乱入、再び
《サイド:天城総魔》
図書館に訪れてから1時間ほどが過ぎただろうか。
まもなく正午になるという状況で、
ひとまず調査が終了した。
…今はまだ最低限だが。
幾つかの魔道書には目を通し終えた。
すでに定位置となりつつある席で作業を進めていたのだが、
今回は無事に調査が終わったと言えるだろう。
早朝の時のように邪魔されることはなかったからだ。
そのおかげで。
簡単にだが圧縮魔術についての理論を自分なりにまとめることもできた。
…調査はもう十分だな。
今回調べたのは圧縮魔術に関してだ。
基本的には魔術を発動寸前で待機させて、
意識の片隅に保管しておくという技術になる。
状況次第ではあるが、
ここぞという時の切り札として温存しておくことが出来るという大きな利点がある。
だが、残念なことに俺の能力に組み込むには
幾つかの問題もあった。
そもそもの前提として魔術の高速化を実現した俺からすれば、
圧縮魔術という技術は翼の劣化版にすぎないからだ。
詠唱時間を短縮するだけなら翼の能力ですでに実現しているからな。
複数の魔術を同時に展開出来るという利点ですら、
すでに試合で実践して成功させている。
だから魔術を発動させずに待機させるという方法には価値が見いだせない。
…とはいえ。
それでも一つだけ参考に出来る理論があった。
それは文字通りの『圧縮』だ。
この技術の最大の利点はただ単に魔術の詠唱を前倒ししておくだけではない。
いつでも『実行可能な状態』を維持しておくことが前提として作られた理論だからだ。
使いこなすことができれば魔術を『無詠唱』で発動することと同じ意味を持つ。
…維持できれば、だがな。
不可能とは言わないが、
人の意識はそれだけに留めておく事が出来ない。
例えどんな状況であったとしても。
常にあらゆる出来事に対処出来るように数多くの出来事に対して意識を向けておかなければならないのが普通だからだ。
歩くこと。
呼吸をすること。
そういった無意識の行動もあるだろうが、
何かをしようと考えた時点で意識が動いていることになる。
それはつまり、
魔術以外の事を考えなければならないという事だ。
試合中であれば相手の動きに視線を向けるだろう。
相手の魔術に対応する為の判断も迫られる。
常にどうやって戦うかを考えながら、
相手の動きや攻撃方法を考えなければならない。
それが例え日常生活であっても同じだ。
次にどこに向かうのかを考える必要がある。
障害物があれば避けなければならないし。
誰かと出会えば話もするだろう。
そんなふうに常に変化する状況に対応する為に、
発動寸前の魔術を常時意識下において行動するというのは限りなく不可能に近い。
だからこそ意識から外れても暴発しないようにする為の理論。
それが圧縮という技術だ。
その一点だけは大きな興味を惹かれた。
これこそが求めてきた答えの一つだと言えるだろう。
発動寸前の魔術に一旦鍵をかけて意識の奥へとしまい込む。
決して物理的な意味ではないが、
簡単に言えば結界の内部に閉じ込めると考えれば良いだろう。
魔術を通さないシールドで魔術そのものを隔離して保管する。
そうして一時的に意識から外して、
再び発動する時に意識的に鍵を開く。
これには思考の手順が必要になるものの。
上手く行えれば魔術の暴発を防ぎながら他の動作を行う事が出来るようになる。
…この技術をうまく応用できれば翼の能力はさらに高まるはずだ。
その応用方法を考える為に。
現在の翼の理論にどのような形で圧縮の理論を組み込むかという部分で頭を悩ませる。
…魔術を圧縮して保管する技術をどう使うべきか?
現段階では吸収した魔術を
自動的に翼から跳ね返す事が出来る。
だが魔術そのものを留めておく事は出来ない。
即座に反撃を行うからこそ、
俺の意思に関係なく自動的に反射が行えるからな。
だから魔術を待機させておいて、
自らの意思によって魔術を発動するのであれば、
それは反射の能力を停止しているだけだ。
目的と効果を上手くかみ合わせるためにはどうすればいいだろうか。
吸収した魔術を圧縮保管出来れば、
時間差をおいての反撃が可能になるのではないかとは考えている。
複数の魔術を保管して一斉に開放できれば、
一人でも多種の魔術を展開できるのと同じだからな。
たった一人で一軍に匹敵する攻撃を行うことができるようになるのかも知れない。
…魔術の多重展開か。
これは突き詰める価値があると思う。
現状では一つずつしか魔術を使用できない。
高速化の恩恵によって連射が可能になったとは言え、
それでも一つずつ連続して発動しているだけだ。
決して同時に展開しているわけではない。
速射性はあるものの。
どうしても各魔術に時差は発生してしまう。
その問題を解決する方法こそが魔術の圧縮にあるのではないだろうか。
問題は保管方法だ。
もちろん保管場所は意識ではない。
それでは順番に開放することはできても同時に展開することはできない。
…やはり翼か。
問題は翼が一時的な魔術だということだ。
発動中はともかく、永続的な効果は望めない。
…今は仕方がないと割り切るしかないか。
欲を言い出せばきりがないからな。
ある程度の範囲で満足することも大事だ。
そこから状況に応じて改良していけばいい。
最初から全てを望むのは無謀でしかない。
まずは机上の空論を実現させることから始めるべきだ。
…欠点はあとで補えば済むからな。
そこまで判断してから、さらに思考を進めてみる。
…魔術の保管は翼で行う。
これは決定事項だ。
翼の解除と共に保管していた圧縮魔術は消失してしまうだろう。
だがこれは魔術が消えるだけで魔力が失われるわけではない。
使わなかった魔術は魔力となって俺に戻る。
保管中の魔術ですら吸収の対象になるからな。
魔力の無駄遣いにはならない。
ひとまず発動から解除までの一試合だけが保管の限界となるが、
この問題は後回しでいい。
翼を解除せずに常時発動したままであれば圧縮魔術を維持出来るかもしれないが、
翼は常に魔力を消費し続ける魔術だからな。
あまり持続的な運用には適していない。
そのため。
一時的な保管という考え方で理論を構築するしかない。
何より、暴発の危険性を考慮すれば自らを実験台にするわけにはいかないだろう。
失敗時の問題を想定するなら翼で代用するしかない。
短期的な運用しかできないが、
その欠点を考慮しても圧縮魔術の理論は大いに利用する価値がある。
翼を保管庫にする最大の利点。
それは自らの意識から外れるということだ。
暴走の危険性がないというのは非常に重要になる。
敵の魔術を吸収保管しつつ、
自身の魔術も同時に保管出来る。
これは大きな利点と言えるだろう。
極めれば敵味方問わずにあらゆる種類の魔術を翼に保管する事が出来るようになる。
そのうえで、保管された魔術は俺の気持ち一つでいつでも発動させられる。
もちろん高速化という能力を付加した状態での発動だ。
これらの利点を生かすために。
高速化の能力を持つ翼に対して保管の能力を持たせられるように新たな理論を構築する必要があった。
…細部からの組み直しだな。
一からやり直すつもりで魔術の構成を考える。
反射の能力を一旦外して魔術の蓄積に重点を置く。
奪った魔術は翼に留める。
打ち出さずに待機させる。
いつでも発動できる状態で保管しつつ、
必要な状況で解放できるように格納する。
…必要なのは圧縮だ。
翼に魔術を蓄積させる。
その方法を研究し始めてからさらに10分ほど経過しただろうか。
何十、何百と試行錯誤を繰り返していると。
「やっほ~♪」
しばらく姿を見せなかった翔子が再び現れた。
相変わらずの笑顔だ。
ここにいる間は放っておいてくれるかと思って期待していたのだが、
そうそう上手くはいかないらしい。
ここは検定会場ではないとは言え。
調べられることは調べるのが翔子の役目だろうからな。
完全に放置してくれるということはないのだろう。
非常に残念だが、俺がどこにいようと関係なく調査を行うつもりのようだ。
「どう?研究は進んでる?」
「今はまだ途中だ」
相変わらず元気な笑顔で近づいて来る翔子に一瞬だけ視線を向けはしたが、
特に相手をする必要はないので再び研究に意識を戻して集中することにした。
「悪いが今は忙しいんだ。しばらく放っておいてくれ」
心の底から願いを込めてみたのだが、
もちろんその願いが叶えられることはないらしい。
「ねえ、ねえ♪」
こちらの願いを無視して翔子が話し掛けてくる。
「ちょっと話をしない?」
「残念だが、その気はない」
今は翔子の相手をしている暇なんてないからな。
「研究の邪魔をしないでくれ」
今回もはっきりと告げた。
余計な時間を取らせないためだ。
徹底的に無視を決め込むことにする。
「ねえ、ねえ♪」
「………。」
「ねえってば~」
「………。」
何度話しかけられても気にしない。
「ねえ、ねえ!」
「………。」
「ちょっとは聞いてよ~っ」
こちらが無視を続けても、
それでもめげずに翔子は話しかけてくる。
「ねえってば~!!」
元気一杯の翔子の声が図書室に響き渡る。
その結果。
俺ではなく周囲で勉強していた他の生徒達から『うるさい』と非難を浴びる事態になっていた。
「…あう~。ご、ごめんね~」
申し訳なさそうな態度で愛想笑いを浮かべながら周囲の生徒達に謝っている。
「あははは…。怒られちゃった」
気まずそうな表情を浮かべる翔子だが、
それでも話しかけるのを止めるという選択肢はないのだろうか。
「ねえ、ねえ」
結局、声が小さくなっただけで、
翔子の呼びかけは終わらない。
…ふう。
どうやらここまでのようだな。
これ以上の研究続行は無理としか思えない。
翔子が姿を見せた時点ですでに諦めかけていたのだが、
予想していた通り今回も妨害は回避不可能だった。
…まあいい。
すでに大まかな考えはまとまっているからな。
まだまだ考えたいことは沢山あるが、
ここにいなければならないというほどの理由はない。
周りにどれほどの実害があろうと気にするつもりはないが、
今後も図書館を利用するうえで邪険にされる行為は控えておいたほうが良いだろう。
決して俺のせいではないが、
翔子がこれ以上騒ぎだす前に図書館を出たほうが良い。
…仕方がないな。
この場から離れるために席を立って歩きだす。
「あっ!?ちょっと~!」
当然の様に翔子が追いかけてくる。
「どこにいくのよ?行くなら行くって、ちゃんと言ってよね~」
不満を呟きながら追い掛けて来るが、
翔子に伝えるべき言葉は一つしか思い浮かばない。
もはや何を言っても無駄かもしれないが、
図書館を利用する者の最低限の礼儀として一言だけ告げることにしておこう。
「…静かにしろ…。」
ごく当たり前の言葉を告げる。
そうして図書館を出て行こうとしたのだが、
その努力はやはり無意味だったらしい。
「待ってってば~!」
黙々と歩き続ける俺を追い掛けるために、
大きな声で呼びかけてくる翔子に再び冷たい視線が集まる。
その事実に翔子は気付いていないようだが。
それでも翔子が去ったことで図書館に残っていた生徒達の誰もが『ようやく静かになった』と心の中でため息を吐いていたように思う。
もちろん俺も翔子もそんな周囲の反応など全く気にしないが、
これで図書館に平穏が戻ったのは事実だろう。
周囲に迷惑だけを振りまいた翔子は、
すぐに俺に追いついて隣に並んで歩きだす。
「ねえねえ、それで?どうだった?少しは圧縮魔術について理解出来たの?」
諦めた様子もないまましつこく尋ねて来る。
そんな期待の眼差しを横目に眺めつつ、
小さくため息を吐いてしまう。
…またこの流れか。
わざわざ翔子に説明する必要はないはずだ。
義理も義務もないのだが、
話さない限り延々とこの状況が続くことは知っている。
こちらが黙っていると、
いつまでもうるさいからな。
面倒だが答えておくことにしよう。
「知識だけならおおよその内容は理解出来た。あとは実際に使ってみなければ何とも言えないな」
「お~!もうそこまで進んでるのね~」
ちゃんと答えたのが嬉しかったのだろうか。
不機嫌さは消えて、
満面の笑みを浮かべている。
「じゃあ、今から行くわけね♪」
「ああ、そうなるな」
「おっけ~!さくっと行くわよ~!」
次の会場へ向かう推測を肯定したことで、
当然のように付いてくるつもりらしい。
「一応聞くが、まだ監視を続けるのか?」
「もちろん!」
「………。」
不満はないが、言いたいことはある。
近くにいる必要はないはずだ。
本来なら監視というのは相手の邪魔にならないようにするものだ。
少なくとも目の前でするものではない。
妨害ではなく、見張るのが目的のはずだからな。
「監視が目的なら離れた場所で勝手にしろ」
監視そのものはどうでもいい。
とにかく邪魔をされたくなかった。
ただそれだけなのだが、
やはり離れるつもりはないらしい。
「まあまあ、気にしない気にしない。とりあえず話を聞かせてよ」
こちらの意見は無視して一方的に話しかけてくる。
試合会場へ向かうまでの間も質問攻めは続くことになってしまった。
…結局こうなるのか。
結局のところ。
話しても話さなくても付きまとうのだろう。
…それならば。
一言も答える必要はない。
結果が同じなら話すだけ時間の無駄だ。
追いかけてくる翔子は無視して、
黙って検定会場に向かうことにした。




