う美由紀も歩きだす。
「…もう一度言うけど、無茶はしないでね?」
「ああ。」
最後に俺も動き出したことで俺達に視線を向ける者がいたようだが、
今は気にする必要はないだろう。
宗一郎以外に用はないからな。
他の誰にどう思われようと関係ない。
そんなふうに思いながら宗一郎と美由紀を追って歩きだす。
そして特別観戦席を出る前にもう一度試合場に視線を向けてみると、
今度は翔子が試合場に向かう姿が見えた。
どうやら次は翔子の試合のようだな。
だとすれば見るまでもないだろう。
翔子の勝利を確信しつつ。
特別観戦席を離れることにした。




