○○ではない食事
「あ、あの…。どうかしたんですか?」
「…ん?ああ、いや…少し考え事をしていただけだ。」
考え事?
何でしょうか?
「何か気になることがあったんですか?」
「…いや、保存食を手にするのが久しぶりだったからな。少し懐かしかっただけだ。」
…懐かしい?
「何年ぶりとか…そういう感じですか?」
「…いや、学園に入る前まではこれが日常だったからな。」
日常?
…えっと。
学園に入学する前までは保存食を食べていたということでしょうか?
よくわかりませんが。
それ以上の説明はありませんでした。
ですが、今まで食事に参加しなかった総魔さんもようやくパンに手を伸ばしました。
特に嫌そうな感じではないのですが、
なんだか違和感を感じます。
…あれ?
総魔の行動を見た瞬間に。
ちょっとした違和感を感じたんです。
…え?
…あれ?
…これって。
…もしかして?
総魔さんの行動に視線を向ける私と同じように、
理事長さんを除く全員が奇跡的な瞬間を目にしたのではないでしょうか?
そんな気がします。
決して騒ぐようなことではないのですが、
それでも私は思うんです。
この状況はここでしか見れない、と。
この状況はここだから見れた、と。
はっきりと断言できます。
…それはつまり。
総魔さんが『格安定食』以外を食べているという驚きの事実です!
どうでもいいと言われてしまいそうなくだらないことなのですが、
それでも何故かとても新鮮な感じがしてしまいました。
「…初めて見たわ。総魔がパンを食べてる姿なんて…。」
やっぱり翔子先輩も私と同じことを考えていたようです。
格安定食ではない食事をしている総魔さんを翔子先輩はまじまじと眺めていますね。
それでも総魔さん自身は特に何も言わずに、
静かに食事を続けていました。
「珍しいものが見れたわね〜。」
微笑む翔子先輩に私はこくりと頷きました。
「…そうですね。」
当たり前の光景が異常に思えてしまったんです。
それほど衝撃的な光景でした。
「はあ?何を言ってんだ?パンくらい誰でも食うだろ?」
それはそうなんですけど。
「…はぁぁぁ。」
北条先輩の発言が気に入らなかったのか、
翔子先輩は冷たい視線を向けていました。
「あんたには聞いてないのよ!」
「…そうか、そうか。そりゃ悪かったな。」
翔子先輩の冷ややかな言葉を軽く聞き流しつつ。
北条先輩はひたすらに口の中に食べ物を詰め込んでいます。
…凄い食欲ですね。
どれだけ食べるのでしょうか?
さすがに食べすぎだと思うんですけど。
お腹は大丈夫なのでしょうか?
色々と不安を感じてしまいますけれど。
誰も気にしていない様子です。
だとしたら。
これが普通なのでしょうか?
凄い勢いで食べ続ける北条先輩の暴食によって、
山のようにあった食料があっという間に残りわずかになってしまっています。
…凄すぎです。
こうなるともう食べ盛りとかそういう問題ではないと思うのですが。
豪快な食べっぷりは尊敬します。
私には絶対真似できません。
…と、考えていると。
翔子先輩が北条先輩の手を止めました。
「はいはい!そこまでっ!全部食べたら、優奈ちゃんの分がなくなっちゃうでしょ?」
私の分を確保するために北条先輩を止めたみたいです。
「…う〜ん。あとちょっとしかないけど、これで足りる?」
「あ…はい。」
いつの間にか完食寸前にまで保存食がなくなっていたようなのですが、
それでも私一人では食べきれないくらいの量が残っていると思います。
「…大丈夫です。ありがとうございます。」
最初のパンを食べてからは、
あとは驚いて眺めていただけでした。
ですので。
あまり食べていなかったのですが。
そのことに気付いた翔子先輩が食料を確保して私に残してくれたんです。
「ちゃんとここで食べておかないと、晩御飯まで何もないからね。」
「あ、はい…。」
残ったパンとハムを受けとって食事を再開しました。
相変わらず味気ないパンですが、
翔子先輩が取り分けてくれたものなのでちゃんと感謝したいと思います。
「…美味しいです。」
「うん♪良かったわね。」
微笑みあう翔子先輩と私の会話を聞いていた他のみなさんも楽しそうでした。
…ただ。
北条先輩だけはまだ満足していないのでしょうか?
物足りなさそうな雰囲気です。
それでも文句を言わずに黙って様子を見てくれています。
そんな状況の中で、
ちらりと総魔さんに視線を向けてみると。
「………。」
総魔さんは周囲を気にした様子もないまま。
黙々とパンを食べ続けていました。




