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THE WORLD  作者: SEASONS
4月3日
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黒柳大悟

どうやらここから先がルーン研究所と呼ばれる研究施設のようだ。



地下に広がる空間。


実際の距離は測りようもないが地上の研究所とさほど変わらない広さがあるように思える。


どこまでも続く通路といくつもの分岐路。


それらは地上と変わらないように思えるからだ。



地下の施設なのに、かなりの規模だ。



どうやって空間を掘り広げたのだろうか?


そしてどうやって地盤を強化しているのだろうか?



色々と思うことはあるのだが、

それらに答えてくれそうな人の気配は一切感じられない。



…とはいえ、誰もいないということはないはずだからな。



階段を下りた先にある、

正面の受付らしき場所に向かってみる。



誰かいればいいと期待しながら歩みを進めてみたのだが、

今回はこちらが受付に向かうまでもなく一人の男性職員が歩み寄ってきてくれた。



「ようこそ、ルーン研究所へ。きみが天城総魔君かな?」


「ああ、そうだ」



職員の問い掛けに頷くと、

男は笑顔を浮かべながら右手を差し出してきた。



「初めましてだな。こんな身なりだが、所長の黒柳大悟(くろやなぎだいご)だ。覚えておいてくれると助かる」



…この男が所長なのか。



出迎えてくれたのは職員ではなく所長だったらしい。


黒柳と名乗った男の手を握り返して、

握手を交わしながらこちらも名乗ることにした。



「天城総魔だ」



軽く挨拶をしながら黒柳を眺めてみる。


薄暗い通路のせいで正確にはわからないが、

およそ40歳くらいだろうか?


実年齢はもう少し若いと言われても驚かないが、

手入れもされずに寝癖のついた髪と放置されたあごひげのせいで少し老けて見えてしまう。



だがそんな容姿だからこそ男の性格を表しているとも言えるだろう。



…仕事に熱を入れすぎる系統の職人だな。



研究以外に興味がないのだろう。


見るからに研究者という雰囲気で薄汚れた白衣を身に纏っている。


そのせいか上ですれ違った研究者達よりも更に近寄り難い人物に見えてしまっているのだが、

話し方自体は先程の職員達と違って好感の持てる気さくな感じがした。



「きみがここへ来た理由は美袋君から聞いている。今年度の新入生らしいが、ルーンについて知りたい事があるそうだな?」


「ああ、そのために来た。」


「うむ。まあ、色々と聞きたい事はあると思うが。とりあえずは一度、実物を見てもらった方が話が早いだろう。」



こちらの目的を確認した黒柳は早々に背中を向けて歩き始めた。



「とりあえず着いてきてくれ。丁度これから彼の実験を行うところだ。」



こちらの返事を待つこともなく通路の奥に向かって歩き出す。


そうして案内されるまま地下通路を進むことになった。



…まだこれほどの距離があるのか。



無駄に広い地下通路。


幾度も分岐点を曲がりながら歩き続る。


どこまで続いているのかは分からない。


距離だけを考えればとても地下に作られた空間とは思えない程だ。


それでも黒柳を追って延々と進み続けると先ほどの受付らしき場所から数百メートルほど進んだところで『実験室S』と書かれた扉の前に案内された。



「ここだ。中に入ろう」



扉を開けて室内に進む黒柳に案内されて実験室に入った。



その瞬間。



…!?



地下に用意されている室内の広大さに驚いてしまった。



奥行だけを見ても最低500メートルはあるだろう。


横幅も同程度の広さが感じられるのだが問題はそこではない。



床から天井までの距離がざっと30メートルはあるように見えるからだ。



余計な柱がない分、検定会場よりも広く見える。



「とんでもない空間だな」



通路を歩いていた時からも違和感は感じていたのだが、

最低でも地表から100メートルは地下に位置するであろう地底にこれほど大きな実験場があるとは思っていなかった。



「よくこれだけの規模の空間が作れたものだな」


「はっはっは!!」



驚きを素直につぶやいてみると、

傍にいた黒柳が笑いながら教えてくれた。



「さすがに用意したわけじゃない。この学園…というよりはこの町というべきだが、海に面するこの地域は飲料水の確保が難しくてな。海水に侵されていない真水を調達するのに地底湖の水を組み上げていたのだが、長い年月をかけて組み上げていく間に地底湖の水が枯渇して地下に空洞が出来上がったのだ。その空洞を再利用したのがこの場所というわけだ。」



なるほど。


地下を掘り広げたのではなく、

もともとあった空洞を利用しているらしい。



「つまり、この研究所は地底湖から水を組み上げるための施設ということか。」


「まあ、昔はそうだったという話だ。」


「今は違うのか?」


「ああ、今は違う。昔は町としての規模が小さかったことや生活水準が低かったことで水の調達に苦労していたようだが、今では土地の改良や治水工事が完備されているからな。昔のように地底湖を探り当てて、力技で水を組み上げる努力が必要のない時代になった」


「だからかつての坑道を研究所として再生したということか」


「そういうことだ。だからここも昔は地底湖の一つだった。今では枯れた空洞に壁を敷き詰めて実験場と呼んでいるがな」



だからこそ地下深くに研究所が存在しているということだ。


過去の遺物である途方もないほど広大な空間。


それが実験場として使われているということだった。



「ここと同じような部屋は他にもいくつかある。それこそアリの巣のように、地上の他の部署からも地底に伸びている地下通路が複数存在するからな」


「アリの巣か、確かにそうかもしれないな」



ルーン研究所から複数の元地底湖に繋がっているのだろう。


そして地上の各部署からも他の元地底湖につながっているとすれば、

それは人が人工的に作り上げたアリの巣と何ら変わらない。



「まあ、あまりそういう表現を好まない者達もいるから、他言はしないようにな」


「ああ、分かっている」



アリと同列に扱われることに嫌悪感を抱くものがいたとしてもそれは当然な感情だろう。



「余計なことは言わない。そもそも話をすること自体少ないが…。」


「はっはっは。それならそれでいいじゃないか。というより、思っていたよりも話が通じるようで安心したぞ」


「思っていたより、か」


「ああ、すまない。悪気はないんだ。ただ美袋君からは気難しい人物だと聞いていたのでな」


「…間違いではないな」



自分でも社交的ではないと思っている。


だから翔子がどう判断して何を言おうとも反論はできない。



「あまり他人と関わるのは得意ではないからな」


「ははははっ!!まあ、見た感じそのようだが、だからと言って拒絶しているわけではないのだろ?」


「…そうだな。」



本当に拒絶していたら翔子と会話をすることもなかっただろう。


面倒だとは思うが、

決して人間嫌いというわけではないからな。


無暗に敵対するつもりはなかった。



「だったら問題ない。誰だって知らない人間と関わるのは苦手なものだ。そこで面倒だと言って逃げてしまえばそれまでだが、前に進むことで見えることもある。苦手なものを苦手だと割り切る前に徹底的に失敗すればいい。その結果として残ったものが次の一歩への道標だ。」



…失敗して残るもの、か。



妙に納得できる言葉だった。



「失敗は終わりではない。よく言うだろう?負けること、挫けることが終わりではない。諦めることが終わりだとな」


「確かにそうだな」


「そういうものだ。それは対人関係に限らず、魔術師としても同様だ」


「そのための研究所か?」


「俺の場合はそうだな。目的があって研究を続けている。日々失敗だらけで試行錯誤の繰り返しだが、それでも諦めようと思ったことは一度もない」


「いい覚悟だな」


「ああ、自分でもそう思う。職員達には笑われてしまうがな。はっはっはっは!!」



自らの価値観。


その思いを言葉にして、黒柳は盛大に笑い出す。



「ということで、きみも自分の目的のために頑張るといい。そのために出来ることなら協力しよう」



目的を持って努力を続けること。


そのための協力を約束してくれた黒柳は数歩だけ歩みを進めてからゆっくりと室内を見回した。



「すでに準備は整っているようだな」



状況確認を行う黒柳に続いて室内を見回してみる。



最初に感じた感想は一つ。



まさしく実験場だ、ということだ。



元地底湖を改築した広大な室内は魔術の強力な明かりによって眩しいほど照らされている。


先程までの薄暗い通路を思えば、

こちらは太陽の下にいるかのような明るさだ。



遠くまではっきりと見渡せる室内の各所には数多くの器材が並べられていて、

20名を越える職員達が慌ただしく走り回っている。


そしてさらによく見ると、

部屋の中央は室内を二分するかのようにガラス張りされている。



あれで実験場が仕切られているのだろうか?



入口側には職員や俺達がいるのだが、

奥側には見た事の無い人物が一人だけ立っている。



…誰だ?



見覚えのない人物だ。


少なくともこれまでに出会った誰かではない。



面識はなく。


名前すら知らない人物。


だが、それでも分かることはある。



魔力の次元が違うということだ。


感じ取れる魔力の桁が違う。


この場の誰よりも、

俺や黒柳よりも強力な魔力を持っているのは一目瞭然だった。



…あれは間違いなく翔子より上だな。



これまで出会ってきた中では翔子が最も強敵だと思っていたのだが、

その翔子を遥かに上回る魔力が感じられる。



…この実験の主役は、あの男ということか。



これから何が行われるのかは知らない。


だが間違いなく彼を主体とした実験が進められていくはずだ。



…少し興味が出てきたな。



翔子よりも格上の生徒は3人しか考えられない。


学園4位の翔子の上にはたった3人しかいないからだ。



彼が何位かは分からないが、

現状、俺との差は10倍どころではないだろう。



正直に言えば魔力の総量という点において、

ここまで差がある相手がいるとは思っていなかった。



…まさか、これほど差があるとはな。



仮に翔子を超えたとしてもまだ学園の頂点に立てないことは知っていた。


知っていたつもりだった。


だがそれは『つもり』でしかなかったということだ。



…どう考えても勝てそうにない。



現時点で言えば足元にも及ばないだろう。



これから先、いくつの試合を越えれば彼の下にたどり着けるのか分からないが、

10倍以上もの実力差を埋めなければ立ちはだかることさえできないということになる。



…これが1桁台の強さか。



1万人以上もの生徒を越えて131番という成績には到達したものの。


翔子を含む1桁台の生徒達にはまだまだ届かないと強く実感させられてしまう。



…こうなると翔子の評価も上げるべきか。



翔子に対しては並び立てる程度には近づけたと考えていたのだが、

それすら思い込みだったのかもしれない。



…考えてみれば翔子のことも何も知らないからな。



これまでの発言からおおよその推測を立てているとはいえ、

戦闘に関する情報は何一つ得ていない。



それなのに翔子の実力を言動だけで評価するわけにはいかないだろう。



…今はまだ翔子にも勝てないと考えるべきだ。



ただそこにいるだけの人物。


彼の後ろ姿を見ただけで、

自分の考えの甘さを痛感させられてしまう。



まだ何もしていないのに。


直接対面したわけでもないのに。


彼から感じられる圧迫感が本能的な危険を訴えている。



…上には上がいるということだな。



これから試合を行うわけでもないのに、

どう足掻いても乗り越えられない壁を感じてしまった。



これが格の違いというものだろうか。



ただ成績を上げているだけでは決して届かない実力差があることを知ってしまった。



学園の頂点を目指してここまで来たが、

まだまだ先は長いらしい。



自分よりも遥かな高みにいる彼の様子をしっかりと見据えつつ、

最上位の生徒達の評価を改める。



今の自分では手の届かない存在だと理解した。



そしてその結果として

目指すべき目標もはっきりと定められた。



これまで戦ってきた生徒達では感じることのできなかった格上との戦いが実現できる相手が存在していることが判明したからだ。



…勝敗が読めないからこそ戦う価値がある。



負ける可能性があるからこそ、

全力で挑むことができる。


力をつけ、知識を蓄え、策略を練る。


そうして死力を尽くすことに意味がある。


強くなるためには勝てる相手と戦っていては意味がない。



本当の意味で強くなるためには、

命をかけるくらいの激戦を経験しなければ意味がないからだ。



…そうでなければ、ここに来た意味がない。



自分を屈服させるほどの相手と戦って勝利を勝ち取らなければ、

わざわざ異国の地にまで来た意味がない。


それこそ地を這うような思いをしてまで今日まで生きてきた意味がない。



…目指すべき場所は見えた。



あとは、全てをねじ伏せるだけだ。



たった一つの願いのために。


その願いを叶えるために。



…全てを喰らってみせる。



翔子の力も、彼の力も、全てを喰らって勝ち上がる。


そうしてこの国において最強の地位を勝ち得た時に。



その瞬間から始まるのだ。



俺の過去を奪い去った地獄の日々を。


さらなる地獄で塗り替える戦いが始まる。



…この学園は単なる通過点でしかない。



例え目の前にいる存在がどれほど強大だとしても、

その程度の相手に屈するつもりはない。



視線の先にいる人物は確かに強敵だ。


今の俺では手も足も出ない相手だ。


だが俺が目標としている『存在』はこの場にいる誰も太刀打ちできないほどの圧倒的強者だ。



それを思えば彼との実力差など大した問題にはならない。



強敵であることは認める。


だが、それだけだ。



…恐れるほどの存在ではない。



今はまだ勝てないと認めるが、

永遠に勝てないわけではない。


少しずつ実力差を埋めてたどり着けばいい。



…焦る必要はない。



時間はある。


少しずつ確実に強くなればいい。



そんなふうに考えている間にも、

実験室の様子を確認していた黒柳は職員達に話しかけていた。



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