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THE WORLD  作者: SEASONS
4月3日
52/185

立ち入り禁止の意味

再び歩みを進める地下通路。



黒柳の後を追って薄暗い通路を進んでいくと、

今度はごく普通の扉の前へと案内された。



扉には『所長室』と書かれている。



だとすれば、ここは黒柳の部屋なのだろうか。



入る前からある程度の予想は出来ていたものの。


実際に室内に入ってみると、

思っていた以上に足の踏み場がないほど荒れ果てていた。



…根っからの職人気質というやつだな。



性格的な問題だとは思うが、

片付けるつもりはなさそうだ。



見た目通りの雑な性格なのだろうか?



室内には多数の書類が撒き散っていて、

場所によっては衣類も脱ぎ捨てられている。



そんな荒れた室内を見回していると、

黒柳は苦笑いを浮かべながら話し掛けてきた。



「…ははっ。すまないな。これも職業病のようなものでな。毎日仕事に追われていてゆっくりと休む暇がないんだ。これでもまだマシ…というか、とりあえず必要なものだけはちゃんとより分けて保管してあるからあまり気を遣わなくていい。適当に踏み分けて入ってくれ。研究に没頭すると部屋が荒れるのは研究者の定めのようなものだからな」



そうだろうか?


わざわざ否定するつもりはないが、

全ての研究者が同じだとは思わない。


整理整頓が必ずしも正しいとは言わないが、

ここまで荒れていては研究の妨げになるのではないだろうか?


さすがに業務に支障が出ると思うのだが、

黒柳はそうは思わないのだろうか?



「まあ、見るに見かねて片付けてくれる職員がいるからいつもこうというわけではないんだがな。はっはっは!」



豪快に笑って誤魔化そうとしているが、

その笑顔に反してどことなく疲れているように思える。



「疲れているのか?」


「ん?どうしてそう思う?」


「顔は笑っていても目が死んでいるからな」


「はははは…っ。これは痛いところをつかれたな。まあ、ここ数日ほど徹夜続きで睡眠時間が削られているのは事実だからな」


「何かあったのか?」


「いや、差し迫った問題はない。ただ上からの命令でな。早急に最新の防御結界を構築しろと言われているだけだ」


「それがさっきの実験か?」


「まあ、そうなるな。学園の総力を上げれば彼の力を防げる防御結界は展開できるのだが、それだと彼が戦う度に消費する魔力の量が笑えない数値になってしまうのでな。その消費を抑えるために低燃費策を考えろというのが上からのお達しだ」



そうか。


そういうことだったのか。


それなら実験の目的が理解できる。



「その言葉を信じるなら、あれだけの破壊力を防ぎきる防御結界が存在するということか。」


「ああ、それならある。というより、きみも知っているだろう?検定会場の防御結界がそれにあたる。あの結界はきみが思っている以上に優秀でな。彼が暴れてもビクともしない強度を誇っているのだ。まあ、そこまでの強度を生み出すのに莫大な魔力を消費しているのが現状ではあるがな」



なるほど。


そういうことか。



「それなら理解できる」


「ああ、というわけで、結界の効率化が今の俺の仕事になる」



結界の効率化か。


それはそれで興味深いと思うのだが、

今はそれよりも他に色々と聞きたい事があるからな。


早めに本題に入るべきだろう。



「幾つか質問してもいいか?」


「当然だ。そのためにきみをここに招いたのだからな」



率直に問い掛けてみると、

黒柳は真剣な表情で頷いてくれた。



「ただ、俺に答えられる範囲でよければ…という条件は付くがな」



ああ、それで構わない。


答えられる範囲内で聞かせてもらえれば十分だ。


黒柳の条件を受け入れることで、

ようやく話の本題に入ることが出来るようになった。



…まずは、そうだな。



聞きたい事は幾つもあるが、

ひとまず根本的なルーンの説明を求めることにしよう。



「ルーンついて基本的な話が聞きたい」


「まあ、そうなるだろうな。漠然とした質問だが、ひとまず順番に説明しよう。とりあえず座るといい」



説明の前に席を勧める黒柳に従って手近なソファーに腰を下ろす。


その向かい側に座った黒柳は、

白紙の紙とペンを取り出してから丁寧に説明を始めてくれた。



「では、始めよう」



まず最初に。


ルーンとは『魔力の結晶』であるという事から始まる。



自在に操れる魔術とは違い。


ルーンは魔力の総量や性質が深く関係していて、

術者によってそれぞれに性能が変わるらしい。



魔力の総量とは単純な魔力の『絶対量』であり、

込められる量が多ければ多いほどルーンの威力が高まっていくようだ。



そして性質とは術者の性格や知識や特性等の

総合的な能力で決まるという話だった。



例えば炎が得意な術者の場合。


所持するルーンが炎の効果を持っている確率が圧倒的に高いようで、

他の『属性』であっても結果は同様になるらしい。



だからこそ術者の能力がルーンに大きく影響するということになる。



そして何よりも重要なのは単純に武器を生み出せれば良いわけではないという部分だな。



術者によって形も様々な為に分かりやすく武器の形をしているとは限らないらしい。


人目を避けるように隠し持ってルーンの能力を使用する術者もいるようだ。



「まだまだ研究され始めた分野ということもあって、はっきりこういうものだと言えることが多くないのは実情だがな。」



現時点においてルーンの定義を魔力の結晶化と表現しているが、

それ以上の説明はまだ難しいらしい。



形は千差万別。


能力は術者次第。


威力は魔力次第。



そんなあやふやなものに確固たる定義を決め付けるのは難航しているようで、

大まかな流れだけを説明してくれた。



「すでにきみも感じているとは思うが、はっきりこういうものだとは言い難い部分がある。だからこそ実験に付き合ってもらったわけだ。あやふやな概念を説明するよりも直接見せたほうが早いからな」



ああ、そうだな。


その判断は正しかったと思う。



「それで、だ。ルーンに関してはこれ以上の説明が難しい。実物を見せるのは簡単だが、術者次第で出来上がるものは異なるからな。色々と知識を集めて習うよりも実際に扱って慣れろと言うしかない。」



そこまで言って席を立った黒柳は、

お茶を二つ入れてから片方をこちらに差し出してくれた。



「まあ、お茶でも飲みながら続けよう。まだ質問はあるか?」



…そうだな。



あまり質問をしても意味がないような気もするが、

ついでに聞いておこう。



「ルーンの能力というのは自由に決められるものなのか?今の話を聞いた限りでは、そうではないように聞こえたんだが」


「いい質問だ。」



何気ない疑問を問いかけてみると黒柳は満足気に頷いていた。



「そこに気付いたのなら話が早い。ただ、その問いに答える前に言わなければならない事がある」



黒柳は手にしていたお茶を一気に飲み干して、

一息ついてから話し始めた。



「今回、きみは特別に許可を得てここへ来た。」



…確かにそうだ。



翔子に勧められたからという理由はあるが、

通常とは違う手順でここに来たのは間違いない。



「今回は推薦があったとはいえ、基本的にきみがここへ来ることは認められない。それが何故か分かるか?」


「『立入禁止』。それ自体に意味があるという事か?」


「そう。そこが重要なのだ。」



思い浮かぶことを問いかけてみたのだが、

黒柳は大きく頷いてから説明を続けてくれた。



「まあ、それほど難しい話ではないんだがな。ただ単純に今のきみがルーンを知らないからだ。そしてそれが今のきみにとって『最も重要』な問題になる。」


「どういう意味だ?」


「ルーンとは術者の能力そのものと言ってもいいだろう。」



魔術師ごとに異なる能力。



…いや。



より正確み表すのなら、

異なる能力を極めることでたどり着ける力というべきか。



「すでにきみの成績や対戦結果に関してはある程度の話を聞いている。だからきみのルーンの能力がこうなるだろうと思う事はある。」



どうやら黒柳はすでに推測しているらしい。



「だが、それはあくまでも俺の個人的な意見でしかない。それでも良ければ言葉にしても構わないが、それを話すことできみに余計な先入観を持たせかねない。そこで、だ。これだけは先に言っておく」



黒柳は一息ついてから言葉を続けた。



「ルーンとは術者の能力そのものであり、他人の意見に左右されるべきものではない。他人の意見に左右された時点で、きみ自身の能力とはかけ離れたものになってしまうからな。」



固有の能力であるからこそ、

他人の意見をあてにしてはならない。


そう付け加えた黒柳は、

まっすぐに俺の目を見つめながら話を続ける。



「ここはルーンの『研究所』。本来ならきみがルーンを使えるようになってから来るべき場所だ。それでも知識を求めるというのならそれでもいいが、研究者の一人としての意見を言わせてもらうなら余分な先入観は持たないほうがいい。まあ、どうするかはきみ次第だがな。どうする?俺の推測を聞くか?」



…推測か。



黒柳の話を聞くかどうか?


その価値を考えてみる。


確かに余計な先入観があればルーンを使いこなす事は難しいだろう。


自分自身の力を他人が決められるものではないからな。


そういうものだと思ってしまえば、

その時点で『それ』は自分の力ではなくなるだろう。



先入観という束縛によって、

他人に与えられた力になってしまうからだ。



…ルーンとは術者の能力の結晶、だったな。



その能力は術者の意志によって決められるべきであり、

与えられた知識によって作り出すものではない。



だからこそ他人に頼るべきではないということだ。


そう考えて結論をだすことにした。



「いや、やめておこう」


「良い判断だ。ただ、先程の質問だけなら支障は無いだろう。答えはイエスだ。」



やはりそうか。


能力は自分で決めるものではない。


あくまでも自身の能力が反映されるだけであって、

自由に設定出来るものではないらしい。



「簡単に説明するなら、ルーンとは術者の能力を写す鏡だと思えばいい。鏡の中の世界は操れないだろう?だから能力を付け替える事も出来ないわけだ。とまあ、それぐらいならば覚えておいて問題ないだろうな。」



…なるほど。



ルーンは能力の写し鏡か。


これほど分かりやすい言葉はないだろう。



「なんとなくだがルーンというものが理解出来た気がする」


「そうか、それは良いことだ。」



笑顔を浮かべた黒柳は再びいれたお茶を一気に飲み干した。



「きみはなかなか飲み込みが早いな。どこかで勉強でもしてきたのか?」


「いや、特にそういったことはしてないな。」


「そうか、だがきみのようにすんなりと忠告を受け入れる生徒は珍しいものだ。大抵は欲を張って余分な知識を求めるものだからな」


「それも悪くはないが、自分で考えるほうが好きなだけだ。」


「それは良い心構えだと思うぞ。」


「どうだろうな?冷めているといえばそうとも思う」



自分自身をそんなふうに評価しながら手元の冷めたお茶を飲んで一息つく。



「あまり他人に頼ることが出来ない性格だからな」


「ははははっ!まあ、性格は人それぞれだからな。言うべきことは何もない。それより、もう一杯いるか?」



気を遣ってくれる黒柳に首を左右に振って断る。



「いや、もう十分だ」


「そうか。ならいいが、聞きたい事があればいつでもここに来るといい。ここは『ルーン研究所』。ルーンを持つ者を拒まない」



黒柳は笑顔でそう言ってくれたが、

言葉を返せばルーンがなければ『来る場所ではない』と言っているのに等しい発言だ。


その言葉の裏を読み取って静かに立ち去ることにした。



「協力に感謝する」



感謝の言葉を伝えてから所長室を出ようとすると黒柳は笑顔で見送ってくれた。



「きみならたどり着けるだろう。だから次に会う日を『楽しみ』に待つとしよう。」


「ああ、その時が来たらまたくる。」



軽く挨拶を交わしてから、ルーン研究所を後にした。







その後。



研究所を出てからしばらくの間。


目的もないまま学園内を歩き続けた。



もちろんルーンについて色々と考え事をしているのだが、

時間を気にせずに歩いているうちに無意識に通い慣れた場所へとたどり着いていた。



…図書館か。



学園内のあらゆる書物が保管されたこの場所で、

これまで数え切れないほど多くの書物を手に取って数々の魔術を学んできた。



おそらくルーンに関しての書物も探せば見つかるだろう。



…少し調べてみるか?



いつものように魔道書を集めて調べてみようかとも思ったが、

不思議とその気にはなれなかった。



…今は止めておこう。



無駄な努力だと思ってしまったからだ。


余計な知識は必要ない。


知りすぎることは時として足枷にもなる。


そのことを黒柳に教わったばかりだ。


だから今は図書館の前を通り過ぎることにした。



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