魔術研究所
《サイド:天城総魔》
…ここか。
…ようやくたどり着いたな。
食堂で翔子と別れてから、
すでに一時間以上が経過している。
「ここが魔術研究所か。」
翔子に地図で示された『研究所』に到着した。
始めて訪れた場所だが間違いはないだろう。
建物の入口には大きく魔術研究所と書かれているからな。
…ここもかなりの規模だな。
校舎に比べれば小さく思えるが、
各検定会場よりは遥かに大きい。
それなりに学園内を見てきたつもりだが、
おそらく校舎に次ぐ2番目の大きさと言えるだろう。
学園の敷地内において北部に位置する研究所。
この近辺に他の施設は一切ないらしい。
生徒手帳の地図にも周辺には何も記されていない。
研究所の裏手には大規模な実験農場や魔術の訓練場等の広大な敷地が確保されているようだが、
建築物と呼べるものは一切見当たらなかった。
おそらく学園の北部は研究所だけなのだろう。
どういう目的で各施設が建てられているのかは知らないが。
学園の北部は研究所。
学園の東部は男子寮。
学園の西部は女子寮。
学園の南部は正門や催事場がある。
そして学園の中央に巨大な校舎と図書館が隣接し。
校舎を取り囲むように12の検定会場が建てられている。
実際の配列は異なるのだが、
時計の文字盤のように並ぶ第1から第12までの検定会場は
最初からそうなるように計算されて建てられているのかもしれない。
そんなふうに各施設が学園の各所に存在しているのだが、
各施設間の距離が大きく離れているために何処へ行くにしても相応の時間がかかってしまう。
それでも研究所から最も近い施設を見つけるとすれば、
校舎と研究所の中間付近に位置する第1検定試験会場が最も近い建物と言えるかもしれないな。
…明日には行くことになる場所だ。
最後の検定会場である第1検定試験会場には
生徒番号1番から99番までの生徒が集まっている。
すでに面識がある学園4位の翔子はもちろん。
まだ見ぬ3位よりも上の生徒達。
さらにその先にいる学園1位の生徒。
その全てを乗り越えなければ学園の頂点に立つことはできない。
まずはその前の情報収集として研究所に来たわけだが、
思っていた以上に距離が離れていたために中央の校舎からここへたどり着くまでに軽く30分近くかかったように思う。
そのせいで予定としていた1時間を大きく過ぎてしまっている。
…予定より遅れはしたが。
そもそも正確な時間が指定されているわけではないからな。
あまり時間を気にする必要はないだろう。
…それよりも、だ。
改めて研究所の外観を眺めてみる。
見渡すかぎり真っ白な壁面。
汚れ一つ見えない壁には窓すらない。
見た目では何階建てなのかも分からない。
換気用の空気口が幾つかあるのは分かるのだが、
屋根の上に煙突が見える以外は特徴になりそうなものが一切なかった。
完全に外部と切り離されている感じさえする。
おそらく研究の内容が漏洩しないための対策でもあるのだろう。
そして外部からの侵入を防止するという意味もあるはずだ。
あるいはそれ以上に内部で起きた何らかの問題を隠蔽するという意味でも窓という利便性より単純な強度を重視しているのかもしれない。
…あまり好んで入りたいと思える建物ではないな。
内部に関してはまだわからないが、
よほどの用でもない限り入りたいとは思えない雰囲気が漂っている。
どういう意図があって研究所の構造が考えられているのかは入って確認してみなければわからないが、
例えどんな実験が行われているとしても今はそれほど興味がない。
現時点での目的はひとつだけだ。
ルーンに関して情報が集められればそれでいい。
中途半端に関与するつもりはないからな。
…研究所そのものはどうでもいい。
余計なことは気にせずに中に入ろう。
躊躇せずに研究所の扉を開く。
窓がないせいで薄暗い内部を覗き込んでみると、
幾つものランプの明かりが建物の内部を照らしているのが見えた。
それでも薄暗いというのが素直な感想になる。
窓がないために、陽の光が全て遮られているからだ。
各検定会場も窓はなかったが、
それでも照明は完備されていて薄暗いという印象は一切なかった。
だがここは全く違う。
照明は最小限であまり見通しが良くない。
空調自体は何らかの方法によって整備されているようだが。
研究所の内部はまるで夜のように薄暗く、
寒気を感じそうなほどの静寂に満たされていた。
…まるで廃墟だな。
施設としてはきちんと整備されて清掃もされているから不快感はない。
だが静かすぎる内部は人の気配がほとんど感じられなかった。
一人だけ確認できるが、おそらく受付だろう。
他には誰もいないようだ。
入口付近は出入りする用事でもなければ立ち寄ることはないだろうから当然か。
ひとまずここで立ち止まっている意味はないからな。
何処へ向かえばいいかは分からないが、
薄暗い研究所の内部に歩みを進めてみる。
位置関係から考えて受付と考えて間違いないだろう。
…行ってみるか。
受付らしき場所に向かってみると、
研究所の職員と思われる人物が話しかけてきた。
「当研究所に何かご用でしょうか?」
丁寧ではあるが、愛想があるとはいいがたいな。
翔子と比べると冷たく感じるほどだが、
これまでの対戦相手のように敵意を感じるわけでもない。
突然の訪問者に対して、ごく普通の対応だろう。
「もちろん用があるからここに来た。」
「それはそうでしょうけど、ここは研究所です。基本的に職員を除く部外者の立ち入りは固く禁じられていますので、学園の生徒といえども許可がない限りこの先へお通しすることはできません。」
毅然とした態度だ。
取り付く島もないと言えるが、
話し合いでどうにかなる相手ではないらしい。
…さて、どうしたものか。
研究所の内部へ進むためには何らかの許可が必要なのだろう。
研究所の雰囲気通り、
自由に出入りできるわけではないらしい。
…どう答えるべきだ?
一瞬だけ悩む。
だが、現状で出来ることはそれほど多くない。
本当に信じていいのか分からないが、
まずは翔子を信じて話を進めてみるしかないだろう。
「許可なら出ているはずだ。」
「ん?ああ、なるほど。」
具体的にどういう内容の許可なのかを聞かれても答えようがないのだが、
翔子が手配をしていれば、すでに話は通っているはず。
その確認を取ってみようとしたのだが、
詳しい話を聞く前に職員は納得した様子だった。
「先ほど上司から学生が一人でくるはずだと聞いていましたが、あなたのことでしたか。一応、念の為にお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「天城総魔だ。」
「やはりあなたのことですね。」
どうやら無事に通行許可が出ていたらしい。
「目的は『ルーン研究所』ですよね?そちらの研究所へは、ここを真っ直ぐ行った先にある下り階段から行けます。ちゃんと道案内が貼られていますので迷うことはないでしょう」
相変わらず突き放すような態度だが、
話が通じないわけではないらしい。
良くも悪くも職務に忠実なのだろう。
…これで自由に行動できるようになったな。
通行許可は得た。
もうここにいる必要はない。
「そうか、それなら行かせてもらう」
「ええ、どうぞ。ですが、万が一にも道に迷った場合は無理に周囲の研究室に尋ねるのではなく、こちらへ戻ってきてください。通路の矢印に沿って進めば必ずここへ戻ってこれますので」
「わかった。そうさせてもらう」
「はい。それではお通りください」
職員は受付のすぐ横にある扉を開いてから、
元いた場所に戻って本来の業務であろう事務作業を再開し始めた。
その様子を少しだけ見ていたものの。
自分の仕事に没頭しているようで、
話しかけられるような雰囲気ではなかった。
…無意味に邪魔しないほうがいいだろう。
まだこの研究所について幾つか聞きたい事があったのだが、
話し掛けられる雰囲気ではないので質問を諦めて扉の奥へと視線を向けることにした。
研究所の奥はさらに暗い。
入口よりもさらに薄暗い通路が遠くまで続いている。
通路の幅自体はそこそこ広いのだが、
明かりが少ないせいで遠近感が狂ってしまいそうだ。
奥行は分かりにくい。
もう少し明るくすることはできると思うのだが、
そのつもりはないらしい。
わざと暗さを演出しているとしか思えない通路のせいではっきりとは見えないが、
まっすぐ奥に視線を向けてみれば、
通路の突き当りと思われる辺りに階段のような形が見える気がした。
…おそらく、あの階段を降りろということだろう。
途中にはいくつもの扉があるが、
部外者が中を覗き込むわけにはいかない。
少なくともそういった行動をしてはいけないとすでに言われているからな。
わざわざ忠告を無視してまで中の様子を知る必要はない。
そもそも興味もないからな。
たとえ道に迷っても研究室の中を覗くつもりはない。
この研究所がどういった研究を行っているのか現時点では不明だが、
今はルーンについての情報さえもらえれば十分だ。
…言われた通りに奥に向かうか。
立ち止まっていても意味はない。
先に進むべきだと判断して、
地下へ続くはずの階段に向かって歩きだす。
ただただ真っ直ぐに。
受付から伸びる通路を進む。
薄暗いとは言え、迷うことはないだろう。
窓のない研究所は薄暗く、
点在するランプの明かりだけが通路を照らしているのだが、
直進するだけなので道に迷う心配はない。
黙々と真っ直ぐに進んで通路の奥にあるはずの階段へ向かう。
その間に通り過ぎていく通路の左右にある各扉には部屋毎の部署名が書かれているようだ。
蔵書室。
資料室。
実験室A。
実験室B。
実験室C。
化学室。
器材置場。
測量室。
会議室1。
会議室2。
…等々…。
見える範囲内だけでも数が多く、
他にも幾つもの部屋が並んでいる。
時折ある通路の分岐毎にも左右に通路が伸びているようだ。
分岐先の通路の各所にも扉が見えるのだが、
薄暗い通路では離れた場所の部署名までは見る事が出来なかった。
それでも各部屋の前を通る度に魔術音や話し声などが微かに漏れ聞こえていたので無人ではないらしい。
どの部屋にも職員がいるようだ。
…それにしても。
建物の規模に反して人の気配が少ない気がするな。
仮にも検定会場を上回るほどの規模はあるはずだ。
研究所が何階建てなのか見た目では分からないとは言え、
各階毎に最低でも100名程度の職員がいてもおかしくはないはず。
それなのに見える範囲内において職員らしき人物の姿がほとんど見られない。
階段までの真っ直ぐな道程。
その途中で何人かの職員には出会ったのだが、ただそれだけだ。
とても数多くの職員が働いている研究所とは思えなかった。
…何か理由があるのだろうか?
あるいは職員専用通路があるのだろうか?
それらの疑問を尋ねたいとは思うが、
すれ違う職員達はこちらに視線を向けはするものの。
係わり合うつもりはないらしく無言のままで去って行く。
あまり歓迎されていないらしい。
無理に歓迎してもらいたいわけではないが、
あからさまに避けられると話しかけることもできない。
…まあ、人のことを言えた立場ではないがな。
無愛想という意味では自分も同じだ。
普段、翔子に接する態度と俺に対する職員の態度はそれほど変わらないからな。
職員の態度を気にするのはやめて、
一直線に階段を目指すことにした。
そうして受付から歩き始めて数分が過ぎた頃に、
ようやく地下へ向かう階段にたどり着いた。
…さすがに距離があったな。
振り返って見ても受付へ戻る扉は遥か後方にある。
はっきりと視認できない距離だ。
とは言え、今は引き返す必要がない。
階段を降りれば目的地だ
さっさと向かうべきだろう。
足早に歩みを進めて下り階段を一歩一歩進んでいく。
ただそれだけの行動のはずだったのだが、
降り始めてからすぐに違和感に気づいた。
それはこの階段がどこまで続いているのか?ということだ。
今いる階段は螺旋階段や『コの字』型の階段ではない。
斜め下に向かって一直線に伸びるまっすぐな階段だ。
それなのに終着点が全く見えない。
通常考えられる階段の段数が十数段程度だとすると、
この階段はその十倍を遥かに超えているだろう。
計測しているわけではないため詳細は不明だが、
おそらく100や200ではないと思う。
どこまでも、どこまでも続く階段。
最初こそ数えながら進んでいたのだが、
100段を越える頃にはすでに数える気さえ失しなっていた。
…一体、どこまで潜らせるつもりだ?
通常、10段も降りれば軽く1メートル以上地下に進んでいることになる。
その数十倍の段差を降りたとなれば、
それはもう地下数メートルなどと言えるほど生易しい距離ではないだろう。
地底と呼ぶべき深度に進んでいると思うべきだ。
おおよその直感だが、
地表から100メートル程度は降りてきたのではないだろうか?
最終的に15分ほどかけた頃になって、
ようやく下層区域へたどり着くことができた。




